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第四章 思い出と星空と戸惑いと
思い出と星空と戸惑いと5
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「茜ちゃんはおばあちゃんとこで一緒に寝ることにして、男の子んたちはここの和室に布団敷いてあげるでここで寝るんやよ」
家のほうへと戻ると、おばあちゃんが和室で布団を敷いていた。朔がそれを手伝って、押し入れから客用の布団を運び出している。
先程呼んでいたのは、みんなの寝る準備をするためだったらしい。
「おばあちゃん、この布団はこっちでいい?」
「ああ、ありがとうね。そこでええよ」
おばあちゃんの指示に素直に従う朔。なんとなく微笑ましい。
「ありがと、朔。私も手伝うよ」
私は朔と一緒に布団を敷き、シーツを広げて寝床の準備を始めた。
広げたシーツの端を二人でそれぞれ持っていると、ふと向かい合った朔と目が合い、どきりとした。そして、なぜか先程の京の言葉を思い出して、つい目を逸らした。すぐにそれが不自然な態度だったことに気づき、慌てて笑ってごまかすが、時すでに遅かったようで、朔に指摘されてしまった。
「なんだ? 急に態度がちょっとおかしいぞ。なんかあったのか?」
意外に鋭い朔の言葉に、私は少々焦った手つきでシーツを布団に被せる。
「な、なんでもないよ。気のせい気のせい」
「そうか? 気のせいじゃないと思うんだけど。さてはなにか隠し事でもしてるな」
「まさか。してないよそんなの」
「いや、俺の勘は結構当たるんだ。そういや京のやつ、まだ外にいるのか? あ、もしかして京となにかあったとか?」
心臓が跳ね上がり、一瞬呼吸が止まった。なにか……あったわけではない。けれど、あのままあそこにいたら、もしかしたら……。
「京くん。さあ、あんたの寝床こっちに作っといたで」
おばあちゃんのそんな声が聞こえ、そちらを向くと京が鴨居に手をかけながら和室へと上がってきているのが見えた。
なんとなくまた顔を逸らしてしまい、自分でもなぜこんなふうに意識をしてしまうのかわからなかった。
当たり前のように一緒にいて、それが楽しくて、こんなふうになんの偶然か一緒に同じ時をタイムリープしてきた私たち。特に京とは昔から家族のように付き合ってきた幼馴染みで。
京は、あのときなにを言おうとしたんだろう。
知りたい。とても知りたい。
けれど、どうしてだかそれを聞いてはいけないとシグナルを送る自分も胸のなかにいるのだ。
そのわけがなんなのか。どうしてこんなふうに葛藤しているのか。
答えは自分のなかにあるはずなのに、それを知ったらすべてが崩れ去ってしまうような、そんな気がしてならない。
そう。
――世界が崩壊する、あのときみたいに。
布団の用意も終わり、私はあえて早めにおばあちゃんと奥の寝室へと向かった。
「おばあちゃんの部屋、可愛いものがいっぱいあるよね」
私はおばあちゃんお手製のお手玉や編みぐるみなどを見て目を細めた。
「可愛いなんて嬉しいねえ。よかったら気に入ったの持っていきゃーよ」
「いいの? じゃあ、このパンダの編みぐるみもらおうかな」
「ええよええよ。茜ちゃんにもらってもらえるなんて嬉しいわあ」
おばあちゃんはにこにこして、本当に嬉しそうだった。そんな様子に私もほっこりした気持ちになる。
「さあ、もうそろそろ寝ようかな。なんか疲れたし」
「ほうやね。こんな遠くまで来てくれたんやもんね。そりゃ疲れるわ」
おばあちゃんが寝室として使っている奥の座敷に私のぶんの布団も並べてもらい、そこで一緒に寝ることになっていた。布団に入って寝転がると、天井の木目模様がなにか意味を持っているかのように目に飛び込んでくる。おばあちゃんにもらったパンダの編みぐるみを横に置いて、掛け布団を顎まで被る。
「じゃあ電気小さいのだけにするよ」
おばあちゃんが電灯の紐を二回引っ張ると、蛍光灯の明るい光が消え、常夜灯の暖色だけが部屋に残った。
「昔から茜ちゃんは真っ暗にすると怖がっとったからね。小さい電気だけは点けて寝ようね」
おばあちゃんは常夜灯のことを、いつも小さい電気と言う。昔も今も変わらない言い方がなにやら胸に温かく、安心させられた。
「ありがとう。おばあちゃん」
目を瞑ると、様々なことが遠くに浮かんできて、私の頭に呼びかけてきた。
世界は本当に終わるの?
なぜ私たちは時を遡ったの?
私はなにをするべき?
そして……。
ふっと現れた二人の少年の顔に、私は思わず閉じていた目を開いてしまった。
「どうしたの? 眠れんの?」
おばあちゃんに気づかれたようで、心配そうな声が横から聞こえてきた。
「あ、うん。ちょっと考え事してて……」
「なんや、茜ちゃんも考え事なんかする年頃になったんやねぇ。もしかして、恋の悩みとかかね?」
おばあちゃんの発言に、私はおおいに慌てた。
「こ、恋? ち、違うよ! そんなんじゃなくて!」
「あれ? 違うの? 京くんと朔くんと言ったかね? あの二人のことで悩んどるんやと思っとったけど」
「ちょっと待って。確かにあの二人のことを含めての悩みではあるんだけど……」
言いながら、おばあちゃんの言うとおり、あの二人のことで悩んでいるというのは、否定できないことであることに気づく。
そうか。私は悩んでいるのだ。京と朔。あの二人のことで。
しかし、それが恋の悩みであるというのは訂正しなければいけない。そもそも恋というのが私にはまだよくわかっていない。
初恋を私はまだ知らない……なんて、私は珍しい部類の人間なのだろうか?
「おばあちゃん。恋の悩み、というのはとりあえず横に置いておいて、たとえばの話をしてもいい?」
「ええよ。なに?」
「あのね。たとえば明日、世界が終わるとしたら、あばあちゃんだったらどうする?」
「世界が? 死ぬっちゅうこと? やったらついにお迎えの順番がきたかと覚悟するよりないわなー」
「ああ、そういうことじゃなくて。うーん、でもまあ近いといえば近いのか……。なんていうか、とにかく明日になったらこの世界がなくなるとか、死ぬってわかってたとしたらなにがしたい?」
率直にそう質問する。おばあちゃんの忌憚ない意見が聞いてみたい。
「なにがしたいかっちゅうことか。ほうやね。やったら今叶っとるなあ」
「え?」
「おばあちゃん、茜ちゃんに会いたいって思うと思うわ」
それを聞いた私は、心がきゅんと締め付けられたような気持ちがした。
「茜ちゃんのお父さんとお母さんにも会いたいねえ。あとは近所の友達に挨拶だけはしとかんとなぁ」
「ほ、他には?」
「他? まあこれといってないけど、畑と家のことをもうちょっと片付けときたいかもしれんねえ」
「それだけ? なんか他にないの? 食べたいものとか欲しいものとか、行きたいところとか……」
「別にいまさらしたいこともそうないけどねえ。それよりどうしたの、茜ちゃん。急にそんなこと訊いて。やっぱりなんか悩み事があるみたいやね。もしかすると、今日ここに来たのもその悩み事のせい?」
どきりとした。おばあちゃんにはもしかしたらなにもかもわかっているのだろうか。そんなふうにすら思えた。
「う、ううん。そういうんじゃないんだけど……。なんていうか……さ」
歯切れの悪い答え方をする私に、おばあちゃんは問いつめるでもなく、言い聞かせるというのでもなく、ただこんな言い方をした。
「まあ、恋かどうかは別にして、おおいに悩めばええとおばあちゃんは思うよ」
「え?」
「なんがあったんかはよう知らんけど、結局茜ちゃんの悩みのなかに、よう知っとる人のことが含まれとるんやろう?」
その質問には、私は素直にうなずいた。よく知っている人。それは京と朔のことだ。あの二人と私はなんの偶然か世界の終わりをともに体験し、そして過去にタイムリープして今ここにいる。
「たぶんその人っちゅうのは、あの二人のうちのどちらかか、または二人ともってことやろう?」
仲の良い男友達。一人は幼馴染みで、一人は高校から意気投合して仲良くなった。自然と三人で過ごすことも多くなり、当たり前のように彼らと一緒にいる。
「あの男の子んたちは茜ちゃんの大事な友達みたいやけど」
「うん。すごく大切な友達……。二人ともいいやつらで」
「もしかするとそんな大切な友達が、なにかをきっかけに変わろうとしとるんやないかね? だから茜ちゃんはなんか悩んどるんやない?」
「なにかをきっかけに……?」
それは、間違いなく今のこの状況のことではないだろうか。
世界が終わるかもしれない。そんな状況で時間を遡り、私たちはここにいる。
なにかが変わる? 私たちのなにかが?
「……嫌だ」
つい出てしまった言葉に、私は自分で自分に戸惑った。
「今のままがいい。変わって欲しくない」
戸惑いながらも、それが今の自分の本心なのだと理解した。
変わりたくない。変わって欲しくない。
私たちは今のまま、ずっと変わらず仲の良い三人で……。
「怖いんやね、茜ちゃんは」
薄暗いオレンジに染まった部屋のなか、おばあちゃんがつぶやくように言う。私は布団のなかで拳をぎゅっと握り締めながら、続く言葉を待った。
「人生のうちで、そういうことは何度かあるんやよ。居心地よくいられる状態が、突然壊れてのうなってしまったり、ずっとそこにあると思っていたもんが、急にどこにも見当たらんようになってしまうっちゅうことが」
部屋の天井の木目がなぜかくっきり見える。おばあちゃんの声が明瞭に頭に響いてくる。
「今まで苦労して作り上げてきたもんがなくなってしまうのはそりゃ誰でも怖い。やけど、それを怖がって同じところに留まっておったって前には進んでいけんわね」
「……うん」
「だから、怖がらんでええよ。なにかが変わっていくのは、そうなるようにできとるちゅうことやから。なんも茜ちゃんが悪いわけでも、男の子んたちが悪いわけでもない。ただ、おばあちゃんが茜ちゃんに言いたいことはひとつだけ」
おばあちゃんが次の言葉を言う直前、一瞬すべての音が消えた。
「自分の気持ちに嘘だけはついちゃいかんよ」
家のほうへと戻ると、おばあちゃんが和室で布団を敷いていた。朔がそれを手伝って、押し入れから客用の布団を運び出している。
先程呼んでいたのは、みんなの寝る準備をするためだったらしい。
「おばあちゃん、この布団はこっちでいい?」
「ああ、ありがとうね。そこでええよ」
おばあちゃんの指示に素直に従う朔。なんとなく微笑ましい。
「ありがと、朔。私も手伝うよ」
私は朔と一緒に布団を敷き、シーツを広げて寝床の準備を始めた。
広げたシーツの端を二人でそれぞれ持っていると、ふと向かい合った朔と目が合い、どきりとした。そして、なぜか先程の京の言葉を思い出して、つい目を逸らした。すぐにそれが不自然な態度だったことに気づき、慌てて笑ってごまかすが、時すでに遅かったようで、朔に指摘されてしまった。
「なんだ? 急に態度がちょっとおかしいぞ。なんかあったのか?」
意外に鋭い朔の言葉に、私は少々焦った手つきでシーツを布団に被せる。
「な、なんでもないよ。気のせい気のせい」
「そうか? 気のせいじゃないと思うんだけど。さてはなにか隠し事でもしてるな」
「まさか。してないよそんなの」
「いや、俺の勘は結構当たるんだ。そういや京のやつ、まだ外にいるのか? あ、もしかして京となにかあったとか?」
心臓が跳ね上がり、一瞬呼吸が止まった。なにか……あったわけではない。けれど、あのままあそこにいたら、もしかしたら……。
「京くん。さあ、あんたの寝床こっちに作っといたで」
おばあちゃんのそんな声が聞こえ、そちらを向くと京が鴨居に手をかけながら和室へと上がってきているのが見えた。
なんとなくまた顔を逸らしてしまい、自分でもなぜこんなふうに意識をしてしまうのかわからなかった。
当たり前のように一緒にいて、それが楽しくて、こんなふうになんの偶然か一緒に同じ時をタイムリープしてきた私たち。特に京とは昔から家族のように付き合ってきた幼馴染みで。
京は、あのときなにを言おうとしたんだろう。
知りたい。とても知りたい。
けれど、どうしてだかそれを聞いてはいけないとシグナルを送る自分も胸のなかにいるのだ。
そのわけがなんなのか。どうしてこんなふうに葛藤しているのか。
答えは自分のなかにあるはずなのに、それを知ったらすべてが崩れ去ってしまうような、そんな気がしてならない。
そう。
――世界が崩壊する、あのときみたいに。
布団の用意も終わり、私はあえて早めにおばあちゃんと奥の寝室へと向かった。
「おばあちゃんの部屋、可愛いものがいっぱいあるよね」
私はおばあちゃんお手製のお手玉や編みぐるみなどを見て目を細めた。
「可愛いなんて嬉しいねえ。よかったら気に入ったの持っていきゃーよ」
「いいの? じゃあ、このパンダの編みぐるみもらおうかな」
「ええよええよ。茜ちゃんにもらってもらえるなんて嬉しいわあ」
おばあちゃんはにこにこして、本当に嬉しそうだった。そんな様子に私もほっこりした気持ちになる。
「さあ、もうそろそろ寝ようかな。なんか疲れたし」
「ほうやね。こんな遠くまで来てくれたんやもんね。そりゃ疲れるわ」
おばあちゃんが寝室として使っている奥の座敷に私のぶんの布団も並べてもらい、そこで一緒に寝ることになっていた。布団に入って寝転がると、天井の木目模様がなにか意味を持っているかのように目に飛び込んでくる。おばあちゃんにもらったパンダの編みぐるみを横に置いて、掛け布団を顎まで被る。
「じゃあ電気小さいのだけにするよ」
おばあちゃんが電灯の紐を二回引っ張ると、蛍光灯の明るい光が消え、常夜灯の暖色だけが部屋に残った。
「昔から茜ちゃんは真っ暗にすると怖がっとったからね。小さい電気だけは点けて寝ようね」
おばあちゃんは常夜灯のことを、いつも小さい電気と言う。昔も今も変わらない言い方がなにやら胸に温かく、安心させられた。
「ありがとう。おばあちゃん」
目を瞑ると、様々なことが遠くに浮かんできて、私の頭に呼びかけてきた。
世界は本当に終わるの?
なぜ私たちは時を遡ったの?
私はなにをするべき?
そして……。
ふっと現れた二人の少年の顔に、私は思わず閉じていた目を開いてしまった。
「どうしたの? 眠れんの?」
おばあちゃんに気づかれたようで、心配そうな声が横から聞こえてきた。
「あ、うん。ちょっと考え事してて……」
「なんや、茜ちゃんも考え事なんかする年頃になったんやねぇ。もしかして、恋の悩みとかかね?」
おばあちゃんの発言に、私はおおいに慌てた。
「こ、恋? ち、違うよ! そんなんじゃなくて!」
「あれ? 違うの? 京くんと朔くんと言ったかね? あの二人のことで悩んどるんやと思っとったけど」
「ちょっと待って。確かにあの二人のことを含めての悩みではあるんだけど……」
言いながら、おばあちゃんの言うとおり、あの二人のことで悩んでいるというのは、否定できないことであることに気づく。
そうか。私は悩んでいるのだ。京と朔。あの二人のことで。
しかし、それが恋の悩みであるというのは訂正しなければいけない。そもそも恋というのが私にはまだよくわかっていない。
初恋を私はまだ知らない……なんて、私は珍しい部類の人間なのだろうか?
「おばあちゃん。恋の悩み、というのはとりあえず横に置いておいて、たとえばの話をしてもいい?」
「ええよ。なに?」
「あのね。たとえば明日、世界が終わるとしたら、あばあちゃんだったらどうする?」
「世界が? 死ぬっちゅうこと? やったらついにお迎えの順番がきたかと覚悟するよりないわなー」
「ああ、そういうことじゃなくて。うーん、でもまあ近いといえば近いのか……。なんていうか、とにかく明日になったらこの世界がなくなるとか、死ぬってわかってたとしたらなにがしたい?」
率直にそう質問する。おばあちゃんの忌憚ない意見が聞いてみたい。
「なにがしたいかっちゅうことか。ほうやね。やったら今叶っとるなあ」
「え?」
「おばあちゃん、茜ちゃんに会いたいって思うと思うわ」
それを聞いた私は、心がきゅんと締め付けられたような気持ちがした。
「茜ちゃんのお父さんとお母さんにも会いたいねえ。あとは近所の友達に挨拶だけはしとかんとなぁ」
「ほ、他には?」
「他? まあこれといってないけど、畑と家のことをもうちょっと片付けときたいかもしれんねえ」
「それだけ? なんか他にないの? 食べたいものとか欲しいものとか、行きたいところとか……」
「別にいまさらしたいこともそうないけどねえ。それよりどうしたの、茜ちゃん。急にそんなこと訊いて。やっぱりなんか悩み事があるみたいやね。もしかすると、今日ここに来たのもその悩み事のせい?」
どきりとした。おばあちゃんにはもしかしたらなにもかもわかっているのだろうか。そんなふうにすら思えた。
「う、ううん。そういうんじゃないんだけど……。なんていうか……さ」
歯切れの悪い答え方をする私に、おばあちゃんは問いつめるでもなく、言い聞かせるというのでもなく、ただこんな言い方をした。
「まあ、恋かどうかは別にして、おおいに悩めばええとおばあちゃんは思うよ」
「え?」
「なんがあったんかはよう知らんけど、結局茜ちゃんの悩みのなかに、よう知っとる人のことが含まれとるんやろう?」
その質問には、私は素直にうなずいた。よく知っている人。それは京と朔のことだ。あの二人と私はなんの偶然か世界の終わりをともに体験し、そして過去にタイムリープして今ここにいる。
「たぶんその人っちゅうのは、あの二人のうちのどちらかか、または二人ともってことやろう?」
仲の良い男友達。一人は幼馴染みで、一人は高校から意気投合して仲良くなった。自然と三人で過ごすことも多くなり、当たり前のように彼らと一緒にいる。
「あの男の子んたちは茜ちゃんの大事な友達みたいやけど」
「うん。すごく大切な友達……。二人ともいいやつらで」
「もしかするとそんな大切な友達が、なにかをきっかけに変わろうとしとるんやないかね? だから茜ちゃんはなんか悩んどるんやない?」
「なにかをきっかけに……?」
それは、間違いなく今のこの状況のことではないだろうか。
世界が終わるかもしれない。そんな状況で時間を遡り、私たちはここにいる。
なにかが変わる? 私たちのなにかが?
「……嫌だ」
つい出てしまった言葉に、私は自分で自分に戸惑った。
「今のままがいい。変わって欲しくない」
戸惑いながらも、それが今の自分の本心なのだと理解した。
変わりたくない。変わって欲しくない。
私たちは今のまま、ずっと変わらず仲の良い三人で……。
「怖いんやね、茜ちゃんは」
薄暗いオレンジに染まった部屋のなか、おばあちゃんがつぶやくように言う。私は布団のなかで拳をぎゅっと握り締めながら、続く言葉を待った。
「人生のうちで、そういうことは何度かあるんやよ。居心地よくいられる状態が、突然壊れてのうなってしまったり、ずっとそこにあると思っていたもんが、急にどこにも見当たらんようになってしまうっちゅうことが」
部屋の天井の木目がなぜかくっきり見える。おばあちゃんの声が明瞭に頭に響いてくる。
「今まで苦労して作り上げてきたもんがなくなってしまうのはそりゃ誰でも怖い。やけど、それを怖がって同じところに留まっておったって前には進んでいけんわね」
「……うん」
「だから、怖がらんでええよ。なにかが変わっていくのは、そうなるようにできとるちゅうことやから。なんも茜ちゃんが悪いわけでも、男の子んたちが悪いわけでもない。ただ、おばあちゃんが茜ちゃんに言いたいことはひとつだけ」
おばあちゃんが次の言葉を言う直前、一瞬すべての音が消えた。
「自分の気持ちに嘘だけはついちゃいかんよ」
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