蒼き翅の乙女

一花カナウ

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惹かれ合う魂

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 少女を保護してからどのくらいが経ったのだろうか。半月よりも少し膨らみを増した白い月が昇り始めた頃、キースは町役場前の広場にいた。

「おや、キース君。ずいぶんと姿を見なかったが元気にしていたかね?」

 楽器を弾いていた手を止めて、アルベルトはからかいを含んだ笑顔を向ける。

「僕は元気だが、厄介なことになった」

「ん? 厄介なことでここに久しく顔を出していなかったということか。どうしたんだ?」

 キースはアルベルトの前に行くと頭を抱えた。

「お前の屋敷から戻った翌日、記憶喪失の少女を保護した」

「君、サンドラはどうした? 一途でひたむきな君の愛に対する俺の感動を返して欲しいものだ」

「いや、誤解するな。彼女はサンドラだ」

「んん?」

 キースの説明がわからなかったらしい。アルベルトは怪訝な顔をする。

「どこから話をすればわかってもらえるかわからないんだが――」

「立っていないで、隣に座れよ」

「あぁ」

 楽器を立てかけると、自分の横をぽんぽんと叩いて招く。キースは言われたとおりに腰を下ろした。

「で?」

 促すアルベルトに、キースは話を続ける。

「朝、外で気を失っていた少女を拾ったんだ。僕が知るサンドラよりは幼い外見だったが、黄金色の髪も胡桃色の瞳にも見覚えがある。で、何があったのかを訊ねてみたが記憶喪失だと言う。自分の名前さえ思い出せない有様だ。プシュケのことも知らないし、蒼き翅の乙女のことも覚えていないらしい」

「うむ。だが、それならばその少女がサンドラかどうかなんてわからないじゃないか。まぁ、伝承をまとめた文献によれば、プシュケが死ぬ直前の姿をしているとは限らないらしいが」

 他人の空似という言葉もある。アルベルトの指摘に、しかしキースは首を横に振る。

「いーや、間違いない。彼女はサンドラだ」

「やけに自信満々だな。自分だけが知るあそこにほくろがあるとかないとか、そういう話か?」

「むしろ、彼女の背中に傷はなかったが――って、そうじゃない」

「時々君たちの関係を疑いたくなるよ、俺は」

 呆れた顔で言うアルベルトに対し、キースは顔を赤くして咳払いをする。

「――彼女が店の手伝いをしたいというのでやらせてみたんだが、これがまぁ酷い。掃除をさせてみたら桶はひっくり返すし、商品は落とすし破くし汚すしで大損害だ。あの芸術的とさえいえる破壊活動を忘れるはずがない。あれは絶対にサンドラだ」

 出会った最初の頃のことを思い出しながら、キースは力説する。彼女以外にそんな真似が出来る人間はいないと、妙な確信を得ていた。

「残念すぎるほど素敵な決め付けだな、おい。――しかし、そんな彼女を店に置き去りにしたままで大丈夫なのか?」

「それでも少しはまともに動けるようになったさ。店番させるにはまだまだだが、家の留守を任せる程度には慣れたもんだ」

 言って肩をすくめる。

「――で、領主の息子として町の伝承のすべてを記憶させられているお前に聞いておきたいことがある」

「記憶というより全部歌えるようにしなきゃならんのだが、一体なんだ?」

 ため息混じりに問い返すと、キースはアルベルトの苔色の目を真っ直ぐに見つめた。

「何故サンドラは僕に出会った頃ではなく、もっと昔の幼い姿をしているんだ?」

「本人の自由だろ? さっきも言ったかと思うが、プシュケとして戻ってくる姿に決まりはない。相手にすぐわかってもらえるように死ぬ直前の背格好で現れることは確かに多いが、若かったりあえて年老いて現れたり、性別関係なく現れるものもいると聞くがな」

 説明を受けて、キースはふむと唸ると続ける。

「じゃあ、なんで記憶がない? 僕に逢いに来たのなら、せめて僕と出会った頃の記憶くらい残っていてもいいような気がするんだが」

「さぁ……それも本人の都合だろ? 君との思い出がどんなに幸せなものだったとしても、そのほかの記憶がつらかったら思い出したくないだろうよ。とりわけ、自分が死に至ったときの記憶はな」

 言われて、キースの表情がこわばる。アルベルトはそんな彼の表情を見ながら続ける。

「想像するに、彼女は君に会いたいと願った。でも、傷だらけで汚された姿では会いたくない、もちろんその傷を負うことになった記憶も忘れてしまいたい。――だから、自分が最も美しいと思えたときの姿で君の前に現れた、そういうことじゃないか? 君なら、ちゃんとわかってくれる、そう信じてさ」

「どうかな……」

 不安そうな顔をして、キースは再び頭を抱える。

「何で君はいつもそんなに自信なさげにする? 彼女の一番の理解者は君だろうが、キース」

「だが、僕は……」

「彼女をちゃんと愛してやっているのだろう? 笑顔で別れるためにも、悔いのないようにたっぷり愛してやれよ」

「そうだな」

 アルベルトの応援の言葉を受けて、キースは立ち上がる。悲しげな笑顔を浮かべて。

「家に帰って美味しい食事を用意してやらないと。食事しているときの彼女、すっごく幸せそうに笑うんだ」

「へいへい。君の特殊な趣味とのろけ話は聞き飽きた。さっさと彼女の元に帰れ」

 うるさそうに告げて、アルベルトは追い払うように手を振る。キースはそんな友人のいつもの態度に安堵して、サンドラの待つグレイスワーズ商店に向けて歩き出した。



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