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Chapter.9 衝動と静観と
5 思わぬ人物
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「あとは僕たちに任せてくれればいいよ」
突然、沙耶ちゃんたちの背後からそんな声があがった。
驚いて振り向くと、そこに現れたのは、長い黒髪を後ろに垂らした、二十代くらいの長身の男だった。その男の後ろには、黒髪を両脇でおさげにした制服姿の女生徒が、付き従うように立っていた。
男は夏だというのにもかかわらず、長袖の黒のスーツを着ていた。しかし、違和感なくそれを着こなしている。彼は颯爽と僕の前を横切ると、佐々木先輩の前にしゃがみ込んだ。
「きみは余計なことを考えなくていいんだよ。フツーの生徒はフツーに暮らしててくれれば、それでいいんだから。――さくら」
さくらと呼ばれた女生徒は、制服のスカートをひるがえしながら、スーツ姿の男の横まで歩いて近づいていった。そしておもむろに、驚きおののいている佐々木先輩の額へと右手をかざした。
佐々木先輩は次の瞬間、ふっと糸が切れたみたいにその場にくずおれた。なにが起きたのかまるでわからなかった。続いてさくらと呼ばれた女生徒は、その横で寝ている大野先輩にも同じようにした。呆然と見守る僕たちに、スーツ姿の男は振り向いて言った。
「この生徒らは、ここしばらくの記憶を失った。だから、さっき起きたことについて、きみたちが気にするようなことはなにもない。ここではなにも起きなかった。そういうことだから」
スーツ姿の男はそう言うと、それこそ何事もなかったように来た道を戻っていった。さくらと呼ばれた女生徒も、無言のままそのあとをついていく。
ふと、その男がなにかを思い出したように、僕のほうを振り向いた。僕は射すくめられたように、身動きができなかった。そんな僕に、男はゆっくりと近づき、耳元に顔を寄せてなにかをささやいていった。
僕は驚き、目を見開いた。男は不敵に笑い、今度こそ本当に去っていった。
僕たちは、ただただ呆然としばらくその場に立ち尽くしていた。なにが今起きたのか、まったく状況が理解できずにいた。ようやく言葉を発したのは、美周だった。
「……ちくしょう。いいようにもてあそばれたみたいだ」
美周が悔しそうに唇を噛みしめていた。どういうことだろう。美周はさっきの人物のことを、なにか知っているのだろうか。
「美周。今の人、知っているのか……?」
僕がそう問うと、美周は眉間に皺を寄せたまま言った。
「秋庭グループ総帥の直系の子孫であり、秋庭学園の理事長を務めている秋庭登望聡だ。そして一緒にいた女生徒は、三年G組の植野さくら」
美周の言葉は、いろんな意味で驚いた。秋庭登望聡という男は、見た目からすると、かなりの若さに思えた。それが学園の理事長。そしてなぜかそれに付き従う植野という女生徒。彼女は僕たち同様、G組に所属している。
「いったいあの人たちなにしにきたの? 先輩はどうしちゃったわけ?」
相田も混乱した様子で、そう訊ねる。
「秋庭の言ったとおり、先輩の記憶の一部を消したんだ。植野さくらは人の記憶を消し去る能力を持っている」
「まっさか」
相田は冗談めかしてそう言ったが、顔は笑っていなかった。美周の言っていることが冗談ではないということは、その表情から察しているようだ。
「……そうか。そんな力の持ち主も、この世の中にはいるんだ」
僕はそうつぶやいた。先程それを目の当たりにしたばかりだ。それに、自分たちの力のことを鑑みれば、それを否定することなどできようはずがない。
「けど、なんでここで起きていることがわかったんだろ。まるで見てきたような言い方だったよね。あの人たちが現れたのなんて、ホントついさっきだし、一部始終見てたわけじゃないのに」
相田の疑問に、美周は驚愕の言葉で答えた。
「……見てたんだよ。あいつは。一部始終を」
美周は憎々しげにそう言い捨てた。どういうことだ? どこかに隠しカメラでも仕込まれていたとでもいうのか?
美周は、そのあと少し沈黙したかと思うと、おもむろに倒れていた佐々木先輩の体を背中に担いだ。
「とりあえず、先輩たちを部屋へと連れていこう。篠宮、もう一人のほういけるか?」
「あ……ああ」
まだいろいろと美周に聞きたいことはあったが、確かに先輩たちをこのままほうっておくわけにもいかない。部屋に連れていこうとする美周の意図もわかるので、今はその言葉に従うことにした。大野先輩を背中に背負い、美周のあとに続いて歩く。
沙耶ちゃんと相田は不安そうに僕たちの様子を見守りながら、後ろを黙ってついてきていた。幸彦もおとなしくそれに続いている。どうにか合宿所までたどり着くと、僕たちの背中にいる先輩たちが気を失っていることに気づいたフロントのおばちゃんが、心配して声をかけてきた。
「大丈夫かい? 先生呼んだほうがいいんじゃないかい?」
「大丈夫です。先輩たち寝ちゃってるだけなんで」
僕が笑ってそうごまかすと、おばちゃんは「そう? ならいいけど」と一応納得してくれたようだった。
「あとは僕と篠宮で先輩たちのことは面倒見ておくから、沙耶くんたちも部屋に戻っておいてくれ」
「でも……」
沙耶ちゃんがなおもついてこようとしていたので、僕も沙耶ちゃんを制止した。
「いいよ。沙耶ちゃん。あとのことは任せて」
そう言うと、沙耶ちゃんはようやくあきらめてくれたようだった。僕と美周は先輩たちを背負ったままエレベーターに乗り込み、二階へとあがっていった。先輩たちの部屋へとたどり着くと、寝ていた先輩たち二人を、それぞれゆっくりとベッドへ寝かせた。さすがに大の男をずっと背負っていなければならなかったのは、想像以上にきつかった。
先輩たち二人は、今もなお眠ったままだ。濡れてしまった服などはどうするべきか。とりあえず、靴と靴下だけは脱がせてやり、あとのことは、先輩たちが起きてから自分でやってもらうことにした。
突然、沙耶ちゃんたちの背後からそんな声があがった。
驚いて振り向くと、そこに現れたのは、長い黒髪を後ろに垂らした、二十代くらいの長身の男だった。その男の後ろには、黒髪を両脇でおさげにした制服姿の女生徒が、付き従うように立っていた。
男は夏だというのにもかかわらず、長袖の黒のスーツを着ていた。しかし、違和感なくそれを着こなしている。彼は颯爽と僕の前を横切ると、佐々木先輩の前にしゃがみ込んだ。
「きみは余計なことを考えなくていいんだよ。フツーの生徒はフツーに暮らしててくれれば、それでいいんだから。――さくら」
さくらと呼ばれた女生徒は、制服のスカートをひるがえしながら、スーツ姿の男の横まで歩いて近づいていった。そしておもむろに、驚きおののいている佐々木先輩の額へと右手をかざした。
佐々木先輩は次の瞬間、ふっと糸が切れたみたいにその場にくずおれた。なにが起きたのかまるでわからなかった。続いてさくらと呼ばれた女生徒は、その横で寝ている大野先輩にも同じようにした。呆然と見守る僕たちに、スーツ姿の男は振り向いて言った。
「この生徒らは、ここしばらくの記憶を失った。だから、さっき起きたことについて、きみたちが気にするようなことはなにもない。ここではなにも起きなかった。そういうことだから」
スーツ姿の男はそう言うと、それこそ何事もなかったように来た道を戻っていった。さくらと呼ばれた女生徒も、無言のままそのあとをついていく。
ふと、その男がなにかを思い出したように、僕のほうを振り向いた。僕は射すくめられたように、身動きができなかった。そんな僕に、男はゆっくりと近づき、耳元に顔を寄せてなにかをささやいていった。
僕は驚き、目を見開いた。男は不敵に笑い、今度こそ本当に去っていった。
僕たちは、ただただ呆然としばらくその場に立ち尽くしていた。なにが今起きたのか、まったく状況が理解できずにいた。ようやく言葉を発したのは、美周だった。
「……ちくしょう。いいようにもてあそばれたみたいだ」
美周が悔しそうに唇を噛みしめていた。どういうことだろう。美周はさっきの人物のことを、なにか知っているのだろうか。
「美周。今の人、知っているのか……?」
僕がそう問うと、美周は眉間に皺を寄せたまま言った。
「秋庭グループ総帥の直系の子孫であり、秋庭学園の理事長を務めている秋庭登望聡だ。そして一緒にいた女生徒は、三年G組の植野さくら」
美周の言葉は、いろんな意味で驚いた。秋庭登望聡という男は、見た目からすると、かなりの若さに思えた。それが学園の理事長。そしてなぜかそれに付き従う植野という女生徒。彼女は僕たち同様、G組に所属している。
「いったいあの人たちなにしにきたの? 先輩はどうしちゃったわけ?」
相田も混乱した様子で、そう訊ねる。
「秋庭の言ったとおり、先輩の記憶の一部を消したんだ。植野さくらは人の記憶を消し去る能力を持っている」
「まっさか」
相田は冗談めかしてそう言ったが、顔は笑っていなかった。美周の言っていることが冗談ではないということは、その表情から察しているようだ。
「……そうか。そんな力の持ち主も、この世の中にはいるんだ」
僕はそうつぶやいた。先程それを目の当たりにしたばかりだ。それに、自分たちの力のことを鑑みれば、それを否定することなどできようはずがない。
「けど、なんでここで起きていることがわかったんだろ。まるで見てきたような言い方だったよね。あの人たちが現れたのなんて、ホントついさっきだし、一部始終見てたわけじゃないのに」
相田の疑問に、美周は驚愕の言葉で答えた。
「……見てたんだよ。あいつは。一部始終を」
美周は憎々しげにそう言い捨てた。どういうことだ? どこかに隠しカメラでも仕込まれていたとでもいうのか?
美周は、そのあと少し沈黙したかと思うと、おもむろに倒れていた佐々木先輩の体を背中に担いだ。
「とりあえず、先輩たちを部屋へと連れていこう。篠宮、もう一人のほういけるか?」
「あ……ああ」
まだいろいろと美周に聞きたいことはあったが、確かに先輩たちをこのままほうっておくわけにもいかない。部屋に連れていこうとする美周の意図もわかるので、今はその言葉に従うことにした。大野先輩を背中に背負い、美周のあとに続いて歩く。
沙耶ちゃんと相田は不安そうに僕たちの様子を見守りながら、後ろを黙ってついてきていた。幸彦もおとなしくそれに続いている。どうにか合宿所までたどり着くと、僕たちの背中にいる先輩たちが気を失っていることに気づいたフロントのおばちゃんが、心配して声をかけてきた。
「大丈夫かい? 先生呼んだほうがいいんじゃないかい?」
「大丈夫です。先輩たち寝ちゃってるだけなんで」
僕が笑ってそうごまかすと、おばちゃんは「そう? ならいいけど」と一応納得してくれたようだった。
「あとは僕と篠宮で先輩たちのことは面倒見ておくから、沙耶くんたちも部屋に戻っておいてくれ」
「でも……」
沙耶ちゃんがなおもついてこようとしていたので、僕も沙耶ちゃんを制止した。
「いいよ。沙耶ちゃん。あとのことは任せて」
そう言うと、沙耶ちゃんはようやくあきらめてくれたようだった。僕と美周は先輩たちを背負ったままエレベーターに乗り込み、二階へとあがっていった。先輩たちの部屋へとたどり着くと、寝ていた先輩たち二人を、それぞれゆっくりとベッドへ寝かせた。さすがに大の男をずっと背負っていなければならなかったのは、想像以上にきつかった。
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