蒼き翅の乙女

一花カナウ

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惹かれ合う魂

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 新月の夜が明ける。今日はサンドラの月命日だ。

 朝目覚めてその事実に気付いたキースは、暦を見て頭を抱えた。

(うっかりしていたな……こんな日に発注してしまうだなんて)

 プシュケとなって現れたサンドラとの生活で浮かれていたのだろう。彼女のプシュケがそばにいるとはいえ、月命日くらい墓参りには行くべきだ。ましてや、怪我を負ってひと月も眠っていたのである。墓参りついでにきちんと掃除をしておくべきだ。

(僕が行かなきゃ、誰も面倒見ていないだろうし……彼女に任せても大丈夫だろうか)

 キースは彼女の墓参りのために彼女に仕事を任せるという状況に奇妙さを感じながら、朝食のときにそれとなく頼んでみることに決めたのだった。




 ――店番、任せてください。あなたからちゃんとお仕事は学んだつもりです。どうぞ心配せずゆっくりしてきてください。

 サンドラに送り出されたキースであったが不安に思う。朝の様子ではいつもよりも調子が悪そうだった。彼女は夜更かしをしたせいだと言っていたが、それでも様子がおかしい。なにより、食事をきれいに平らげる彼女が皿に残していたのが気にかかる。昼食もやはり残していた。

(できるだけ早く帰ってやらないと)

 太陽が高い位置にある。丘から下りてきたキースは、海辺に近い墓場にたどり着いた。白っぽい石で作られた墓石が規則正しく無数に並ぶ。人の姿は全くなく、波の音だけが静かに響いていた。

(――やっぱり夢じゃないのだな)

 サンドラのために作った真新しい墓。彼女の名前が刻まれたそれは、綺麗なままだった。花が添えられていて、まだ新しい。

(誰か来たのか)

 工房の知人だろうか。キースは自分が持ってきた花を添える。

(僕と違って、彼女は交友関係が意外と広かったのかもな。町でも大きな工房で働く技術を持った機織り娘だったわけだし)

 想像以上にきれいに手入れがされていた。キースは彼女の墓石を撫でながらふと思う。

(自分の両親の墓参りもしないとまずいよな。放置しっぱなしになっているんじゃ……)

 恋人の墓参りには足繁く通っていたが、よくよく考えてみれば両親の墓も手入れをすべきだと気付く。

(場所、覚えているかな……)

 父が死んでからはグレイスワーズ商店の仕事を引き継ぎ、それで手一杯になっていたのでほとんど行ってはいなかった。場所を覚えているか不安になりながら、キースは様子を見るだけ見ておこうと墓地を歩く。

(この辺だったか……)

 サンドラの眠るあたりからそう離れていない場所を歩いていてキースは真新しい墓石に気がついた。鮮やかな花が添えられている。

(誰か亡くなったのか?)

 この町は商業で栄えてはいるがそれほど大きな規模の町ではない。誰が亡くなったかを耳にする機会は町役場を出入するキースには多く、商人らしく様々な噂も仕入れているので把握しやすい立場にある。だが、キースはそれに思い当たらなかった。

 不思議に感じて、墓に刻まれた名前に視線を移す。

「……え」

 にわかに信じられなかった。手が震え、唇が震えた。

(どういうことだよ、アルベルト……)

 キースの足は町役場へと向かう。この時間ならアルベルトは町の民謡を伝えるために噴水前にいるはずだ。

(教えてくれ。なんでお前はあんな嘘を――)

 いつの間にか、その足は駆け出していた。



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