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新しい関係性
薔薇の香りを吸い込んで
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今日は病院へ行く日だった。私は1人身支度をしながら、朝なぜあんな事を言ってしまったのか考えていた。朝からホテルみたいな朝食にテンションが上がった私は、その気分のまま征一に早く帰ってこいとおねだりしてしまったみたいだ。
私はただ、朝食のお返しに何か作ろうかと思っただけだったのに…。なぜあんな言い方してしまったんだろう。あまりにのんびりし過ぎて、頭の回転が悪くなってしまったのかもしれない。はぁ。
私は気を取り直して、3日ぶりくらいの化粧をした。そう言えば、征一の前で私はすっぴんで過ごしていたんだ。何だか…。いや、これ以上考えるのはまずい気がする。私は無心でやっつけ化粧をして病院を目指した。
久しぶりに出る街は、平日の昼間ということもあって何だか空気まで違うように思える。私は忙しくするのが性分だったせいもあって、社会人になってから、こんなにまったりとする時間は持ってこなかったのかもしれない。
少し学生気分で、心軽やかに病院へと向かった。相変わらず素敵な洋館の病院は予約制のせいか患者さんらしき人ともほとんどすれ違わなかった。
私は受付の方に断ると、中庭のよく手入れされた薔薇の香りを楽しんでいた。都会で薔薇の庭は贅沢な気がする。私がうっとりと癒されていると、入り口から先生の声がした。
「田辺さん。調子はどうですか?征一とは上手くやってますか?あいつからは何の報告もないんですよ。」
私はお辞儀をして挨拶をすると、目の前の庭を見回して言った。
「こちらのお庭は先生が手入れなさってるんですか?」
先生はにっこり笑うと頷いて、近くにあった剪定鋏で黄色い薔薇を2、3本切って言った。
「ええ。これは私の祖父の庭だったんですけど、この建物を引き継いだ時に、庭も一緒に引き継いでね。何も考えずに手入れする時間が、案外心が空っぽになってストレス解消になるんですよ。祖父も医者だったので、きっとそんな時間が必要だったんでしょうね。
この薔薇包みますから持って帰ってください。もう直ぐ薔薇の季節も終わりますから。さて問診室へいきましょうか。」
私は先生の後ろから着いていきながら、皆それぞれ自分のメンタルの面倒を工夫してケアしてるのだと思った。私は、さしずめコスプレだろうか。あれを考えている時はその事しか考えていないから心が浮き立っていくし。
私は先生の前の洒落た椅子に座りながら、そんなことを考えていた。
少しづつ調子が戻っていること、感じること、体調などを先生に報告すると、先生は頷いてメモを取りながら私の顔を見て言った。
「人間というものは、根本的に善人なんだと思いますよ。特に日本人はそうであるように教育されているし、一般的に家庭でもそう育っているでしょう?
ですから、人間の悪意や怒り、恐怖に触れた時のダメージが大きいように思います。今回の田辺さんほどの事では無いにしろ、例えば街中でつかみ合いの喧嘩の怒号や罵り合いを耳にした時、あるいは目の前で交通事故を見てしまった時などもそうです。
自分とは関わりがなくてもね。その時感じた日常ではあり得ない恐怖や悪意に私たちはダメージを受けるんです。もちろん良いこと、幸せなことも記憶には刻まれるのですが、残念な事に身の危険を感じることの方が、よりハッキリいつまでも記憶に残ってしまう。
これは危険への防衛反応ですから、ある意味正常ですけどね。しかし反応が強いと生活に支障が出ます。眠れなくなったり、外に出るのが怖くなったり、見も知らぬ人に恐怖を覚えたり。
田辺さんは征一がついててくれて良かったですよ。あいつは絶対の安心感を与えるでしょう?実際頼り甲斐のある奴です。不安を感じる時はあいつに頼ってくれて良いですからね。
その方があいつも喜ぶんじゃないかな?まぁこれは医者というより、友人の僕としての意見ですけど。ははは。…まぁ、田辺さんの様にしっかり者で真面目な人は肩の力を抜くことや、人に頼る事を意識してやるくらいで丁度です。」
そう言って先生はにっこり微笑んだ。確かに私の経験した事は非日常の恐怖だ。
「先生、私、目の前に立っていたあの女性は随分苦しかったんじゃないかなって思ったりもするんです。他人に刃物を向けるところまで追い詰められていたのかなって。そのきっかけを私が与えてしまったのかって罪悪感もあって。」
すると先生は眉を寄せて言った。
「田辺さん、人間には色々な性質があります。田辺さんの様に悪意を向けて来た人間に対しても思いやりを見せる善良な性質。一方で、生い立ちか、本来の性質なのか自己愛が強くて、周囲の事を踏みつけにしがちな人間もいるんです。それが元々なのか、状況なのかはありますが。
だから善良な田辺さんにお願いです。あなたは全然悪くない。彼女は明らかに悪かった。事実はそうです。それは心に留め置いてくださいね。」
…私は悪くない。先生の言葉がスッと心に響いた。またひとつ息が楽になった気がする。私はにっこり微笑んで先生から渡された黄色い薔薇の、甘いフルーツの様な良い香りを胸に吸い込んだ。
私はただ、朝食のお返しに何か作ろうかと思っただけだったのに…。なぜあんな言い方してしまったんだろう。あまりにのんびりし過ぎて、頭の回転が悪くなってしまったのかもしれない。はぁ。
私は気を取り直して、3日ぶりくらいの化粧をした。そう言えば、征一の前で私はすっぴんで過ごしていたんだ。何だか…。いや、これ以上考えるのはまずい気がする。私は無心でやっつけ化粧をして病院を目指した。
久しぶりに出る街は、平日の昼間ということもあって何だか空気まで違うように思える。私は忙しくするのが性分だったせいもあって、社会人になってから、こんなにまったりとする時間は持ってこなかったのかもしれない。
少し学生気分で、心軽やかに病院へと向かった。相変わらず素敵な洋館の病院は予約制のせいか患者さんらしき人ともほとんどすれ違わなかった。
私は受付の方に断ると、中庭のよく手入れされた薔薇の香りを楽しんでいた。都会で薔薇の庭は贅沢な気がする。私がうっとりと癒されていると、入り口から先生の声がした。
「田辺さん。調子はどうですか?征一とは上手くやってますか?あいつからは何の報告もないんですよ。」
私はお辞儀をして挨拶をすると、目の前の庭を見回して言った。
「こちらのお庭は先生が手入れなさってるんですか?」
先生はにっこり笑うと頷いて、近くにあった剪定鋏で黄色い薔薇を2、3本切って言った。
「ええ。これは私の祖父の庭だったんですけど、この建物を引き継いだ時に、庭も一緒に引き継いでね。何も考えずに手入れする時間が、案外心が空っぽになってストレス解消になるんですよ。祖父も医者だったので、きっとそんな時間が必要だったんでしょうね。
この薔薇包みますから持って帰ってください。もう直ぐ薔薇の季節も終わりますから。さて問診室へいきましょうか。」
私は先生の後ろから着いていきながら、皆それぞれ自分のメンタルの面倒を工夫してケアしてるのだと思った。私は、さしずめコスプレだろうか。あれを考えている時はその事しか考えていないから心が浮き立っていくし。
私は先生の前の洒落た椅子に座りながら、そんなことを考えていた。
少しづつ調子が戻っていること、感じること、体調などを先生に報告すると、先生は頷いてメモを取りながら私の顔を見て言った。
「人間というものは、根本的に善人なんだと思いますよ。特に日本人はそうであるように教育されているし、一般的に家庭でもそう育っているでしょう?
ですから、人間の悪意や怒り、恐怖に触れた時のダメージが大きいように思います。今回の田辺さんほどの事では無いにしろ、例えば街中でつかみ合いの喧嘩の怒号や罵り合いを耳にした時、あるいは目の前で交通事故を見てしまった時などもそうです。
自分とは関わりがなくてもね。その時感じた日常ではあり得ない恐怖や悪意に私たちはダメージを受けるんです。もちろん良いこと、幸せなことも記憶には刻まれるのですが、残念な事に身の危険を感じることの方が、よりハッキリいつまでも記憶に残ってしまう。
これは危険への防衛反応ですから、ある意味正常ですけどね。しかし反応が強いと生活に支障が出ます。眠れなくなったり、外に出るのが怖くなったり、見も知らぬ人に恐怖を覚えたり。
田辺さんは征一がついててくれて良かったですよ。あいつは絶対の安心感を与えるでしょう?実際頼り甲斐のある奴です。不安を感じる時はあいつに頼ってくれて良いですからね。
その方があいつも喜ぶんじゃないかな?まぁこれは医者というより、友人の僕としての意見ですけど。ははは。…まぁ、田辺さんの様にしっかり者で真面目な人は肩の力を抜くことや、人に頼る事を意識してやるくらいで丁度です。」
そう言って先生はにっこり微笑んだ。確かに私の経験した事は非日常の恐怖だ。
「先生、私、目の前に立っていたあの女性は随分苦しかったんじゃないかなって思ったりもするんです。他人に刃物を向けるところまで追い詰められていたのかなって。そのきっかけを私が与えてしまったのかって罪悪感もあって。」
すると先生は眉を寄せて言った。
「田辺さん、人間には色々な性質があります。田辺さんの様に悪意を向けて来た人間に対しても思いやりを見せる善良な性質。一方で、生い立ちか、本来の性質なのか自己愛が強くて、周囲の事を踏みつけにしがちな人間もいるんです。それが元々なのか、状況なのかはありますが。
だから善良な田辺さんにお願いです。あなたは全然悪くない。彼女は明らかに悪かった。事実はそうです。それは心に留め置いてくださいね。」
…私は悪くない。先生の言葉がスッと心に響いた。またひとつ息が楽になった気がする。私はにっこり微笑んで先生から渡された黄色い薔薇の、甘いフルーツの様な良い香りを胸に吸い込んだ。
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