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辺境の地で
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「アンドレ様、もうマリーを呼ぶのはよした方が宜しいかと思います。」
三度目にマリーを呼んだ次の日、アランが強張った顔で僕にそう言った。僕はアランの真意が分からずに、少し戸惑った気持ちでアランに尋ねた。
「…マリーには閨の指南を受けているだけだよ?別に彼女のことが好きになった訳でもないし、マリーは仕事で来てるだけで…。アランはなぜそんな事を言うの?」
するとアランは渋々僕に言った。
「アンドレ様が指南役に夢中になっていると噂になっています。もちろんそうではないと私は知っていますが、こう何度もお呼びになられたのでは、噂が大きくなるのも仕方がないかと。」
僕はクスクス笑って、アランの顰めた顔を見つめた。
「噂は噂でしょう?確かに僕はマリーに指南を受けているけど、ちょっと特別なレッスンに時間が掛かってるだけだよ。でもマリーからもう大丈夫だって昨夜言われたから、もう呼ぶ事もないと思う。だから噂も終わりだね。」
アランはしばらく黙りこくっていたけれど、険しい顔を緩めなかった。こうしてみると、シモン兄上に何処かしら似ている。辺境伯の遠縁だから、シモン兄上にも似ているのも当然かもしれない。
「…アンドレ様は一体何をマリーとされていたのですか?もしかしてアンドレ様は特殊な…。」
僕がマリーとしていた事は、果たして特殊な事の範疇に入るのだろうか。普通では無いかもしれないけど…。
「僕の閨の事は、流石にアランには関係ない事だよ。そうじゃない?」
思わず語気が強くなってしまった僕に、アランは苦しげな表情を浮かべて掠れた声で言った。
「…私は去年、アンドレ様がローレンス様と部屋で篭っていた時にずっと歯痒い思いを致しておりました。けれどその時はまだ希望があったんです。私にも機会があるのかもしれないと。
けれども今、こうしてマリーと睦み合っているアンドレ様を思うと、絶望しか感じられません。…私はもうアンドレ様のお世話役を務めるのも難しくなりました。こんな事を言ってしまうのがそもそもお世話役としては失格ですから。」
そう言うと、僕の部屋から出て行こうとする。僕はアラン以外の者に今更お世話役を代わって欲しくなかった。だから僕の秘密を打ち明ける他なかったんだ。
「…アラン!待って。…正直に話すから、僕の世話役を続けてくれない?」
強張った顔のまま、アランは振り返った。その眼差しがいつもの温厚なアランが見せない余裕のなさが窺われて、僕は何だかゾクゾクしてしまった。
そんな自分に戸惑いながら、僕は気まずさもあって窓辺に立って外の景色を見つめて口を開いた。
「僕はマリーに欲情した訳じゃないよ。美しい胸も触れれば気持ち良い感触だと感じても、キャサリンのお乳みたいだと思ってしまうし…。とは言え男とは違う女の身体は興味深かったよ。
マリーはそんな僕に色々な事を教えてくれたんだ。それから僕自身の身体のこともね。
だから最近マリーが来ていたのは、主に僕自身の身体を知るための指南だったんだよ。…これ以上は無理。これで分かっ…。」
話し始めてからどんどん恥ずかしくなって来た僕が、もう話を打ち切ろうと振り返ろうとしたその時、不意にアランに抱き寄せられてしまった。
6歳違いの今年20歳になる大人のアランは、仲間内でも身体の大きかったローレンスと比べても比較にならない逞しさだった。アランは僕の髪に顔を埋めて囁いた。
「辺境伯からアンドレ様の指南役を打診された時に、私がどんな気持ちだったかご存知ですか。けれどその話が流れて、私がどんなに落胆したかも。なのにアンドレ様はマリーとそんなことをしていたんですね。
男同士である私の方が、そちらの指南役に相応しいのに…。」
僕はアランに、マリーから男では我慢出来ずに僕に無理強いする懸念があると言われたことを話すと、アランは少し怒った声音で僕に文句を言った。
「私がアンドレ様を傷つけることなど絶対にあり得ません。どうか私に指南させて下さい。女では分からないことも有りますから。」
そう言われてしまえば、アランの言うことも一理ある気がした。
「確かに男の指南役がアランだとは思ってなかったのもあるし、アランの言うことも理にかなってるかもしれないね。無理なことはしないって約束してくれる?そうなった時に僕の力じゃアランに抵抗しても絶対無理でしょう?」
向き合った僕に跪いたアランは、少し拗ねた顔をして言った。
「私の事を見くびらないで下さい。アンドレ様から信頼はあると思っていたのは私の傲慢だったのでしょうか。私は心よりアンドレ様にお仕えしているのです。お心にままに…。」
そこまでアランに言われては、僕も頷くしかなかった。
「分かった。閨の続きはアランに任せるよ。でも一体どこまでが指南なんだろう。」
僕がそう呟くと、立ち上がったアランは僕の両腕を優しくなぞりながら微笑んだ。
「…アンドレ様が望むまでお仕えします。では早速今夜から始めましょう。」
アランはいつもの様に優しい口調で微笑んだのだけど、それでも何となくいつもと同じとは言えなかった。二人の間の空気も何処か変わってしまった気がして、僕は残念に思うのか、それとも期待しているのか自分でもよく分からなかった。
でもきっと夜になればはっきりする筈だ。きっとね?
三度目にマリーを呼んだ次の日、アランが強張った顔で僕にそう言った。僕はアランの真意が分からずに、少し戸惑った気持ちでアランに尋ねた。
「…マリーには閨の指南を受けているだけだよ?別に彼女のことが好きになった訳でもないし、マリーは仕事で来てるだけで…。アランはなぜそんな事を言うの?」
するとアランは渋々僕に言った。
「アンドレ様が指南役に夢中になっていると噂になっています。もちろんそうではないと私は知っていますが、こう何度もお呼びになられたのでは、噂が大きくなるのも仕方がないかと。」
僕はクスクス笑って、アランの顰めた顔を見つめた。
「噂は噂でしょう?確かに僕はマリーに指南を受けているけど、ちょっと特別なレッスンに時間が掛かってるだけだよ。でもマリーからもう大丈夫だって昨夜言われたから、もう呼ぶ事もないと思う。だから噂も終わりだね。」
アランはしばらく黙りこくっていたけれど、険しい顔を緩めなかった。こうしてみると、シモン兄上に何処かしら似ている。辺境伯の遠縁だから、シモン兄上にも似ているのも当然かもしれない。
「…アンドレ様は一体何をマリーとされていたのですか?もしかしてアンドレ様は特殊な…。」
僕がマリーとしていた事は、果たして特殊な事の範疇に入るのだろうか。普通では無いかもしれないけど…。
「僕の閨の事は、流石にアランには関係ない事だよ。そうじゃない?」
思わず語気が強くなってしまった僕に、アランは苦しげな表情を浮かべて掠れた声で言った。
「…私は去年、アンドレ様がローレンス様と部屋で篭っていた時にずっと歯痒い思いを致しておりました。けれどその時はまだ希望があったんです。私にも機会があるのかもしれないと。
けれども今、こうしてマリーと睦み合っているアンドレ様を思うと、絶望しか感じられません。…私はもうアンドレ様のお世話役を務めるのも難しくなりました。こんな事を言ってしまうのがそもそもお世話役としては失格ですから。」
そう言うと、僕の部屋から出て行こうとする。僕はアラン以外の者に今更お世話役を代わって欲しくなかった。だから僕の秘密を打ち明ける他なかったんだ。
「…アラン!待って。…正直に話すから、僕の世話役を続けてくれない?」
強張った顔のまま、アランは振り返った。その眼差しがいつもの温厚なアランが見せない余裕のなさが窺われて、僕は何だかゾクゾクしてしまった。
そんな自分に戸惑いながら、僕は気まずさもあって窓辺に立って外の景色を見つめて口を開いた。
「僕はマリーに欲情した訳じゃないよ。美しい胸も触れれば気持ち良い感触だと感じても、キャサリンのお乳みたいだと思ってしまうし…。とは言え男とは違う女の身体は興味深かったよ。
マリーはそんな僕に色々な事を教えてくれたんだ。それから僕自身の身体のこともね。
だから最近マリーが来ていたのは、主に僕自身の身体を知るための指南だったんだよ。…これ以上は無理。これで分かっ…。」
話し始めてからどんどん恥ずかしくなって来た僕が、もう話を打ち切ろうと振り返ろうとしたその時、不意にアランに抱き寄せられてしまった。
6歳違いの今年20歳になる大人のアランは、仲間内でも身体の大きかったローレンスと比べても比較にならない逞しさだった。アランは僕の髪に顔を埋めて囁いた。
「辺境伯からアンドレ様の指南役を打診された時に、私がどんな気持ちだったかご存知ですか。けれどその話が流れて、私がどんなに落胆したかも。なのにアンドレ様はマリーとそんなことをしていたんですね。
男同士である私の方が、そちらの指南役に相応しいのに…。」
僕はアランに、マリーから男では我慢出来ずに僕に無理強いする懸念があると言われたことを話すと、アランは少し怒った声音で僕に文句を言った。
「私がアンドレ様を傷つけることなど絶対にあり得ません。どうか私に指南させて下さい。女では分からないことも有りますから。」
そう言われてしまえば、アランの言うことも一理ある気がした。
「確かに男の指南役がアランだとは思ってなかったのもあるし、アランの言うことも理にかなってるかもしれないね。無理なことはしないって約束してくれる?そうなった時に僕の力じゃアランに抵抗しても絶対無理でしょう?」
向き合った僕に跪いたアランは、少し拗ねた顔をして言った。
「私の事を見くびらないで下さい。アンドレ様から信頼はあると思っていたのは私の傲慢だったのでしょうか。私は心よりアンドレ様にお仕えしているのです。お心にままに…。」
そこまでアランに言われては、僕も頷くしかなかった。
「分かった。閨の続きはアランに任せるよ。でも一体どこまでが指南なんだろう。」
僕がそう呟くと、立ち上がったアランは僕の両腕を優しくなぞりながら微笑んだ。
「…アンドレ様が望むまでお仕えします。では早速今夜から始めましょう。」
アランはいつもの様に優しい口調で微笑んだのだけど、それでも何となくいつもと同じとは言えなかった。二人の間の空気も何処か変わってしまった気がして、僕は残念に思うのか、それとも期待しているのか自分でもよく分からなかった。
でもきっと夜になればはっきりする筈だ。きっとね?
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