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プシュケの歌
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町役場前の広場に響いていた歌が終わると、小さな拍手が起きた。弾き語っていた青年は瞳を開け、その拍手の主に目を向ける。一人の童顔の少女が涙を流しながら手を叩いていた。
「その物語は創作ですか?」
「いや。数年前に本当にあった話だ」
「切ない物語ですね」
「あぁ。――しかし、彼らはそれでも幸せだったんだ。だから俺は哀しむのをやめた」
「そうなんですか? 涙、出ていますけど……」
指摘されて、青年は目を擦る。確かに濡れていた。
「汗だよ、汗。変なこと言うな」
「――その方たちのこと、とても愛していらっしゃったのですね」
「贔屓しちゃいけない身分なんだけどな……それは否定できない」
青年の言葉の意味がわからなかったらしい。少女は首をかしげる。
「――君、この町の人じゃないのか」
「はい。今日からこの町で働くことになったんです。あの丘の中腹にある雑貨店で」
茜色の屋根と白い壁の建物が山頂に固まる丘を指して微笑む。
「そうか……」
何か思うところがあったのだろう。示された場所を見て青年は表情を曇らせる。
そんな彼を遠くから誰かが呼んでいるらしい。怒鳴るような声が割り込んできた。
「またそんなところで歌っていたんですかっあなた様はっ! もう家督を継いだんですから、しっかりしていただかないとっ! 自覚して下さいませっ!」
「へいへい。うるさくて敵わんな……」
迷惑そうに耳の穴をほじり、声を掛けてきた青年を確認して苦笑する。そして彼は少女に目を向けてやんわりと笑んだ。
「ここは良い町だ。死んでもなお、帰ってきたくなるプシュケの町。君が気に入ってくれることを祈るよ」
青年は楽器を手に町役場の建物に向かう。
茜色の建物の上を、二匹の青い蝶がひらひらと舞っていた。
《了》
「その物語は創作ですか?」
「いや。数年前に本当にあった話だ」
「切ない物語ですね」
「あぁ。――しかし、彼らはそれでも幸せだったんだ。だから俺は哀しむのをやめた」
「そうなんですか? 涙、出ていますけど……」
指摘されて、青年は目を擦る。確かに濡れていた。
「汗だよ、汗。変なこと言うな」
「――その方たちのこと、とても愛していらっしゃったのですね」
「贔屓しちゃいけない身分なんだけどな……それは否定できない」
青年の言葉の意味がわからなかったらしい。少女は首をかしげる。
「――君、この町の人じゃないのか」
「はい。今日からこの町で働くことになったんです。あの丘の中腹にある雑貨店で」
茜色の屋根と白い壁の建物が山頂に固まる丘を指して微笑む。
「そうか……」
何か思うところがあったのだろう。示された場所を見て青年は表情を曇らせる。
そんな彼を遠くから誰かが呼んでいるらしい。怒鳴るような声が割り込んできた。
「またそんなところで歌っていたんですかっあなた様はっ! もう家督を継いだんですから、しっかりしていただかないとっ! 自覚して下さいませっ!」
「へいへい。うるさくて敵わんな……」
迷惑そうに耳の穴をほじり、声を掛けてきた青年を確認して苦笑する。そして彼は少女に目を向けてやんわりと笑んだ。
「ここは良い町だ。死んでもなお、帰ってきたくなるプシュケの町。君が気に入ってくれることを祈るよ」
青年は楽器を手に町役場の建物に向かう。
茜色の建物の上を、二匹の青い蝶がひらひらと舞っていた。
《了》
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素敵なお話でした!
特にキースとアルベルトの友情がとても良かったというか、好みです///
タグにコメディとあるけれど、純愛の方が良いような……しっとりした物語でした。
感想をありがとうございます!
キースとアルベルトの友情は私も好きな関係性の1つです♪
タグに《純愛》……なるほど。
タグ付けに失敗すると盛大なネタバレになりそうで、いまだにうーんと唸っています……。