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Chapter.3 部活動
3 踏み出す一歩
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活動を終え、先輩たちは一足先に帰っていった。モップがけをしようと掃除道具置き場へ向かっていると、沙耶ちゃんが近づいてきた。紺色の胴着と袴姿の沙耶ちゃんは、いつにも増して凛とした美しさを放っていた。思っていた以上に似合っている。
「沙耶ちゃん、いいよ。疲れたでしょ。ここは僕がやっておくから」
「なに言ってるの? これって一年生の仕事なんでしょ。わたしだけさぼってるとこ見られたら、怒られちゃうじゃない」
確かに沙耶ちゃんの言うとおりなので、ふたつあるモップのうちのひとつを沙耶ちゃんに手渡した。
「どう? やれそう?」
沙耶ちゃんの入部の気持ちが変わっていないか、訊ねてみる。
「うん。初心者だからちゃんと形になるまでかかりそうだけど、やる気はあるよ。頑張って続けたい」
予想通りの答えだった。昔から沙耶ちゃんは、やると決めたことは、簡単にあきらめたり投げ出したりしないのだ。そこが沙耶ちゃんのいいところでもある。
「それに大変だけど、楽しいんだ。ずっとやってみたかったことだから」
そう話す沙耶ちゃんの横顔は、輝いて見えた。こんなに堂々と自分のしていることが楽しいと言い切れる彼女が、とても眩しかった。
それに比べて自分はどうだろうか。好きなはずの剣道に、こんなふうに楽しいと胸を張って言えない自分がいる。モップをかけながら、道場内を沙耶ちゃんと並んで歩く。こんな夢みたいな状況なのに、素直に喜べないのが哀しかった。
「試合惜しかったね。もう少しで勝てそうだったのに。最初調子悪そうだったから、わたしもつい声かけちゃった」
「あれがなかったら、たぶんストレート負けだったよ」
結局試合は、引き分けで終わった。
しかし、あれは運が良かっただけだ。真剣だったら最初の一本で死んでいた。ずっと剣道から離れていた自分に、勝てるはずもなかった。引き分けたとはいえ、あれは限りなく負けに等しい。
「ねえ。小太郎ちゃん。剣道やるのつらいの?」
沙耶ちゃんがそう訊ねてきた。やはり、端からもそんなふうに映って見えたのだろうか。
「いや、つらいっていうか……」
「なんか、小学生の頃の剣道してた小太郎ちゃんは、もっといきいきして楽しそうだったのに、なんだか今は剣道するのがつらそうだから……」
沙耶ちゃんが心配そうに僕の顔をのぞき込む。心のうちを見透かされているようで、恥ずかしかった。
「……剣道は、好きだよ。やりたいとも思う。ただ、まだ勇気が出ないんだ」
そう。勇気が足りない。いちいち先輩の言葉に反応して、びくついているようじゃ駄目だ。とても続けられない。
「入部するの、やめようと思ってる?」
沙耶ちゃんの質問に、答えられなかった。肯定してしまえば、きっと楽になるだろう。わざわざ剣道なんてやらなければ、思い煩う必要もない。
だが、こうして剣道に触れている自分を思い出してしまった。胴着の感触。防具の重み。そして、竹刀を握ったときの、あの高揚感。
頭で否定しても、体は嫌というほど覚えているのだ。血が沸きたつような感覚。竹刀に触れたとき、総毛立った。武者震いとでもいうのだろうか。手が喜びに震えていた。何千何万回と振り続けてきた感覚を、忘れられるはずもなかった。
そして、あの面が決まったとき、僕の中で止まっていた時間が動き出してしまった。凍らせ、忘れ去ろうとしていたあの感覚。
やはり自分は剣道が好きなのだ。
もうそれを自覚してしまったら、やめられるはずがない。きっともう、見学に来たときから心は決まっていたのだ。
「入部するよ。剣道部」
気づいたら、そう口に出していた。逃げては駄目だ。自分が沙耶ちゃんに言った言葉ではないか。
それを聞いた沙耶ちゃんは、ぱっと花が咲くように笑った。
「やった! じゃあ晴れてお互い剣道部員だね。超嬉しい」
沙耶ちゃんがこんなに喜んでくれるのなら、入部を決心してよかった。これから剣道部の一員として頑張ろう。僕はそう思っていた。
「沙耶ちゃん、いいよ。疲れたでしょ。ここは僕がやっておくから」
「なに言ってるの? これって一年生の仕事なんでしょ。わたしだけさぼってるとこ見られたら、怒られちゃうじゃない」
確かに沙耶ちゃんの言うとおりなので、ふたつあるモップのうちのひとつを沙耶ちゃんに手渡した。
「どう? やれそう?」
沙耶ちゃんの入部の気持ちが変わっていないか、訊ねてみる。
「うん。初心者だからちゃんと形になるまでかかりそうだけど、やる気はあるよ。頑張って続けたい」
予想通りの答えだった。昔から沙耶ちゃんは、やると決めたことは、簡単にあきらめたり投げ出したりしないのだ。そこが沙耶ちゃんのいいところでもある。
「それに大変だけど、楽しいんだ。ずっとやってみたかったことだから」
そう話す沙耶ちゃんの横顔は、輝いて見えた。こんなに堂々と自分のしていることが楽しいと言い切れる彼女が、とても眩しかった。
それに比べて自分はどうだろうか。好きなはずの剣道に、こんなふうに楽しいと胸を張って言えない自分がいる。モップをかけながら、道場内を沙耶ちゃんと並んで歩く。こんな夢みたいな状況なのに、素直に喜べないのが哀しかった。
「試合惜しかったね。もう少しで勝てそうだったのに。最初調子悪そうだったから、わたしもつい声かけちゃった」
「あれがなかったら、たぶんストレート負けだったよ」
結局試合は、引き分けで終わった。
しかし、あれは運が良かっただけだ。真剣だったら最初の一本で死んでいた。ずっと剣道から離れていた自分に、勝てるはずもなかった。引き分けたとはいえ、あれは限りなく負けに等しい。
「ねえ。小太郎ちゃん。剣道やるのつらいの?」
沙耶ちゃんがそう訊ねてきた。やはり、端からもそんなふうに映って見えたのだろうか。
「いや、つらいっていうか……」
「なんか、小学生の頃の剣道してた小太郎ちゃんは、もっといきいきして楽しそうだったのに、なんだか今は剣道するのがつらそうだから……」
沙耶ちゃんが心配そうに僕の顔をのぞき込む。心のうちを見透かされているようで、恥ずかしかった。
「……剣道は、好きだよ。やりたいとも思う。ただ、まだ勇気が出ないんだ」
そう。勇気が足りない。いちいち先輩の言葉に反応して、びくついているようじゃ駄目だ。とても続けられない。
「入部するの、やめようと思ってる?」
沙耶ちゃんの質問に、答えられなかった。肯定してしまえば、きっと楽になるだろう。わざわざ剣道なんてやらなければ、思い煩う必要もない。
だが、こうして剣道に触れている自分を思い出してしまった。胴着の感触。防具の重み。そして、竹刀を握ったときの、あの高揚感。
頭で否定しても、体は嫌というほど覚えているのだ。血が沸きたつような感覚。竹刀に触れたとき、総毛立った。武者震いとでもいうのだろうか。手が喜びに震えていた。何千何万回と振り続けてきた感覚を、忘れられるはずもなかった。
そして、あの面が決まったとき、僕の中で止まっていた時間が動き出してしまった。凍らせ、忘れ去ろうとしていたあの感覚。
やはり自分は剣道が好きなのだ。
もうそれを自覚してしまったら、やめられるはずがない。きっともう、見学に来たときから心は決まっていたのだ。
「入部するよ。剣道部」
気づいたら、そう口に出していた。逃げては駄目だ。自分が沙耶ちゃんに言った言葉ではないか。
それを聞いた沙耶ちゃんは、ぱっと花が咲くように笑った。
「やった! じゃあ晴れてお互い剣道部員だね。超嬉しい」
沙耶ちゃんがこんなに喜んでくれるのなら、入部を決心してよかった。これから剣道部の一員として頑張ろう。僕はそう思っていた。
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