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男の正体
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ほの明るい玄関の常備灯を背景に、家主の男はタオルで顔を拭いながらゆっくりこちらに歩いてくる。Tシャツと緩い薄手のズボンを身につけたそのしなやかな歩き方が、響の記憶をまた引っ掻いた。
やはり自分はこの男を知ってる。何処で知り合った?どこかで見掛けたのか?
視線の先に全裸の響が突っ立っているのを見咎めると、男は振り返って廊下に転がっている響の服を両手で掬い上げた。そしてそれ以上こちらに近寄ることなく口を開いた。
「帰る前にシャワー浴びますか。俺としたらさっさと帰って欲しいんですけど。」
さっきまで響の股間を咥えて発散を手伝ってくれた相手とは思えないその冷淡な物言いに、響は思わず苦笑した。何故だか分からないけどむしろ嫌われてる?
けれど響のこれまでの人生に、負けを認めて立ち去る手札は用意が無かった。
自分でも傲慢だと思うし、一部の人間に超絶嫌われるのは理解している。けれど、少なくとも今は目の前の男の正体を暴かないと帰れないのは確かだった。
しかも妙な違和感も感じていた。男はそれ以上響に近寄ろうとせずに、見方を変えれば響と近くで顔を合わせるのを避けたがっている様に思える。
玄関灯の仄暗い灯りに男のシルエットだけが浮かび上がって、響は自然そのバランスの良い体格に注目した。響とは別の意味でスタイルが良い。頭が小さくて長い手足がまるでモデルの様な…。
そこまで頭を巡らせた響はハッと目を見開いた。今まで引っ掛かっていた記憶のパーツがカチリとハマる部分があったからだ。
「…もしかして、ロウ?」
止める間もなく口をついて出てしまった言葉に、分かりやすく身体を強張らせた視線の先の男は、今度は迷いなく響の方へとズカズカと歩いてきた。
「さっさと帰って、宇崎さん。」
ドサリと自分の服を渡されて、響はベッドでシーツを取り換え始めた男を目で追った。とは言え裸では話も出来ない。盗み見しながらくしゃくしゃになった服を身につけ終わると、ベッドに座ったロウはベッドサイドに置き去りにされたペットボトルを響に投げてよこした。
「…目の前で自分の仕事に関係した相手がフラついてたから助けただけですから。でももうちょっと責任感持った方が良いですよ。」
ニコリともしない相手に正論を吐かれて、響は思わず苦笑しながら頭の中をぐるぐると巡らせた。考えろ、どうするのが正解だ?
「面目ないな。その通りだ。だけどまさかロウが同じ大学だって知って驚いた。いや、驚いたんじゃない。嬉しかったの方が正解だな。」
響の言葉に、もう今更正体を隠す気は無くなったのだろう。手を伸ばしたロウがベッドサイドの灯りをつけた。そこにはあのスタジオで見た時の印象よりも、何だか色気の増したロウがはっきり姿を現した。
ロウは響を見上げると、うんざりした様子で呟いた。
「言っときますけど、俺がモデルのロウって事は事務所の社長とマネージャーしか知らないんです。だから宇崎さんもそのつもりでいて下さい。」
そう言うと、チラリと玄関の方に目線を動かした。流石に響にもそれがさっさと追い出したいと言う意思表示なのは理解出来た。けれどもこのまま立ち去ったら、きっと大学でも自分の事を無視するだろう事は予想できた。
その焦りが心にもない事を言わせたのなら、響もこの出会いに混乱していたと言う事なんだろう。
「お望み通り帰るよ。…でもロウが俺のことを手助けしてくれた事は忘れない。って言うか忘れられない。あんな事したのも初めてじゃないのか?最後までするの嫌がったのって、経験がないせいだろう?
…その風貌なら相手に困らないはずだ。恋人だって作れるだろうし。何で?何でしない?」
ここまで追求する気はなかったし、正直推測で確信があった訳じゃない。でも目の前のロウは、少なくともさっきまでのポーカーフェイスを失って、僅かに顔を赤らめた。
「…宇崎さんに関係あります?恋人とか正直考えたこともないですね。面倒な事が増えるだけじゃないですか?」
「…でも俺の腕の中のロウは気持ち良さげだった。気持ち良くなかったか?」
まるで子供の様に絡んでいる自分に内心呆れながらも、響はロウの感情を読み取ろうと言葉を繰り出した。ロウは顔を顰めて、ため息をついて立ち上がると、響の腕を掴んで玄関の方へと引き摺っていく。
…流石に我慢も限界なのかもしれない。
「図星だったんだろう?別に俺はロウを虐めたくてこんな事を言ってる訳じゃないんだ。」
靴を履き終わると、響は振り返ってロウと目を合わせた。
「男を相手にしたのは初めてだったが、自分でも意外だったがむしろグッときた。まぁ、最後までしてないけどな。でもそれはお互い様だろ?
もし最後までしたかったら、俺を相手にしろよ。俺なら後腐れなくて、面倒はない。それにお互い初めての方が燃えるだろ?」
眉間に皺を寄せたロウは何処か困惑気味な表情を浮かべて小さくため息をついた。
「あなたの思考回路が分からない。どうしてそんな結論が出るんですか。」
響は腕を伸ばしてロウの細腰を両手で掴んだ。
「多分俺がロウを気に入ってるからだろうな。もし親切な青年がロウでなくても同じ事を言っただろうけど。もう一度キスしたいって言ったら怒るか?ああ、勿論怒るよな?大丈夫俺は待てが出来る男だ。傲慢かもしれないが強引なのは好きじゃない。」
馬鹿みたいに口が滑っていらぬ事を言ってるのは自覚していた。ロウを掴んだ手を渋々離しながら、響は諦めて玄関の鍵を開けてドアを開けた。外廊下は夜明けが近いのか予想よりずっと明るい。
「ありがとう。今夜のお礼は必ずさせてくれ。じゃあ帰るよ。」
腕を組んで仁王立ちした呆れ顔のロウの顔がドアの向こうに消えるのを何処か残念に思いながら、響はもう一度カチリと鍵が掛かる音を寂しい気持ちで聞いた。
けれど夜明けの澄んだ空を見上げながら、何処かウキウキした気分になっていた。モデルのロウと眼鏡の地味な青年が同一人物だったなんて。その上彼と抜きあってしまった。
こんな事、誰が想像した?
大通りへの道を浮かれ歩きながら、ふと響は足を止めた。来た道を振り返りながら、誰もいない道路で一人呟いた。
「ロウって、ゲイって事だよな?」
やはり自分はこの男を知ってる。何処で知り合った?どこかで見掛けたのか?
視線の先に全裸の響が突っ立っているのを見咎めると、男は振り返って廊下に転がっている響の服を両手で掬い上げた。そしてそれ以上こちらに近寄ることなく口を開いた。
「帰る前にシャワー浴びますか。俺としたらさっさと帰って欲しいんですけど。」
さっきまで響の股間を咥えて発散を手伝ってくれた相手とは思えないその冷淡な物言いに、響は思わず苦笑した。何故だか分からないけどむしろ嫌われてる?
けれど響のこれまでの人生に、負けを認めて立ち去る手札は用意が無かった。
自分でも傲慢だと思うし、一部の人間に超絶嫌われるのは理解している。けれど、少なくとも今は目の前の男の正体を暴かないと帰れないのは確かだった。
しかも妙な違和感も感じていた。男はそれ以上響に近寄ろうとせずに、見方を変えれば響と近くで顔を合わせるのを避けたがっている様に思える。
玄関灯の仄暗い灯りに男のシルエットだけが浮かび上がって、響は自然そのバランスの良い体格に注目した。響とは別の意味でスタイルが良い。頭が小さくて長い手足がまるでモデルの様な…。
そこまで頭を巡らせた響はハッと目を見開いた。今まで引っ掛かっていた記憶のパーツがカチリとハマる部分があったからだ。
「…もしかして、ロウ?」
止める間もなく口をついて出てしまった言葉に、分かりやすく身体を強張らせた視線の先の男は、今度は迷いなく響の方へとズカズカと歩いてきた。
「さっさと帰って、宇崎さん。」
ドサリと自分の服を渡されて、響はベッドでシーツを取り換え始めた男を目で追った。とは言え裸では話も出来ない。盗み見しながらくしゃくしゃになった服を身につけ終わると、ベッドに座ったロウはベッドサイドに置き去りにされたペットボトルを響に投げてよこした。
「…目の前で自分の仕事に関係した相手がフラついてたから助けただけですから。でももうちょっと責任感持った方が良いですよ。」
ニコリともしない相手に正論を吐かれて、響は思わず苦笑しながら頭の中をぐるぐると巡らせた。考えろ、どうするのが正解だ?
「面目ないな。その通りだ。だけどまさかロウが同じ大学だって知って驚いた。いや、驚いたんじゃない。嬉しかったの方が正解だな。」
響の言葉に、もう今更正体を隠す気は無くなったのだろう。手を伸ばしたロウがベッドサイドの灯りをつけた。そこにはあのスタジオで見た時の印象よりも、何だか色気の増したロウがはっきり姿を現した。
ロウは響を見上げると、うんざりした様子で呟いた。
「言っときますけど、俺がモデルのロウって事は事務所の社長とマネージャーしか知らないんです。だから宇崎さんもそのつもりでいて下さい。」
そう言うと、チラリと玄関の方に目線を動かした。流石に響にもそれがさっさと追い出したいと言う意思表示なのは理解出来た。けれどもこのまま立ち去ったら、きっと大学でも自分の事を無視するだろう事は予想できた。
その焦りが心にもない事を言わせたのなら、響もこの出会いに混乱していたと言う事なんだろう。
「お望み通り帰るよ。…でもロウが俺のことを手助けしてくれた事は忘れない。って言うか忘れられない。あんな事したのも初めてじゃないのか?最後までするの嫌がったのって、経験がないせいだろう?
…その風貌なら相手に困らないはずだ。恋人だって作れるだろうし。何で?何でしない?」
ここまで追求する気はなかったし、正直推測で確信があった訳じゃない。でも目の前のロウは、少なくともさっきまでのポーカーフェイスを失って、僅かに顔を赤らめた。
「…宇崎さんに関係あります?恋人とか正直考えたこともないですね。面倒な事が増えるだけじゃないですか?」
「…でも俺の腕の中のロウは気持ち良さげだった。気持ち良くなかったか?」
まるで子供の様に絡んでいる自分に内心呆れながらも、響はロウの感情を読み取ろうと言葉を繰り出した。ロウは顔を顰めて、ため息をついて立ち上がると、響の腕を掴んで玄関の方へと引き摺っていく。
…流石に我慢も限界なのかもしれない。
「図星だったんだろう?別に俺はロウを虐めたくてこんな事を言ってる訳じゃないんだ。」
靴を履き終わると、響は振り返ってロウと目を合わせた。
「男を相手にしたのは初めてだったが、自分でも意外だったがむしろグッときた。まぁ、最後までしてないけどな。でもそれはお互い様だろ?
もし最後までしたかったら、俺を相手にしろよ。俺なら後腐れなくて、面倒はない。それにお互い初めての方が燃えるだろ?」
眉間に皺を寄せたロウは何処か困惑気味な表情を浮かべて小さくため息をついた。
「あなたの思考回路が分からない。どうしてそんな結論が出るんですか。」
響は腕を伸ばしてロウの細腰を両手で掴んだ。
「多分俺がロウを気に入ってるからだろうな。もし親切な青年がロウでなくても同じ事を言っただろうけど。もう一度キスしたいって言ったら怒るか?ああ、勿論怒るよな?大丈夫俺は待てが出来る男だ。傲慢かもしれないが強引なのは好きじゃない。」
馬鹿みたいに口が滑っていらぬ事を言ってるのは自覚していた。ロウを掴んだ手を渋々離しながら、響は諦めて玄関の鍵を開けてドアを開けた。外廊下は夜明けが近いのか予想よりずっと明るい。
「ありがとう。今夜のお礼は必ずさせてくれ。じゃあ帰るよ。」
腕を組んで仁王立ちした呆れ顔のロウの顔がドアの向こうに消えるのを何処か残念に思いながら、響はもう一度カチリと鍵が掛かる音を寂しい気持ちで聞いた。
けれど夜明けの澄んだ空を見上げながら、何処かウキウキした気分になっていた。モデルのロウと眼鏡の地味な青年が同一人物だったなんて。その上彼と抜きあってしまった。
こんな事、誰が想像した?
大通りへの道を浮かれ歩きながら、ふと響は足を止めた。来た道を振り返りながら、誰もいない道路で一人呟いた。
「ロウって、ゲイって事だよな?」
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