蒼き翅の乙女

一花カナウ

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惹かれ合う魂

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 第二部 第二章 惹かれ合う魂

 目をそっと開けて見えた天井に全く見覚えがなく、キースは自分の額に手を当てる。

(ここはどこだ……?)

 記憶を遡ってみる。覚えているのはサンドラの葬式と、彼女を墓に納めたこと、そして誰だかわからぬ男たちと揉み合ったこと。それくらいしか覚えておらず、どうやってこの場所にやってきたのかの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。

「くっそ……気分が悪い……」

 上体をゆっくりと起こし、頭を小さく振る。なぜかいつもの自分とは違うような気がして、少々居心地が悪い。それは見知らぬ場所にいるせいだろうか。

「おや、どうやらお目覚めのようだね。キース君。気分はいかがかな?」

「……アルベルト?」

 声の主に目をやると、亜麻色の長めの髪、きつい印象の苔色の瞳を持った男の姿が目に入る。窓際で椅子に腰を下ろし、のんきに茶を啜っていたのはアルベルトだった。

「――って、じゃあ、ここはお前の屋敷かっ?!」

 急速に思考がすっきりとしてくる。

 辺りを見回すと、自分がいる部屋の広さにまず驚く。グレイスワーズ商店の店舗の部分ほどの広さはあるだろうか。床に敷き詰められた絨毯は毛が長くてふわふわとしている。よく見れば寝台もキースが普段寝ているものの倍はありそうだ。他の調度品も、およそ一般の家庭では見られないような立派なものばかり並んでいた。

「俺の屋敷ってわけじゃない。まだ家督を継いじゃいないし」

 面倒くさそうに答えると、アルベルトはキースの寝台のそばにやってきた。そして顔を覗く。

「顔色は良さそうだな。とりあえず、意識を取り戻してくれて何よりだ」

 本気で心配していたらしい。アルベルトはほっとした様子で告げると、寝台の空いている場所に腰を下ろした。

「世話をかけてしまったようだが、なんで僕がお前の家にいるんだ?」

「覚えていないのか?」

「なんか曖昧で……。サンドラが死んで、彼女を墓に入れたことは覚えているんだ。そのあとしばらく経った頃に、見知らぬ男たちと揉み合いになって――そうだな。そこからの記憶がない」

 見知らぬ男たち。彼らと揉み合いになった理由をそこで思い出す。

(そうだ。あの時僕は――)

 住宅街と町の中心部を隔てる林の辺り。そこでたむろしていた男たちの会話を聞いて、殴りかかってしまったのだ。なぜなら、彼らがこの近くで襲った女の話をしていたから。おそらくキースが通っているのに気づかなかったのだろう。なかなかの上玉の女だったのに、生け捕りにできなかったとか何とか言っていたのだと思う。下卑た笑いを浮かべながらそんな話をしている彼らを許せなくて、つい殴ってしまったのだ。

 キースは自分の額に手を当てて俯く。

「――君が殴った相手、彼らはサンドラ殺しの犯人だったよ。君が犯人を捕まえたようなものだ」

 アルベルトは窓の外、どこか遠くを見つめながら淡々と告げる。

「そうか。やはり犯人だったか」

 キースはそれを聞いてほっとしていた。無関係の人間を殴っていたなら笑えない冗談だ。

「彼らは負傷して動けなくなったがために取り押さえられたが、君もまた怪我をしていた。頭を打ってしまっていたらしくてさ。そのままひと月ちょっと、今まで眠ったままだったんだよ」

「ひと月も? そんなに?」

 信じられなかった。ひと月も意識を失ったままだったと言われても、それがどんなことなのか実感が湧かない。

「初めこそ怪我の治療で入院させていたが、傷も癒えたのに意識が戻らない。このまま病院に置くには金が続かないだろうってわけで、俺が引き取ったんだ」

 答えて、アルベルトはキースに顔を向けて意地悪そうな笑顔を作る。

「君、他に親戚いないだろう? 入院させていても誰かが世話をしてくれるわけじゃない。だから仕方なくな。領主の息子ってだけで、広い屋敷に住んでいるからね、部屋の都合はすぐに付けられるし」

「それは気付かなかった……悪いな」

 殴り、殴り返されたときにこうなるとはさっぱり想像していなかった自分を恥じる。腕っ節に自信があったわけでもないのにけんかなどしたら、どんなことになるのかくらい今の自分なら冷静に考えられる。キースは申し訳なさすぎてアルベルトの顔を見られない。

「気にするな。困っているときはお互い様だろ?」

「お互い様って……これまでに僕がお前を助けたことなんてあっただろうか?」

 思い返せば、助けてもらってばかりだ。サンドラの葬式だって、混乱して何も手が付けられなかったのを、様々な場所に掛け合って手配してくれたのはアルベルトだった。

「友だちとしてずっと付き合ってくれているだけで充分さ。ガキの頃から知っている奴で、こうして交流してくれるのは君だけだからな。あとの連中は嫉妬しているんだかなんだか知らんが、みんなよそよそしいし」

 彼にしては珍しい寂しげな台詞。キースは引っ掛かりを感じながらも、いつもの調子で返してやる。

「街の女を全部自分のものにしてしまうのが許せないんだろ、きっと」

「どうかね」

 キースの指摘に、アルベルトは肩をすくめる。

「そういえば、グレイスワーズ商店はどんな状態だ? ひと月以上もほったらかしになっていたんじゃ、大変なことになっているんじゃ……」

 相当ほこりが積もっていそうだ。商品は無事だろうかとキースは不安になる。

「あぁ、それなら心配ない。屋敷の連中に言って、勝手ながら整理させてもらった。時間が経って価値が落ちるようなものは特になかったんで、商品には触っていない。だが、週に一度、部屋の掃除をさせたよ。君がいつ目覚めるかわからなかったからな」

 どうしてそこまで気がつくのだろう。キースはよき友を持ったと心から感謝した。

「何もかも任せっぱなしで本当に申し訳ない」

「君が押し付けてきた仕事じゃないだろう? 詫びることなんかない。好きでやっていることだ」

「ありがとう。助かるよ、とても」

 素直すぎる感謝の台詞に慣れなかったのだろうか。アルベルトは少しだけ頬を赤らめてそっぽを向くと、自分の頬を掻いた。

「――店に戻るだろ? 送ろうか?」

「いや、自分で帰れるし……たぶん」

 寝たきりの状態がずっと続いていたと聞かされていたことを思い出す。キースは寝台を下りて立ち、身体の調子を確かめる。

(意外と動くもんだな……)

 数歩うろついてみるが、多少のもたつきはあっても歩けないほどではない。

「道、わかるか? この屋敷は初めてだろう?」

 言われてみて、キースは思い返す。よくよく考えてみると、アルベルトとは母を亡くした幼少時代からの付き合いではあるが、屋敷に入ったことは一度もなかった。

「いや、ここがどこなのか正直わからない」

「だろうな。屋敷の敷地を出るのも結構大変だぜ? 町役場までは案内してやるよ」

「あれやこれやと世話になってばかりで、お前には頭が上がらないな」

「いいってことよ」

 そして、キースはアルベルトの案内で屋敷を出て、グレイスワーズ商店に帰っていったのだった。



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