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#1「エンドラの森の中で」
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ヒンドラ大陸において最大の森林地帯であるエンドラ森林は多年生の植物が鬱蒼と生い茂り、深いところでは太陽光すら届かないため、白昼であっても非常に薄暗く、また、その性質を利用しようとする者の数たるや枚挙に暇がない。とりわけアシューラ森族の拠点となっていることで有名であった。そのため、エンドラ森林の奥地には人骨や動物の死骸などといったものが無尽蔵に散乱しており、獣とも人間ともつかない奇声が連日連夜飛び交っているのだ。
そうしたことから、エンドラ森林で伐採される木材は通称「血の木」と呼ばれ、ヒルドラの市民たちから持て囃されている。
そんなエンドラ森林の中心部、どす黒く染まった川、通称「血の川」にベルナルドの姿があった。
「失敗したな。指輪の穴にハチドリの舌を通す遊びを思いついただけなのに。まさか舌の長さが足りないなんて。ハチドリなのに?」
ベルナルドはマンダラのヨルドラとヒンドラのヒルドラを行き来して生計を立てている一介の行商人だ。
ベルナルドは行商人を生業としながら、時として窃盗や詐欺に手を染める。そのためアシューラ森林の住人達からは「やり手のルド」の愛称で親しまれていた。つまり、ベルナルドは違法に得た商品を横流しするためにアシューラ森林にやってきていたのだ。
「おい。お前はハチドリを咥えながら、何をしている?ハチドリが吸った花の蜜をハチドリから吸っているのか?」
ベルナルドは声のした方に振り向いた。そこには、頭巾を深くかぶった背の高い人影があった。
目は鋭く、口は耳たぶまで裂け、鼻はおでこにまで反り返り、灰色の体毛をしている。そう、それは紛れもなく猫人だった。
「違う違う!俺はハチドリを吸っているんじゃない!逆に吸われてるんだ!このハチドリは舌が短いから、それがネックになってるんだ!」
「なるほど。それはこの森では特に珍しいことだよ!ぜひともお名前をお伺いしたい」
「俺か?俺の名前はルド。ベルナルドだ。旅の商人をしながら、こうしてハチドリの舌を指輪の穴に通す遊びを思いついたんだ」
「ルド・・・ベルナルド。ふむ、マホトの生まれか。あそこには何度か足を運んだことがあるよ。自然に恵まれたいい土地だ。あそこは盗賊も野党もいないから、やりたい放題の土地なんだ!」
「そうそう。マホトでは盗賊を生業にしていたよ。だから手付きがいいんだ。自然も豊かだし、作物も豊富だ。マホト人が土壌を整えたからだよ。だからヒンドラは食べ物がおいしいし、物が盗みやすいんだ!」
「それはとても恵まれていることだよ。ここでは旅人や行商人を奥地に連れ込んでから、見回りに見つからないように注意して、そうして初めて金品にありつくことができるんだ。だから、マホト人は本当に恵まれているよ。ムーニャもここでの暮らしに見切りをつけたら、マホトに新しい拠点を作るつもりなんだ」
「そいつは傑作だ!猫人がマホトで成功できるわけがない!誰も猫人を受け入れてくれるわけがない!そうだ、今の話を本に書こうと思う!きっとヒルドラとヨルドラでベストセラーになるぞ!俺が書いた本が今までで最も売れた本になるわけだ!そうだ!記念にサインをもらえるかな?これは君のアイディアでもあるからね」
「ムーニャは心を打ち抜かれた!まさか自分のアイディアが大陸中の人々に読まれる本になるだなんて!それはとても光栄なことだよ!鉤爪でいいのなら、もちろんだよ!ムーニャは自分の鉤爪捌きにはとても自信があるんだ!さあ、どこにサインをご所望で?」
「ちょうどいい!人の皮でできた絨毯を持っていたんだ!猫人の鉤爪ときて、ピンと思いついたんだ!これは俺のお得意様の貴族からの横流し品なんだ!アシューラ森林で是非ともってね!だからこの絨毯の真ん中に、お前の鉤爪で大きなサインを刻んでくれないか?」
「わかった。ムーニャにかかればお手の物だよ」
そう言って、ムーニャは長くて鋭い鉤爪をおお振りで振りかざした。それはベルナルドの膝元から地面に火花を上げるような勢いで振り下ろされた。次の瞬間には、どこからともなく悲鳴が轟いた。それがどこからなのか、あるいは誰からなのか。アシューラ森林において、それは誰も知るすべもないことなのだ。
「なんだ?急に足が軽くなった!さっきまで体重が均等にかかっていたのに!にもかかわらず一瞬で俺はバランスを崩し、お前の足元に跪いた!いったい何が起きているのか、お前には分かるか?猫人!」
「いいや。それはムーニャにも分からない。この森では、例え目の前で起きた出来事であったとしても、それを知るすべは誰も持ちえないんだ。それがこの森の中でのルールなんだよ。アシューラの森は怖いところだ。ムーニャもここに立ち入るときは、毎回入念に準備をしてから入るようにしているよ」
「そうか。分かった。じゃあ、バランスを戻すために、手を貸してくれないか?取引が必要か?いくらほしい?そうだ、自由に荷物の中を漁るといい」
「いいやダメだ。ムーニャはそれを断る。ムーニャは他人の目の前では決して物を盗まないし、物を拾わない。だから人の目があるうちは、ムーニャはとても親切な猫人なんだ。それがヒンドラで生き抜くためのこつなんだよ」
それが、ムーニャがベルナルドを見た最後の姿だった。
*
――ヒンドラは龍に見初められた大陸と言われている。また別の言い方では、呪われた大陸とも呼ばれる。
ヒンドラ大陸に流れる穏やかなそよ風には、時折龍が紛れ込み、人や動物の体に災いをもたらすのだという。
普通の人々にはその姿を捉えることはできないが、ごく稀に、風の中に紛れる龍の姿が見えるのだという者と出会うことがある。
それを見ることのできる者がいうには、龍の姿は色とりどりであり、どれもみなムニョスの描く獣春画のように美しいのだという。
特に、おおまがポイントに現れる龍は異形の姿をしており、体格も大柄なのだとか。
一度でいいからその姿を拝んでみたいものである……だってよ。
カマロは道端に落ちていた手記を読み終えると、ひょいっと、脇道の草むらに投げ捨てた。
そして目の前に散乱している衣類や靴などの中から、一本の細長いワンドを拾い上げた。
カマロは顎に指を当てながら、そのワンドをまじまじと見つめている。
ワンドは柄より先の部分が透き通った水晶でできており、水晶の中心部には黄金の塊のようなものが薄っすらと確認できる。
形はいびつで、柄の色合いも薄汚れているような色味をしているため、それほど美しいと呼べるような代物ではなかった。
そうしたことから、エンドラ森林で伐採される木材は通称「血の木」と呼ばれ、ヒルドラの市民たちから持て囃されている。
そんなエンドラ森林の中心部、どす黒く染まった川、通称「血の川」にベルナルドの姿があった。
「失敗したな。指輪の穴にハチドリの舌を通す遊びを思いついただけなのに。まさか舌の長さが足りないなんて。ハチドリなのに?」
ベルナルドはマンダラのヨルドラとヒンドラのヒルドラを行き来して生計を立てている一介の行商人だ。
ベルナルドは行商人を生業としながら、時として窃盗や詐欺に手を染める。そのためアシューラ森林の住人達からは「やり手のルド」の愛称で親しまれていた。つまり、ベルナルドは違法に得た商品を横流しするためにアシューラ森林にやってきていたのだ。
「おい。お前はハチドリを咥えながら、何をしている?ハチドリが吸った花の蜜をハチドリから吸っているのか?」
ベルナルドは声のした方に振り向いた。そこには、頭巾を深くかぶった背の高い人影があった。
目は鋭く、口は耳たぶまで裂け、鼻はおでこにまで反り返り、灰色の体毛をしている。そう、それは紛れもなく猫人だった。
「違う違う!俺はハチドリを吸っているんじゃない!逆に吸われてるんだ!このハチドリは舌が短いから、それがネックになってるんだ!」
「なるほど。それはこの森では特に珍しいことだよ!ぜひともお名前をお伺いしたい」
「俺か?俺の名前はルド。ベルナルドだ。旅の商人をしながら、こうしてハチドリの舌を指輪の穴に通す遊びを思いついたんだ」
「ルド・・・ベルナルド。ふむ、マホトの生まれか。あそこには何度か足を運んだことがあるよ。自然に恵まれたいい土地だ。あそこは盗賊も野党もいないから、やりたい放題の土地なんだ!」
「そうそう。マホトでは盗賊を生業にしていたよ。だから手付きがいいんだ。自然も豊かだし、作物も豊富だ。マホト人が土壌を整えたからだよ。だからヒンドラは食べ物がおいしいし、物が盗みやすいんだ!」
「それはとても恵まれていることだよ。ここでは旅人や行商人を奥地に連れ込んでから、見回りに見つからないように注意して、そうして初めて金品にありつくことができるんだ。だから、マホト人は本当に恵まれているよ。ムーニャもここでの暮らしに見切りをつけたら、マホトに新しい拠点を作るつもりなんだ」
「そいつは傑作だ!猫人がマホトで成功できるわけがない!誰も猫人を受け入れてくれるわけがない!そうだ、今の話を本に書こうと思う!きっとヒルドラとヨルドラでベストセラーになるぞ!俺が書いた本が今までで最も売れた本になるわけだ!そうだ!記念にサインをもらえるかな?これは君のアイディアでもあるからね」
「ムーニャは心を打ち抜かれた!まさか自分のアイディアが大陸中の人々に読まれる本になるだなんて!それはとても光栄なことだよ!鉤爪でいいのなら、もちろんだよ!ムーニャは自分の鉤爪捌きにはとても自信があるんだ!さあ、どこにサインをご所望で?」
「ちょうどいい!人の皮でできた絨毯を持っていたんだ!猫人の鉤爪ときて、ピンと思いついたんだ!これは俺のお得意様の貴族からの横流し品なんだ!アシューラ森林で是非ともってね!だからこの絨毯の真ん中に、お前の鉤爪で大きなサインを刻んでくれないか?」
「わかった。ムーニャにかかればお手の物だよ」
そう言って、ムーニャは長くて鋭い鉤爪をおお振りで振りかざした。それはベルナルドの膝元から地面に火花を上げるような勢いで振り下ろされた。次の瞬間には、どこからともなく悲鳴が轟いた。それがどこからなのか、あるいは誰からなのか。アシューラ森林において、それは誰も知るすべもないことなのだ。
「なんだ?急に足が軽くなった!さっきまで体重が均等にかかっていたのに!にもかかわらず一瞬で俺はバランスを崩し、お前の足元に跪いた!いったい何が起きているのか、お前には分かるか?猫人!」
「いいや。それはムーニャにも分からない。この森では、例え目の前で起きた出来事であったとしても、それを知るすべは誰も持ちえないんだ。それがこの森の中でのルールなんだよ。アシューラの森は怖いところだ。ムーニャもここに立ち入るときは、毎回入念に準備をしてから入るようにしているよ」
「そうか。分かった。じゃあ、バランスを戻すために、手を貸してくれないか?取引が必要か?いくらほしい?そうだ、自由に荷物の中を漁るといい」
「いいやダメだ。ムーニャはそれを断る。ムーニャは他人の目の前では決して物を盗まないし、物を拾わない。だから人の目があるうちは、ムーニャはとても親切な猫人なんだ。それがヒンドラで生き抜くためのこつなんだよ」
それが、ムーニャがベルナルドを見た最後の姿だった。
*
――ヒンドラは龍に見初められた大陸と言われている。また別の言い方では、呪われた大陸とも呼ばれる。
ヒンドラ大陸に流れる穏やかなそよ風には、時折龍が紛れ込み、人や動物の体に災いをもたらすのだという。
普通の人々にはその姿を捉えることはできないが、ごく稀に、風の中に紛れる龍の姿が見えるのだという者と出会うことがある。
それを見ることのできる者がいうには、龍の姿は色とりどりであり、どれもみなムニョスの描く獣春画のように美しいのだという。
特に、おおまがポイントに現れる龍は異形の姿をしており、体格も大柄なのだとか。
一度でいいからその姿を拝んでみたいものである……だってよ。
カマロは道端に落ちていた手記を読み終えると、ひょいっと、脇道の草むらに投げ捨てた。
そして目の前に散乱している衣類や靴などの中から、一本の細長いワンドを拾い上げた。
カマロは顎に指を当てながら、そのワンドをまじまじと見つめている。
ワンドは柄より先の部分が透き通った水晶でできており、水晶の中心部には黄金の塊のようなものが薄っすらと確認できる。
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