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第一章 終わりの始まり
10月24日 AM10:32 京
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あらゆることには、理由がある。
この、さっき返ってきた英語の小テストの結果も然りだ。
「がーん。小テストの結果最悪だった~。もう死ぬ~」
「俺も同じく~。大佐、俺もお供します~!」
頭を机に突っ伏し、嘆いているのはショートヘアの少女とくせっ毛の少年。
死屍累々たる光景が、僕の目の前で展開されていた。もはや散ってしまった彼らを救うすべはない。
「残念だったな。だがそれは、きみたち自身が招いた宿命というものだ。勉強を怠ったきみたちが悪いのだ」
僕は彼らに満点の答案用紙を掲げ、訓示をたれた。
「くーっ! ムカつく! 京のやつ!」
「わーん! 京のイジワル!」
さらに周囲は阿鼻叫喚の渦となり、僕は満足げにその光景を眺めていた。
教室は休み時間となり、あちこちで蝉のような騒がしい声が聞こえてきていた。死者は他にも相当数いるようで、賑やかな声のなかにはいくつかの悲鳴が混じっていた。
「でも、やっぱり頭のいい人ってずるいよね。抜き打ちでも簡単に回答できちゃうんだもん。きっと元々の脳味噌の作りが違うんだと思う」
「だな。まあ、勉強のほうはそういうやつに任せておいて、俺たちは俺たちで楽しく人生を謳歌しようぜ」
「うん! 賛成!」
茜と朔がなにやら結束を固めたようで、なんとなく僕が悪役に仕立てあげられている様相となってきた。結局、テストの点数が何点だろうと、おいしいところは朔に奪われてしまう。僕はいつもそれを羨むことになってしまう、損な役回りなのだ。
茜とは家が近所で、幼稚園からの同級生である。小中高と学校も一緒で、もう幼馴染みというより、腐れ縁、友達というより家族といったほうが近いような存在だった。
そんな彼女に仄かな恋心を抱くようになったのは、いつからだろう。幼馴染みの女友達が、そういう存在として自分のなかで大きくなっていくことに戸惑いながらも、その気持ちがどうしようもなく自分の真実だと思うようになったのは、いったいいつからだったのだろう。
中学生くらいから、ちらほらと恋愛の話を周囲で聞くようになり、思春期という抗えない己の変化に戸惑っていた時期。僕は今まで男友達と同じように接してきた、一番身近な茜という女の子に、突然異姓を感じた。
それは唐突に、なんの前触れもなく、自分のなかでビッグバンのように弾けて、僕を支配した。
それが恋というものだと自覚するのには、かなりの時間を要した。
勉強は得意なほうではあるが、恋愛には疎いという、どこかで読んだような人物像がそのまま自分に当てはまるとは、まったく思いもよらぬことであったが、やはり先人の言葉は的を射ていたようで、僕は自分の初恋に、どう対処すればいいのか、まったくわからずにいた。
とりあえず読み漁ったのは、恋愛関係の本。恋愛小説や愛を謳った詩や格言。果ては指南本まで。
シェイクスピア、ゲーテ、ニーチェにヴェルレーヌ等々。
しかしある程度の知識が増えただけで、そこには僕の恋愛の悩みの答えとなるものは見つからなかった。
それにしても、古今東西、これまで自分が気にしたことがなかっただけで、恋愛をテーマにした物語がこれほどまでにたくさん書かれてあることに驚いた。
考えてみれば、人間ならずとも生命は恋愛と切っては切れない関係性があり、動物ドキュメンタリーなどを見ると、それは人生と置き換えてもいいほどの重大なことであるらしい。
恋愛。
それは奥深く、ナイーブで、ある種の衝動を内包している。
それが自分のなかで芽生えてしまった。
僕はしかし、結局高校生となった今でもそれを持て余したまま、現状に甘んじている。
想いを伝えたいと、そう思ったこともある。けれど、恋愛は人を臆病にする。特に自分は、至上稀に見るくらいの臆病であることを、恋を知ってから自覚した。
太陽のように僕に笑いかける彼女。
他愛ない軽口を叩きあう時間。
ずっと小さいころから続いてきたこの時間を失うかもしれないと思ったら、告白などできるわけがなかった。
そして、もう一つ告白できない理由が僕にはあった。
朔。
高校から同じクラスになり、茜と三人でよく遊ぶようになった。
朔もまた、茜に気があるということを、僕は気づいていた。
朔はいいやつだ。だからこそ、朔を傷つけ、茜を失うかもしれない告白など、僕には一生できるわけがないのだ。
――たとえ世界が今日で終わるのだとしても。
この、さっき返ってきた英語の小テストの結果も然りだ。
「がーん。小テストの結果最悪だった~。もう死ぬ~」
「俺も同じく~。大佐、俺もお供します~!」
頭を机に突っ伏し、嘆いているのはショートヘアの少女とくせっ毛の少年。
死屍累々たる光景が、僕の目の前で展開されていた。もはや散ってしまった彼らを救うすべはない。
「残念だったな。だがそれは、きみたち自身が招いた宿命というものだ。勉強を怠ったきみたちが悪いのだ」
僕は彼らに満点の答案用紙を掲げ、訓示をたれた。
「くーっ! ムカつく! 京のやつ!」
「わーん! 京のイジワル!」
さらに周囲は阿鼻叫喚の渦となり、僕は満足げにその光景を眺めていた。
教室は休み時間となり、あちこちで蝉のような騒がしい声が聞こえてきていた。死者は他にも相当数いるようで、賑やかな声のなかにはいくつかの悲鳴が混じっていた。
「でも、やっぱり頭のいい人ってずるいよね。抜き打ちでも簡単に回答できちゃうんだもん。きっと元々の脳味噌の作りが違うんだと思う」
「だな。まあ、勉強のほうはそういうやつに任せておいて、俺たちは俺たちで楽しく人生を謳歌しようぜ」
「うん! 賛成!」
茜と朔がなにやら結束を固めたようで、なんとなく僕が悪役に仕立てあげられている様相となってきた。結局、テストの点数が何点だろうと、おいしいところは朔に奪われてしまう。僕はいつもそれを羨むことになってしまう、損な役回りなのだ。
茜とは家が近所で、幼稚園からの同級生である。小中高と学校も一緒で、もう幼馴染みというより、腐れ縁、友達というより家族といったほうが近いような存在だった。
そんな彼女に仄かな恋心を抱くようになったのは、いつからだろう。幼馴染みの女友達が、そういう存在として自分のなかで大きくなっていくことに戸惑いながらも、その気持ちがどうしようもなく自分の真実だと思うようになったのは、いったいいつからだったのだろう。
中学生くらいから、ちらほらと恋愛の話を周囲で聞くようになり、思春期という抗えない己の変化に戸惑っていた時期。僕は今まで男友達と同じように接してきた、一番身近な茜という女の子に、突然異姓を感じた。
それは唐突に、なんの前触れもなく、自分のなかでビッグバンのように弾けて、僕を支配した。
それが恋というものだと自覚するのには、かなりの時間を要した。
勉強は得意なほうではあるが、恋愛には疎いという、どこかで読んだような人物像がそのまま自分に当てはまるとは、まったく思いもよらぬことであったが、やはり先人の言葉は的を射ていたようで、僕は自分の初恋に、どう対処すればいいのか、まったくわからずにいた。
とりあえず読み漁ったのは、恋愛関係の本。恋愛小説や愛を謳った詩や格言。果ては指南本まで。
シェイクスピア、ゲーテ、ニーチェにヴェルレーヌ等々。
しかしある程度の知識が増えただけで、そこには僕の恋愛の悩みの答えとなるものは見つからなかった。
それにしても、古今東西、これまで自分が気にしたことがなかっただけで、恋愛をテーマにした物語がこれほどまでにたくさん書かれてあることに驚いた。
考えてみれば、人間ならずとも生命は恋愛と切っては切れない関係性があり、動物ドキュメンタリーなどを見ると、それは人生と置き換えてもいいほどの重大なことであるらしい。
恋愛。
それは奥深く、ナイーブで、ある種の衝動を内包している。
それが自分のなかで芽生えてしまった。
僕はしかし、結局高校生となった今でもそれを持て余したまま、現状に甘んじている。
想いを伝えたいと、そう思ったこともある。けれど、恋愛は人を臆病にする。特に自分は、至上稀に見るくらいの臆病であることを、恋を知ってから自覚した。
太陽のように僕に笑いかける彼女。
他愛ない軽口を叩きあう時間。
ずっと小さいころから続いてきたこの時間を失うかもしれないと思ったら、告白などできるわけがなかった。
そして、もう一つ告白できない理由が僕にはあった。
朔。
高校から同じクラスになり、茜と三人でよく遊ぶようになった。
朔もまた、茜に気があるということを、僕は気づいていた。
朔はいいやつだ。だからこそ、朔を傷つけ、茜を失うかもしれない告白など、僕には一生できるわけがないのだ。
――たとえ世界が今日で終わるのだとしても。
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