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シリルの葛藤
「シリル、俺と婚約しよう。」
シリルは顔を引き攣らせながら、自分の普通ではない人生を呪った。目の前で自分に求婚しているのは幼い頃から仲良くしてきた大事な幼馴染だ。そして密かに愛している相手。自分より二歳上の紛れもない男だ。
自分が見せかけの女でなければ、どんなに嬉しい言葉だっただろうか。
シリルは自分の美しいとされる長い巻き毛を引きちぎりたい気持ちになって、顔を強張らせないようにしてそっぽを向いて言った。
「ジェイコブ、急に何を言い出すの?婚約だなんて、私達そんな関係じゃないでしょう?」
するとジェイコブはイライラした様子で伯爵家の応接間を歩き回りながら呟いた。
「そんな風につれなくされるのは想定済みだよ。だからって俺はシリルが他の奴のものになるのを指を咥えて見ているつもりはないんだ。良いかい?君は自覚が無いみたいだけど、どれだけの男たちが君から目を離せないことか。
俺はシリルの幼馴染だけど、君が18歳になった今、それだけの立場で甘んじている気はないんだ。」
シリルはいかにもジェイコブの言いそうな事だと小さくため息をついた。
「ジェイコブは昔から独占欲が強かったけど、その言い草だと私を手に入れたいのは他の男の視線が集まるせいなんでしょう?私の事を好きって訳じゃない…。」
するとジェイコブはパッと顔を上げて驚いた様にシリルを見た。
「なんて事だ!俺の気持ちが少しも伝わっていないなんて!」
シリルは眉を顰めてこの愛すべき幼馴染を見返した。
スラリとした高い背は貴族界でも群を抜いている。侯爵家の次男という事もあり王立騎士団に18歳から入団して二年経つ今、ますます筋肉を感じるそのスタイルの良さに、令嬢からの視線が食い込むのはいつもの夜会の光景だった。
癖のある黒髪と涼やかな青い瞳が、少し傲慢さを感じる男らしい角張った骨格の顔を彩って魅力を高めている。
「ジェイコブが私を幼馴染として愛してくれているのは知ってるわ。…でも私は誰とも結婚など出来ないし、無理な話なの。」
最後の言葉は自分でも身を引き裂かれる気がした。
ブラウン伯爵家は呪われている。結局前代と同じに今の当主であるシリルの父親は入婿だった。母である伯爵夫人の実兄は10歳にして落馬でこの世を去っていた。
その前の世代も同じ様な事が続いていたせいで、ブラウン伯爵家は男子が育たないという呪いを証明したに過ぎなかった。
だからシリルが産まれた時、両親は恐怖で顔を青ざめさせた。この薔薇色の頬をもつ最愛の息子がいずれ近いうちにこの世から失われると予感したからだ。
亡くなった母の兄でさえ、その呪いを避けるために8歳まで令嬢として育てられていたのだ。けれどそのまま令嬢として育てる訳にもいかなくて、結局貴族令息として姿を戻して生活していた矢先の落馬による死のせいで、伯爵家の呪いは一層暗く影を落とした。
「この子は令嬢として育てます。命を守るために…。」
母の決意の元、シリルは男の身体でありながら完全なる令嬢として過ごす日々を送ることになった。成長と共にシリルは何処かしら違和感を感じたものの、伯爵家の呪いを知ってしまったら男に戻るのも恐ろしく、こうして特別あしらいのドレスを身につけている。
元々ブラウン伯爵家の血筋通りに線の細い体格だったせいで、成長しても令嬢達の中じゃ背の高い方というくらいで、そこまで違和感を感じさせなかったのも女として生活するシリルにとっては幸いだった。
母親似のミルクティー色の艶めく巻き毛と、父親から受け継いだグレーの滲んだけぶる様な瞳は、スラリとした体格のシリルを特別なものにした。
けれどシリルは自分を男だと認識していたから、このまま一生女として生きるのなら結婚もせず生きていく他ないと何処か覚悟していた。
男として生きるならばこうであったら良かったと、理想の姿をしているジェイコブを複雑な気持ちで見つめたシリルは、イラついた気持ちのまま口を開いた。
「…私はジェイコブが考える様な人間ではないの。だから決して結婚しないし、結婚出来ない。それは私の問題だし、解決できない事なのよ。」
眉を顰めてシリルの言葉を聞いていたジェイコブは、ぶつぶつと口の中で何かを呟いていた。
「シリル、君の言う事は矛盾している。…もしかして君、子供が出来ない身体なのかい?だとしたらそれは大した問題では無いよ。侯爵家の次の跡継ぎは兄の元に既に居るし、俺はある種自由の身なんだ。
君と一緒に人生を送れるならそれだけで十分だ。」
シリルはジェイコブの真っ直ぐな気持ちを感じて、自分がこの呪われた身体でなければどんなに嬉しい言葉だっただろうかと悲しみさえ覚えた。問題はそれより更に複雑な所にあるのだから。
「ジェイコブがそんな風に素晴らしい思いやりを見せてくれると、私の硬い決心も揺らぎそうだわ。…ジェイコブはうちの呪われた話を聞いた事はなくて?もしその呪いから逃れようと考えたら、ジェイコブだったらどうするかしら。
その答えを得たら、もう二度と私に求婚する事などないでしょう。
私に熱い気持ちを寄せてくれてありがとう。ジェイコブは私の理想だったから、嬉しかった。…さようなら。先に戻るわね。見送れなくてごめんなさい。」
シリルは顔を引き攣らせながら、自分の普通ではない人生を呪った。目の前で自分に求婚しているのは幼い頃から仲良くしてきた大事な幼馴染だ。そして密かに愛している相手。自分より二歳上の紛れもない男だ。
自分が見せかけの女でなければ、どんなに嬉しい言葉だっただろうか。
シリルは自分の美しいとされる長い巻き毛を引きちぎりたい気持ちになって、顔を強張らせないようにしてそっぽを向いて言った。
「ジェイコブ、急に何を言い出すの?婚約だなんて、私達そんな関係じゃないでしょう?」
するとジェイコブはイライラした様子で伯爵家の応接間を歩き回りながら呟いた。
「そんな風につれなくされるのは想定済みだよ。だからって俺はシリルが他の奴のものになるのを指を咥えて見ているつもりはないんだ。良いかい?君は自覚が無いみたいだけど、どれだけの男たちが君から目を離せないことか。
俺はシリルの幼馴染だけど、君が18歳になった今、それだけの立場で甘んじている気はないんだ。」
シリルはいかにもジェイコブの言いそうな事だと小さくため息をついた。
「ジェイコブは昔から独占欲が強かったけど、その言い草だと私を手に入れたいのは他の男の視線が集まるせいなんでしょう?私の事を好きって訳じゃない…。」
するとジェイコブはパッと顔を上げて驚いた様にシリルを見た。
「なんて事だ!俺の気持ちが少しも伝わっていないなんて!」
シリルは眉を顰めてこの愛すべき幼馴染を見返した。
スラリとした高い背は貴族界でも群を抜いている。侯爵家の次男という事もあり王立騎士団に18歳から入団して二年経つ今、ますます筋肉を感じるそのスタイルの良さに、令嬢からの視線が食い込むのはいつもの夜会の光景だった。
癖のある黒髪と涼やかな青い瞳が、少し傲慢さを感じる男らしい角張った骨格の顔を彩って魅力を高めている。
「ジェイコブが私を幼馴染として愛してくれているのは知ってるわ。…でも私は誰とも結婚など出来ないし、無理な話なの。」
最後の言葉は自分でも身を引き裂かれる気がした。
ブラウン伯爵家は呪われている。結局前代と同じに今の当主であるシリルの父親は入婿だった。母である伯爵夫人の実兄は10歳にして落馬でこの世を去っていた。
その前の世代も同じ様な事が続いていたせいで、ブラウン伯爵家は男子が育たないという呪いを証明したに過ぎなかった。
だからシリルが産まれた時、両親は恐怖で顔を青ざめさせた。この薔薇色の頬をもつ最愛の息子がいずれ近いうちにこの世から失われると予感したからだ。
亡くなった母の兄でさえ、その呪いを避けるために8歳まで令嬢として育てられていたのだ。けれどそのまま令嬢として育てる訳にもいかなくて、結局貴族令息として姿を戻して生活していた矢先の落馬による死のせいで、伯爵家の呪いは一層暗く影を落とした。
「この子は令嬢として育てます。命を守るために…。」
母の決意の元、シリルは男の身体でありながら完全なる令嬢として過ごす日々を送ることになった。成長と共にシリルは何処かしら違和感を感じたものの、伯爵家の呪いを知ってしまったら男に戻るのも恐ろしく、こうして特別あしらいのドレスを身につけている。
元々ブラウン伯爵家の血筋通りに線の細い体格だったせいで、成長しても令嬢達の中じゃ背の高い方というくらいで、そこまで違和感を感じさせなかったのも女として生活するシリルにとっては幸いだった。
母親似のミルクティー色の艶めく巻き毛と、父親から受け継いだグレーの滲んだけぶる様な瞳は、スラリとした体格のシリルを特別なものにした。
けれどシリルは自分を男だと認識していたから、このまま一生女として生きるのなら結婚もせず生きていく他ないと何処か覚悟していた。
男として生きるならばこうであったら良かったと、理想の姿をしているジェイコブを複雑な気持ちで見つめたシリルは、イラついた気持ちのまま口を開いた。
「…私はジェイコブが考える様な人間ではないの。だから決して結婚しないし、結婚出来ない。それは私の問題だし、解決できない事なのよ。」
眉を顰めてシリルの言葉を聞いていたジェイコブは、ぶつぶつと口の中で何かを呟いていた。
「シリル、君の言う事は矛盾している。…もしかして君、子供が出来ない身体なのかい?だとしたらそれは大した問題では無いよ。侯爵家の次の跡継ぎは兄の元に既に居るし、俺はある種自由の身なんだ。
君と一緒に人生を送れるならそれだけで十分だ。」
シリルはジェイコブの真っ直ぐな気持ちを感じて、自分がこの呪われた身体でなければどんなに嬉しい言葉だっただろうかと悲しみさえ覚えた。問題はそれより更に複雑な所にあるのだから。
「ジェイコブがそんな風に素晴らしい思いやりを見せてくれると、私の硬い決心も揺らぎそうだわ。…ジェイコブはうちの呪われた話を聞いた事はなくて?もしその呪いから逃れようと考えたら、ジェイコブだったらどうするかしら。
その答えを得たら、もう二度と私に求婚する事などないでしょう。
私に熱い気持ちを寄せてくれてありがとう。ジェイコブは私の理想だったから、嬉しかった。…さようなら。先に戻るわね。見送れなくてごめんなさい。」
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