蒼き翅の乙女

一花カナウ

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惹かれ合う魂

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 アルベルトの屋敷で目覚めた翌日。想像以上に綺麗に片付けられていた自室で目が覚める。キースは生まれ育った自分の家であるのに妙な違和感を覚えていた。

(――調度品の配置も使っていたものも変わらないのに、何が違うのだろうな……)

 店内の掃除も行き届いていて清潔な状態が保たれており、それはキースが自室として使っていた部屋もそうだった。もともと整理整頓されていた部屋だ。掃除も簡単だったのかもしれないが、空気も入れ替えられて塵一つなく、記憶していたままの状態であるのを大したものだと感心してしまったほどだ。

(しかし、ここまでしてもらったんだ。何かあいつに礼をしてやらないとな……)

 きっと贈り物は断られてしまうだろう。それにあんなふらふらとした女たらしの男に見えても彼は領主の息子だ。キースが彼に見合うものを用意しようと思っても高が知れている。

(あいつは何が好きなんだろう。さすがに女の紹介はできないんだが……)

 はぁ、と小さくため息をついて紗幕を開ける。太陽が昇り始める少し前の時間。すべての建物が赤紫色に染まっている。

(何も変わってないなぁ)

 見慣れた朝の光景。この景色をサンドラと見た日のことがふと思い出される。

 部屋に連れられてきたサンドラが眠そうに目を擦っていたこと、紗幕を開けて外を見せたときの驚いた顔、朝日に照らされて輝く彼女の黄金色の髪をなでて引き寄せたこと――どれも美しすぎる思い出だ。

(何度もそんな朝を迎えるはずだったのに……)

 そんなことを懐かしく思いながら、キースは部屋を出て階段を下る。いつものように台所で水を飲み、店舗部分を抜けて通りに出た。まだ人の気配はない。

(やっぱり朝はこの時間が最高だな。――さて、仕事するかな……?)

 大きく伸びをし、通りの清掃に取り掛かろうとして、視界に奇妙なものが入った。グレイスワーズ商店の壁に沿うように倒れている人影がある。うつ伏せになっていて、顔はわからない。黄金色に輝く波打つ髪は腰よりも長く、そのたっぷりとした髪は背中を覆っている。靴を履いていないようで、小さな足の裏が空を向いていた。

(女の子?)

 サンドラの髪と似ているな、そんなことを思いながらキースは倒れている人物に近付いて助け起こす。そこでぎょっとした。

(……って、なんで素っ裸?!)

 綺麗な小麦色の肌がまぶしい。倒れていたのは若い少女だった。キースは慌てて辺りを見回すと、少女を店の中に運ぶ。そして再び外に出た。

 心臓が今までにない勢いでどくどくと脈を打っている。

(お……落ち着け、キース)

 深呼吸を試みるがうまくいかない。途中でむせて、彼は小さく頭を横に振る。

(サンドラ……か? サンドラのプシュケなのか……?)

 冷静さを取り戻しつつあった頭で懸命に考える。

 健康的な小麦色の肌はとても滑らかで、どこにも傷はない。一度着替えをうっかり覗いてしまったことがあって、彼女の背に無数の傷――仕事で失敗して鞭で叩かれた痕が残ってしまったのだと言っていた――があるのを知っていたが、とっさに店に入れてしまった少女にはそれがなかった。

(つーか、僕が知っているサンドラはもっと大人の女性なんだが……)

 人違いの可能性も考慮して、彼女が倒れていたあたりを確認する。しかし、彼女の持ち物らしきものは何一つなかった。

 キースは店に置き去りにしていた少女の元に戻り、彼女の顔を見る。彼の知るサンドラを幼くしたような顔だ。出会った頃の彼女よりも、亡くなる直前の彼女をそのまま若くしたような雰囲気だ。

(彼女が子どもだった頃はこんな感じだったのかな……?)

 あまり身体をじろじろ見るわけにもいかないが、それでも一つだけ確認した。足の裏だ。

(土はついていないようだな。となると、少なくとも歩いてここまでやってきたわけではないということか)

 プシュケがどうやって現れるのかは知らない。死者が会いたいと思った人間の元に現れる、そう聞いたことがあるだけだ。

(とにかく、あのまま放置しているわけにもいかないもんな。気がついたら話を聞いてみるか)

 キースは少女を抱えた。柔らかな感触と温もりが伝わる。意外と重かった。

(部屋はサンドラが使っていたところで良いかな)

 そういえば、と帰ってからまだサンドラの部屋を見ていなかったことに気付く。どんな状態になっているのか検討がつかない。少女を抱えたまま、キースは自分の部屋の隣にある扉を開ける。

(こんな部屋だったっけ……?)

 紗幕の間を漏れた朝陽が筋を作っている。茜色で統一された調度品の数々に目を向けながら、寝台に少女を寝かせて敷布をかけてやる。

(空気の入れ替えもちゃんとしてある。いろいろ気がつく奴だな、アルベルトは)

 そして、廊下に出ようとしたときにあるものが目に入った。思わず足を止めて見入る。

(蒼き翅の乙女……なんでここに……?)

 それはサンドラが最期に作った綴れ織壁掛けだった。亡くなった彼女のそばに落ちていたもので、工房で働いていた娘たちからその壁掛けをキースの誕生日の贈り物として作っていたのだと聞いていた。

(アルベルトが貼ってくれたのか? しかしどうして……)

 彼女を失ってから見る気が起きず、どこかにしまってしまったはずだったそれがサンドラの部屋にあるのが不思議で仕方がない。なぜこの部屋なのか、それが一番気になった。

 キースは眠る少女の横顔をちらりと見る。この綴れ織壁掛けを見たら、彼女は何を思うだろうか。

(とりあえず、彼女が目覚めるまでそっとしておくか……)

 いろいろと気になることはあったが、キース自身もひと月の眠りから目覚めたばかりで状況を把握しきれていない。少し考えを整理しよう、そう決めて部屋の扉を閉めた。



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