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Lost Child
《4》
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風はだんだんとおさまりつつあった。
それでも雨は頬を叩きつける。少年は空を見上げたまま佇んでいた。
(ボクがいると誰かが傷つくから……甘えちゃいけないんだ)
そっと瞳を聞じる。雨は冷たく心地好い。
(親だと信じていた人達とは血のつながりはなかった。だからかどうかは知らないけど、自分の中の秘めた力を見た瞬間、ボクを化け物と罵り、施設へと追い出した。その頃だっけ、左肩の痣が濃く浮かび上がってきたのは。その後、ボクは喧嘩をしたとき、うっかりその力で人を傷つけてしまった。多分その子は今まともな姿はしていないだろう。生きていればの話だが。
ボクはすぐ、余りにも自分の存在が恐ろしくて無我夢中で逃げ出していた。あの日も雨だった。――水も滴るいい男、なんてね……)
ふっと笑う。どうしてこうも雨に好かれるのだろうかなあと思いながら。
(あーあ、道具置いてきちゃったよ。もう少し考えておくべきだった。どうしようかなぁ、これから。いまさら戻れないし……)
公園のグラウンドの真ん中で、ぼんやりと天を仰いでいた。煙るような雨で視界がうっすらと霞んでいる。どうせこんな雨じゃ誰も来ない。独りでいたかった。
(生まれたときから独りだったんだ。きっとこれからもあの輪の中には入れてもらえない。もうそんなの慣れっこのはずなのに……苦しい……)
肩まで伸びる髪が水を含んで重たくなっている。同様に服も芯まで濡れてしまった。せっかく乾かしてもらったっていうのに悪いなと思う。
(もしかすると雨に濡れるのが好きなのかもしれない)
逃げているばかりじゃなんの意味も持たないことを知っている。いい加減どうにかしなくてはと思いつつも、楽なほうへと流されてしまう。そういうものなのだから仕方あるまい。
自分が、どうすべきかなんて実は心得ているんじゃないのか?
(どのくらい雨にうたれれば風邪ひくかなあ……このまま高熱でも出して死んでしまいたいよ。でも、思っているより丈夫にできているんだよなあ)
涙がふいに少年の頬を伝った。
冷たい雨に暖かな温もりを持った液体が混じる。やがてそれらはお互いの熱を吸収し、大地へと吸い込まれていく。
(苦しいよ、本当は)
強がっていたいだけ。そうなんだよ、きっと。
自分を呼ばれた気がした。
こんな雨の中、誰が外をうろついているのだろう。幻聴だと言い聞かせるよりも先に、声がしたと思われるほうに目を向ける。
透明のレインコートを着た、さっき自分を匿ってくれた青年が走ってこちらに向かってきている。少年は反射的に逃げようとしたが、逃げ切る前につかまれた。
「そんなに濡れて……帰るぞ」
「触るなっ!」
青年の手を払いのけると同時に突風が彼をはじき飛ばした。
少年は肩で荒く息をしている。
「お願い……構わないで。傷つけたくないから……」
青年は風を身軽にかわして体勢を整える。
「心配するな。俺はそんなやわじゃない」
「いいからほっといてよ!」
「ほっとけるか! 俺とお前は同類なんだ」
少年に分かるように自分の肩を指し示して言う。
「何のことだよ。ボクに構わないでよっ!」
少年の意思とは無関係に、感情の昂ぶるままに見えない力が暴走を始めていた。その証拠に、今まで少年を濡らしていた雨がその力のせいではじかれている。
「落ち着け、話を聞くんだ」
「いやだっ!」
少年が叫ぶ。体が小刻みに震えだし、それを押さえようと必死に両肩を抱く。震えが止まらない。コントロールできない力に理性が飲み込まれていきそうだった。
「うぅぅ……」
「おいっ」
青年が駆け寄り触れようとするが、ばちっとはじかれる。
青年は心に拒否されていると悟って、しばし策を練るが、やがて喋り出した。
「……俺はある研究機関で作られた人工生命体だ。人の姿をしているが、それは見た目だけ。内部は基本的に人間と異なる。お前と同じように特殊能力を持ち、人間ではないことを恐れながら育った。いつ暴走するか知れない自身の能力にもおびえて……」
少年の回りにうごめいていた燃えるように熱いエネルギーが少しやわらいだように見えた。
もう少しだ、青年はさらに続ける。
「でも、今はその心配が減った。この特殊能力も使い方次第では人を傷つけないものに変換できるようになるんだ。俺ならきっと、お前のその力の浄化の手助けができる」
青年が手を差し出すが、少年はその手を払いのけ、きっと睨み付ける。
「そんなことがあるもんかっ!」
青年は咄嵯に大きく後方に飛び退いた。
刹那、少年の周囲に溜まっていた水がざざざっという音を立てて蒸発する。
「頑固なボウヤだこと……」
青年はその力の勢いに驚きながらも、冷静に対処を考える。自分が同じような状態にあったとき、どうしてくれたかを思い出しながら。
それでも雨は頬を叩きつける。少年は空を見上げたまま佇んでいた。
(ボクがいると誰かが傷つくから……甘えちゃいけないんだ)
そっと瞳を聞じる。雨は冷たく心地好い。
(親だと信じていた人達とは血のつながりはなかった。だからかどうかは知らないけど、自分の中の秘めた力を見た瞬間、ボクを化け物と罵り、施設へと追い出した。その頃だっけ、左肩の痣が濃く浮かび上がってきたのは。その後、ボクは喧嘩をしたとき、うっかりその力で人を傷つけてしまった。多分その子は今まともな姿はしていないだろう。生きていればの話だが。
ボクはすぐ、余りにも自分の存在が恐ろしくて無我夢中で逃げ出していた。あの日も雨だった。――水も滴るいい男、なんてね……)
ふっと笑う。どうしてこうも雨に好かれるのだろうかなあと思いながら。
(あーあ、道具置いてきちゃったよ。もう少し考えておくべきだった。どうしようかなぁ、これから。いまさら戻れないし……)
公園のグラウンドの真ん中で、ぼんやりと天を仰いでいた。煙るような雨で視界がうっすらと霞んでいる。どうせこんな雨じゃ誰も来ない。独りでいたかった。
(生まれたときから独りだったんだ。きっとこれからもあの輪の中には入れてもらえない。もうそんなの慣れっこのはずなのに……苦しい……)
肩まで伸びる髪が水を含んで重たくなっている。同様に服も芯まで濡れてしまった。せっかく乾かしてもらったっていうのに悪いなと思う。
(もしかすると雨に濡れるのが好きなのかもしれない)
逃げているばかりじゃなんの意味も持たないことを知っている。いい加減どうにかしなくてはと思いつつも、楽なほうへと流されてしまう。そういうものなのだから仕方あるまい。
自分が、どうすべきかなんて実は心得ているんじゃないのか?
(どのくらい雨にうたれれば風邪ひくかなあ……このまま高熱でも出して死んでしまいたいよ。でも、思っているより丈夫にできているんだよなあ)
涙がふいに少年の頬を伝った。
冷たい雨に暖かな温もりを持った液体が混じる。やがてそれらはお互いの熱を吸収し、大地へと吸い込まれていく。
(苦しいよ、本当は)
強がっていたいだけ。そうなんだよ、きっと。
自分を呼ばれた気がした。
こんな雨の中、誰が外をうろついているのだろう。幻聴だと言い聞かせるよりも先に、声がしたと思われるほうに目を向ける。
透明のレインコートを着た、さっき自分を匿ってくれた青年が走ってこちらに向かってきている。少年は反射的に逃げようとしたが、逃げ切る前につかまれた。
「そんなに濡れて……帰るぞ」
「触るなっ!」
青年の手を払いのけると同時に突風が彼をはじき飛ばした。
少年は肩で荒く息をしている。
「お願い……構わないで。傷つけたくないから……」
青年は風を身軽にかわして体勢を整える。
「心配するな。俺はそんなやわじゃない」
「いいからほっといてよ!」
「ほっとけるか! 俺とお前は同類なんだ」
少年に分かるように自分の肩を指し示して言う。
「何のことだよ。ボクに構わないでよっ!」
少年の意思とは無関係に、感情の昂ぶるままに見えない力が暴走を始めていた。その証拠に、今まで少年を濡らしていた雨がその力のせいではじかれている。
「落ち着け、話を聞くんだ」
「いやだっ!」
少年が叫ぶ。体が小刻みに震えだし、それを押さえようと必死に両肩を抱く。震えが止まらない。コントロールできない力に理性が飲み込まれていきそうだった。
「うぅぅ……」
「おいっ」
青年が駆け寄り触れようとするが、ばちっとはじかれる。
青年は心に拒否されていると悟って、しばし策を練るが、やがて喋り出した。
「……俺はある研究機関で作られた人工生命体だ。人の姿をしているが、それは見た目だけ。内部は基本的に人間と異なる。お前と同じように特殊能力を持ち、人間ではないことを恐れながら育った。いつ暴走するか知れない自身の能力にもおびえて……」
少年の回りにうごめいていた燃えるように熱いエネルギーが少しやわらいだように見えた。
もう少しだ、青年はさらに続ける。
「でも、今はその心配が減った。この特殊能力も使い方次第では人を傷つけないものに変換できるようになるんだ。俺ならきっと、お前のその力の浄化の手助けができる」
青年が手を差し出すが、少年はその手を払いのけ、きっと睨み付ける。
「そんなことがあるもんかっ!」
青年は咄嵯に大きく後方に飛び退いた。
刹那、少年の周囲に溜まっていた水がざざざっという音を立てて蒸発する。
「頑固なボウヤだこと……」
青年はその力の勢いに驚きながらも、冷静に対処を考える。自分が同じような状態にあったとき、どうしてくれたかを思い出しながら。
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