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Chapter.5 球技大会
3 小さな救世主
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その後、シャワーや着替えを済ませてから僕たちは帰宅の途についた。外は夕暮れに染まり、涼しい風を辺りに連れてきていた。
秋庭学園の生徒は、大半が寮で生活をしている。しかし、僕や沙耶ちゃんのように自宅から通う生徒も少なくない。自宅から通う生徒は、家がさほど遠くない者がほとんどだが、なかには毎日二時間近くかけて学園に通う生徒もいる。僕や沙耶ちゃんの場合は前者のほうだ。
そんな僕と沙耶ちゃんは駅までスクールバスに乗っていく。そのため、部活動帰りは自然と一緒に帰るようになっていた。特別一緒に帰ろうと約束をしているわけではないが、これはかなり嬉しかった。同じ部員である特権だ。
スクールバスの停車している校門までの距離を、僕たちは並んで歩く。僕は隣を歩く沙耶ちゃんを見つめた。剣道着から制服に着替えた彼女は、もういつもの沙耶ちゃんだった。剣道をしているときの沙耶ちゃんと、普段の沙耶ちゃんと、服装のせいか雰囲気が違って見える。気構えが変わるせいもあるのだろうか。
「ん、なに?」
視線に気づいた沙耶ちゃんが、こちらに顔を向けてきた。
「あ、ごめん。なんでもないよ」
僕は慌てて視線を前へと戻した。
それにしても、こんなふうに二人で並んで歩いていると、端からはどう見えるのだろう。やはり、恋人同士のように映ったりするのだろうか。いや、まさか。それはちょっとずうずうしすぎるというものだ。でも、想像するだけなら悪くないだろうか。
自分自身の考えに僕が一人ドギマギしていると、沙耶ちゃんが話しかけてきた。
「ねえ、小太郎ちゃん。覚えてるかな? 昔、小太郎ちゃんちの近所にわたしが引っ越してきたころのこと」
先程の想像を振り払い、心を落ち着かせるためにひとつ深呼吸をしてから、僕は口を開いた。
「……ああ、うん。覚えているよ。小学校二年生くらいだったっけ。うちのクラスに転校生として来たんだよね」
沙耶ちゃんはなぜそんな話をしだしたのだろう。夕暮れに染まった学園の風景が、昔の記憶を呼び覚ましたのだろうか。
「あのころ、転校したばっかりのころのわたしはちょっと内気で、なかなかクラスに馴染めなかった。転校生という物珍しさもあって、そのうちに男子から、からかわれることも増えていったんだよね」
そんなことあっただろうか。そのころの僕は剣道を始めて一年が過ぎ、その楽しさに目覚め始めていたころだ。だからそちらに夢中で、学校のことなどあまり記憶に残ってはいない。
「下校も一人ですることが多かった。そんなとき、帰り道でいじめっこの男の子集団に出くわしちゃったんだ。いっぱいからかわれて、本当に嫌だった。囲まれて泣きそうになっていたとき、現れたの救世主が」
「救世主?」
まるで安っぽいテレビドラマのような話だ。
「竹刀を振り回して、いじめっこを撃退してくれたの」
そんなふうに竹刀を振り回してはいけない。危ないじゃないか。
「あのとき、道場に行く途中だったんだよね。小太郎ちゃん」
「え? 僕?」
まさかそれが自分のことだとは、思いもよらなかった。まるで記憶にない。
「そんなことあったっけ?」
「ええー? 忘れちゃったの。小太郎ちゃん」
「いや、えっと……うん」
どう頑張ってみても、やはり思い出せなかった。そう言われればそんなこともあったような気もしなくもない。けれど、あまり自信は持てなかった。
「もう。でも、いいよ。わたしが覚えているから。あのときの小太郎ちゃん、すごくかっこよかった。わたし、小太郎ちゃんのおかげで強くなろうって思えたんだ」
そう言う沙耶ちゃんの横顔は、夕陽で茜色に染まっていた。その瞳は遠い彼方を見つめている。
それは、本当に僕のことなのだろうか。剣道が楽しくて楽しくて仕方なかったころの自分。沙耶ちゃんが覚えている僕と、今の僕は重ならない。あのころの僕は、未熟だったけれど、心のあり方は強かった。闘志に溢れ、やる気に満ちていた。沙耶ちゃんを護れるだけの、気概があった。沙耶ちゃんの瞳には、そんなころの篠宮小太郎が映っているのだ。それは、今の僕ではない。
かっこよいと言ってもらえる資格は、今の僕にはなかった。
秋庭学園の生徒は、大半が寮で生活をしている。しかし、僕や沙耶ちゃんのように自宅から通う生徒も少なくない。自宅から通う生徒は、家がさほど遠くない者がほとんどだが、なかには毎日二時間近くかけて学園に通う生徒もいる。僕や沙耶ちゃんの場合は前者のほうだ。
そんな僕と沙耶ちゃんは駅までスクールバスに乗っていく。そのため、部活動帰りは自然と一緒に帰るようになっていた。特別一緒に帰ろうと約束をしているわけではないが、これはかなり嬉しかった。同じ部員である特権だ。
スクールバスの停車している校門までの距離を、僕たちは並んで歩く。僕は隣を歩く沙耶ちゃんを見つめた。剣道着から制服に着替えた彼女は、もういつもの沙耶ちゃんだった。剣道をしているときの沙耶ちゃんと、普段の沙耶ちゃんと、服装のせいか雰囲気が違って見える。気構えが変わるせいもあるのだろうか。
「ん、なに?」
視線に気づいた沙耶ちゃんが、こちらに顔を向けてきた。
「あ、ごめん。なんでもないよ」
僕は慌てて視線を前へと戻した。
それにしても、こんなふうに二人で並んで歩いていると、端からはどう見えるのだろう。やはり、恋人同士のように映ったりするのだろうか。いや、まさか。それはちょっとずうずうしすぎるというものだ。でも、想像するだけなら悪くないだろうか。
自分自身の考えに僕が一人ドギマギしていると、沙耶ちゃんが話しかけてきた。
「ねえ、小太郎ちゃん。覚えてるかな? 昔、小太郎ちゃんちの近所にわたしが引っ越してきたころのこと」
先程の想像を振り払い、心を落ち着かせるためにひとつ深呼吸をしてから、僕は口を開いた。
「……ああ、うん。覚えているよ。小学校二年生くらいだったっけ。うちのクラスに転校生として来たんだよね」
沙耶ちゃんはなぜそんな話をしだしたのだろう。夕暮れに染まった学園の風景が、昔の記憶を呼び覚ましたのだろうか。
「あのころ、転校したばっかりのころのわたしはちょっと内気で、なかなかクラスに馴染めなかった。転校生という物珍しさもあって、そのうちに男子から、からかわれることも増えていったんだよね」
そんなことあっただろうか。そのころの僕は剣道を始めて一年が過ぎ、その楽しさに目覚め始めていたころだ。だからそちらに夢中で、学校のことなどあまり記憶に残ってはいない。
「下校も一人ですることが多かった。そんなとき、帰り道でいじめっこの男の子集団に出くわしちゃったんだ。いっぱいからかわれて、本当に嫌だった。囲まれて泣きそうになっていたとき、現れたの救世主が」
「救世主?」
まるで安っぽいテレビドラマのような話だ。
「竹刀を振り回して、いじめっこを撃退してくれたの」
そんなふうに竹刀を振り回してはいけない。危ないじゃないか。
「あのとき、道場に行く途中だったんだよね。小太郎ちゃん」
「え? 僕?」
まさかそれが自分のことだとは、思いもよらなかった。まるで記憶にない。
「そんなことあったっけ?」
「ええー? 忘れちゃったの。小太郎ちゃん」
「いや、えっと……うん」
どう頑張ってみても、やはり思い出せなかった。そう言われればそんなこともあったような気もしなくもない。けれど、あまり自信は持てなかった。
「もう。でも、いいよ。わたしが覚えているから。あのときの小太郎ちゃん、すごくかっこよかった。わたし、小太郎ちゃんのおかげで強くなろうって思えたんだ」
そう言う沙耶ちゃんの横顔は、夕陽で茜色に染まっていた。その瞳は遠い彼方を見つめている。
それは、本当に僕のことなのだろうか。剣道が楽しくて楽しくて仕方なかったころの自分。沙耶ちゃんが覚えている僕と、今の僕は重ならない。あのころの僕は、未熟だったけれど、心のあり方は強かった。闘志に溢れ、やる気に満ちていた。沙耶ちゃんを護れるだけの、気概があった。沙耶ちゃんの瞳には、そんなころの篠宮小太郎が映っているのだ。それは、今の僕ではない。
かっこよいと言ってもらえる資格は、今の僕にはなかった。
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