観賞少年

一花カナウ

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Lost Child

《3》

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 その少年は何も喋らなかった。
 耳が聞こえないということはなさそうだが、言葉が通じないということは有り得そうだった。でも多分……あの痣のことを思うと、後者が原因ということではなくて、たんにショックで一時的に声を失っているだけだろうと判断した。
 あれから少し時間が経つと、俺の声に幾分かよい反応を示すようになった。それでも一切言葉を発するようなことはなかったし、暖かい食事を用意してやっても全く口にした形跡はなかった。

 気になったのは少年の言動だけではない。
 少年の側に落ちていた荷物……それも妙なものだった。だいぶ使い込まれてぼろぼろになったナップサックの中には、銃筒の短い小型のモデルガンが一丁(俺は銃器に詳しいわけではないので、何と言う名前のものかは分からなかったが)、その弾と見られる銃弾が数発、小型のナイフ(これは果物ナイフだろう)、そこそこ長いロープ、ほか得体の知れない薬品のようなもの、……エトセトラ。
 こんな訳の分からないものは持っていながら、肝心のお金や身分証明書(今の世では人間であれば必ずといってよいほど携帯している)は持ち合わせていなかった。

 何をしていたのだろうかと首を傾げずにはいられない奇妙な品々である。俺が不審がったのはいうまでもない。

「何者だ……あのコ……」

 部屋から出てきたのはトイレのときぐらいであろう。
 それ以外はリビングに直結する位置にある俺の寝室に閉じこもったまま物思いに耽っている様子だった。

「そういう言い方してないで、優しくしてあげなさいよ。連れてきたのはあなたなのよ」

 俺の呟きを聞いていたのだろう、彼女は温かい紅茶をいれたカップを運びながら注意する。

「うーん……それはそうと、お前、学校は? あんまりサボると単位取れなくなるだろう?」
「今日は大丈夫。余裕あるやつだから」

 言って、俺のとなりに腰を下ろす。無言で紅茶を一口啜り、耳を澄ます。
 昨日よりも強くなっていそうな雨と風に嫌気がさす。記録的な暴風雨と気象予報士が形容していたなどと思い出す。

「……電車止まっているんだって。地下鉄とかいくつか。だから学校は休み。さっきメッセージが来てた」

 俺の心を読んだのか、絶妙なタイミングで彼女は呟く。
 ハルは俺の反応を待っていたようだったが、しびれを切らして甘えるように俺に寄りかかる。

「もう一晩泊めてもらうかも」
「あのコが心配なんだな」
「あなたが手を出しかねないからね」
「ばっかじゃねーかっ!」

 俺が顔を真っ赤にして間を開けずに怒鳴ると、彼女は明るい声でけらけらと笑った。

「考えていたより面白い反応ね」
「そういう下品なこと言うなよ」
「だってあたしに手を出したことないしー。男が趣味じゃないかなーって」
「くっだらねーこと考えてんなよ」

 ったく、むせるところだったぞ。

 そんな俺に構うこともなく、彼女は笑うのを止めて静かに外の物音に耳を傾ける。
 室内に響くのは激しい雨音ばかりとなった。

「……あのコ、お前の前でも怯えたような目をしているのか?」
「そうねえ、不思議そうな顔をしてみつめてくるわよ。兄妹じゃないだろうし、みたいなこと思っているんじゃないの」
「ふぅん……」

 なんであんなところで倒れていたんだか……。

 俺は昨日のことを思い返した。

 あの台風顔負けの暴風雨の中、なぜあの少年は歩道のド真ん中で倒れていたのか。
 着衣に目立った乱れはなかったし、外傷もなかった様子から、何者かに襲われたというような可能性は除外される。とはいえ、あの不審な荷物の中身といい、普通とは違う何かを感じずにはいられなかった。
 もとより、この荷物は少年のものであったのだろうか。それもなかなか怪しいところである。
 ここまでやってきてしまったからにはなんらかの対応をせねばなるまい。

「やっぱさ……警察に保護してもらう? 何かの犯罪に巻き込まれていたらヤバイし……」
「うーん……」

 俺の提案に彼女は顔を曇らせたが、仕方がないとうなずいた。

「それが最善策かもね」
「じゃあ……」

 俺は自分の携帯電話を探して立ち上がった。
 この家に固定電話はない。仕事の都合上携帯一つにしたのだ。カウンター(キッチンと対面式のやつなのでそれにくっついている)の上に無造作に置かれたままとなっているのを見つけると、俺はそれを手に取った。番号を入力し――。

「いっ……」

 いつの間に部屋から出てきたのだろう。少年の白く細い手が俺の腕を強く握り締めている。どこからそんな力が出てくるのだろうかというぐらいきつく……。
 余りの痛みのせいで携帯電話が手の中から滑り落ちる。それを少年は床につくすんでのところで拾ってみせた。

 俺の腕を握っていたほうの手で。

「…………」

 人間のなせる技じゃない。
 俺が目を見開いていると、少年が顔を上げて言った。

「ごめんなさい……ボクがいたっていうことは誰にも教えないで。それと……もう出て行くから」

 ぽかんとしていた俺の手にしっかりと携帯電話を握らせると、くるりと向きを変えて部屋を飛び出していった。

「あっおいっ!」

 我にかえった俺はすでに遠くにいってしまった少年を追って玄関に向かう。
 そこでドアが勢いよく開いた。開けたのではない、開いたのである。

「!?」

 ドアの奥に見えるのは四、五人の黒服の男達。どこかのシークレットサービスのような、体格のがっちりとした奴等がこちらを向いて構えていた。

「ここに女のような顔をした少年がいただろう」

 一人の、一番手前にいた口髭を蓄えた大男が言った。

「いないよ。こっちはちょっと取り込み中なんでまたにしてくれませんか?」

 通せん坊でもするかのように突っ立っている男達に向かって言う。
 決して俺は背が低いほうではなかったが(日本人男性の平均身長よりかは幾分か高い)、その男達はその俺よりもずっと大きく、大きな黒い壁のように見えた。

「あの、どいてくれません?」

 俺の言う事が分からないのだろうか。早く追わないとあの少年の行方が分からなくなってしまう。
 俺が少し苛立っているのを知ってか知らずか、奥のほうの男二人がひそひそ話をしている。話しかけてきた男が目配せをするとその二人はこちらを向いてこくりと一度首を縦に振った。

 来る……!

 何かピンとくるものがあった。なんだか知らんが、俺はすでに厄介ごとに巻き込まれていたらしい。
 先頭の男が靴も脱がずに室内に踏み込む。後に続くかのように残りの男達も中に入ろうとする。

「ちょっちょっと! 住居不法侵入で訴えますよっ!」

 俺を押し退け入ってくる連中に怒鳴って言うと、後方にいた二人のうちの一人が俺の前であるものをちらつかせた。

「黙っていてもらおうか」

 ……拳銃、ですか。

 密かに心の中でため息をつく。

 ったく、そんなんじゃびびらねーってぇの。

 俺はにっと余裕の笑みを浮かべた。余裕をかますというか、相手のばかばかしさに笑いを堪え切れなかったっていうのが正しい。
 案の定、男は逆上した。引き金を引くが……。

 ……おせーよ、マヌケ。

 軽く身をひねって銃をはたき落とし、左手で構えた自分の改造モデルガンを男の腹部にあてて発砲する。
 音もなく男はよろけると、壁に額をぶつけて失神した。その様子に気付いた一人、背がやたら高い細身の男が拳銃を懐から取り出して構える。

「正当防衛だから」

 にっこり笑むと、左手のモデルガンを右手に持ち直す。照準をその長身の男の頭に向け、迷わずトリガーを引いた。
 男はそのまま気を失い前のめりに倒れる。
 その間、三秒ほど。
 リビングに行かせる前に二人は倒した。

「さて……」

 つかつかと奥の部屋に引き返す。彼女の戸惑う声が聞こえる。

「まったく、めんどーくせーなぁ……」

 呟いて、俺はモデルガンをスラックスのウエストに挟んで上着で隠す。これを見せると厄介だ。俺の愛用の商売道具だし。

 俺はリビングにきたところで仁王立ちになり、大きく息を吸った。

「てめーら、人様の家に無断で、しかも土足で入ってくるったぁいい度胸しているじゃないか。ここは日本、土足は厳禁だぜ」

 残り四人の視線が俺に集まった。

 ……よし、かかったな。警察とかそういった類いの人間でなければ何をしても許されるであろう。俺のモデルガンに殺傷能力は皆無だし。

 俺は一分以内に中に入ってきた連中をあっさりと倒した。図体だけじゃ俺には勝てないってーの。

「後は任せたぞ」

 彼女に言うと、にっこりと笑ってひらひらと手を振り、見送ってくれた。

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