人形の輪舞曲(ロンド)

美汐

文字の大きさ
上 下
27 / 53
第五章 葬礼

葬礼8

しおりを挟む
 そうこうしているうちにファミレスに到着した。僕たちはびしょ濡れの傘をたたんで傘立てに入れ、店内に入っていった。
「ふうー。やっと落ち着けるわね」
 ミナミは窓側の席にさっさと座り、伸びをした。僕たちはどの席に誰が座るべきかで少々まごついていたが、ミナミが先に奥に座ったことで、その正面に百合子ちゃん、続いて美鈴ちゃん、ミナミの隣に僕が座るという形に落ち着いた。
 とりあえず、みなそれぞれメニューから自分の食べるものを選び、頼み終えたところでひと息ついた。
「お腹空いちゃった。早くこないかな」
 ミナミはそう言って百合子ちゃんに笑いかけた。それを見て、百合子ちゃんは困ったような表情を浮かべながら、恥ずかしげに微笑んだ。ここへ来るまでに、二人がどんな会話を交わしたのか想像もつかないが、今のところ本題に触れてはいないようだ。
「ごめんね。急に一緒にご飯食べようなんて誘っちゃって」
「あ、いえ。それはかまいませんけど……」
「すごく可愛い子だっていうから、ちょっとお姉さんお話してみたくなっちゃって」
 いつになくミナミの口調は優しい。自分のことをお姉さんなんて言ったりして、聞いているこちらとしては逆に恐ろしいものがある。
「あの、お二人はうちの学校の生徒じゃないですよね」
「ええ、そうよ。今日はちょっとセーラー服着てきちゃったけど」
「そうですよね。ミナミさんみたいな方がいたら絶対知らないはずないですもん」
「まあね。転校生じゃ特に知るはずないものね」
 そこで否定しないところがミナミらしいといえばらしい。
「でもどうしてまたそんな格好を?」
「まあその辺はいろいろ事情があってね」
 ミナミは平然とそう答えたが、聞いているこちらは内心冷や汗ものだ。百合子ちゃんからすれば、変な人だと思われても仕方ない。本当に大丈夫なのだろうか。
「そういえば、絵上手なのね。美術部に入ってるんだって?」
「あ、はい。そんなたいしたものじゃないですけど」
「池沢くんも絵が上手かったんだそうね」
「はい。彼の絵はとても……」
 百合子ちゃんは言いかけて、途中で言葉を詰まらせた。池沢くんのことを思い出して、つらくなってしまったのだろう。
 そのうちに注文したものが続々運ばれてきた。僕はハンバーグ、百合子ちゃんと美鈴ちゃんはドリア、ミナミは海老とブロッコリーのパスタというメニューだ。
「さて、と」
 みなほぼ食べ終え、ひと息ついた頃だった。ミナミは姿勢を正して真剣な表情になった。一瞬で、それまでのくだけた雰囲気がなくなった。
 窓ガラスに雨が打ち付け、雨水が流れ落ち続けている。店内には陽気な音楽が流れているが、僕の耳には空しく聞こえるだけだった。
「ちょっと百合子ちゃんに訊きたいことがあってね」
 ミナミの声がやけに通って聞こえてくる。声音でそれとわかる、真剣な話。自然と居住まいを正したくなり、身じろぎをした。緊張で唾を飲み込むと、ごくりと喉が鳴った。
「最近変な噂とか聞いてないかな?」
「変な噂?」
「そう。動く人形の話とか」
 人形という言葉を聞いただけでどきりとする。その言葉を聞いた百合子ちゃんの反応を見ようと視線を向けると、彼女は不思議そうな顔でミナミのほうを見つめているだけだった。その表情に、嘘や偽りが混ざっているようにはとても見えない。
「実は私たち、そういう奇妙な噂とか不思議なことを調べているの。まあ部活みたいなものね。それで今調べてるのがその動く人形ってわけ。最近ちょっとした噂になってるみたいなの」
「……さあ。私はちょっとよくわからないですけど」
 百合子ちゃんは訝しげに眉を顰めた。
「実は、美鈴ちゃんのお兄さんも見たことがあるらしいの。あとお友達の加奈子ちゃんも。そうよね、美鈴ちゃん?」
「あ、はい。そうです」
 美鈴ちゃんは少し慌てたように返事をした。どうやらどんな態度でいるべきか迷っているようだった。無理もない。百合子ちゃんは友達なのだ。美鈴ちゃんに友達を追いつめるようなことができるはずがない。だが、この状況はそれを彼女に強いている。残酷だ。
 ミナミはしかしそれを気に留めることなく、更に残酷なことを口にした。
「池沢くんもね。見たらしいのよ」
 美鈴ちゃんは耐えられなくなったのか、俯いて唇を噛んでいた。百合子ちゃんは、まだなんだかよくわからないというような顔をしていた。
「どういうことですか? 池沢くんとその人形と、なにか関係があるんですか?」
「それを今調べているところなの」
「でもどうしてそんなことを私に訊くんですか? 私そんな噂知らないし、池沢くんとも別に親しいわけでもなかったし」
「本当に?」
 雨の音がまた激しさを増していた。荒れた天気と同様に、胸の裡はざわついて不安は大きさを増やし続けている。
 ミナミの声には詰問するような響きが含まれていた。喉元を締め付けられるような圧迫感。軽く力を入れれば、簡単に潰されてしまいそうな少女に向けられるものとしては、少々きつすぎるように感じた。
 しかし百合子ちゃんは臆することなく、毅然と返事をした。
「本当です」
 彼女が嘘を言っているとは思えなかった。嘘ならここまで堂々と言えるはずがない。やはり彼女は無関係なのだ。
「でもね。あなたが知らないはずはないと思うの。その人形はあなたのもののはずよ。現にあなたが橋の上から人形のようなものを捨てているところを彼が見ていたんだから」
 急に僕のほうにみなの視線が集まる。緊張で咄嗟に声が出ず、目を瞬いた。
「ねえ、そうでしょう。誠二くん?」
 ミナミの声は鋭い刃のようだ。口を開きたくなかったが、それを許すミナミではない。
「まあ、そうですけど……。でもはっきりとは……」
「はっきり人形とはわからなかった。でもそのなにかを捨てていた現場周辺で、その人形が目撃された」
「ただの偶然じゃないんですか? それに私そんなことした覚えないですし……」
「え……?」
 そんなはずはない。あれは間違いなくこの目の前にいる少女だった。だとすれば、彼女は嘘をついていることになる。
「あのー、私に訊きたかったことってそれだけですか? 本当に私よくわからないんです。ごめんなさい。お力になれなくて」
 百合子ちゃんはにっこりと笑ってそう言った。これ以上なにかを聞き出すことはできなさそうである。
 やがて雨も上がり、美鈴ちゃんは母親に迎えに来るように電話をかけるため、外に出て行った。その間、ミナミと百合子ちゃんは、先程の話など忘れたかのように雑談に花を咲かせていた。
 僕は釈然としない気持ちで、ぼうっと天井を眺めていた。
 しばらくして美鈴ちゃんの母親が車で迎えに来たので、美鈴ちゃんと百合子ちゃんは帰っていった。
「さて、私たちも帰るわよ」
 雨はいつの間にかあがっていた。軒下に停めていた自転車を出すと、ミナミは当たり前のように後ろに跨った。
 心配していた食事代のほうは、みな自分のぶんはそれぞれで出してくれたので、僕の財布が空になることはなかった。しかし、これは本格的にバイトを探したほうがいいかもしれない。財布の中身の心許なさに、そんなことを考えた。
 自転車を漕ぎ出すと、後ろのミナミがぽつりとつぶやいた。
「彼女、なかなか食えないわね」
 僕はそれに返事をすることなく、黙々とペダルを漕ぎ続けた。

     ※     ※     ※

 掃除、洗濯などの雑用の仕事を任されることになった。居候させてもらっているのだからやるのは当然だ。
 学校から帰ってきて雑巾をかけたり、トイレ掃除をしたり。一生懸命やっているつもりだが、叔母さんはなかなか満足してくれない。もっと念入りに掃除をしなければならないようだ。
 千夏があとから帰ってきたので、「おかえり」と言ったが無視をされた。
 今日の夕飯は叔父さんと叔母さん、千夏にはハンバーグがあったけど、生活費も払っていない居候の私は食べることはできなかった。食べさせてもらえるだけで感謝しなければいけない。
 でも、しっかり仕事をこなして頑張れば、次はもらえるかもしれない。
 部屋に帰ったら由美が励ましてくれた。
 私には由美がいるから大丈夫。
(少女の日記18ページ目より)

しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

夜の帝王の一途な愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:291pt お気に入り:88

見捨てられたお嬢様

青春 / 完結 24h.ポイント:653pt お気に入り:11

旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:823pt お気に入り:185

ロリコンな俺の記憶

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:3,663pt お気に入り:16

処理中です...