観賞少年

一花カナウ

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Lost Child

《5》

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 俺だってこの少年の年頃の時は大変な思いをした。
 人間でいう思春期に当たるこの時期は精神が非常に不安定で、ちょっとの事で自分の意思とは無関係に力が発動してしまうことがよくあった。

 『観賞少年』にしては珍しく、その当時は真面目に『人間』として中学に通っていた俺は、力の暴発を恐れて今までの無遅刻無欠席の記録にピリオドを打ち、独りきりで部屋の中でうずくまり長期間欠席をしたことがあった。尋ねてくる数少ない友人にも面会を拒絶。良く世話をしてくれた施設の職員の人達とも離れて生活をした。

 こうでもしないと殺してしまうのだと、俺はこのままならない力を理解していたから。

 俺は幼いころ一度だけ、この力で犬を殺した経験がある。遊びに夢中で遠くにきてしまい、迷子になったときのことだ。
 タ暮れの河川敷、季節は夏。高い草が生い茂る場所に迷い込み、そこで大きな野犬に遭遇した。
 犬にじっと見つめられる。喉を鳴らし、今にも飛び掛かってきそうな剣幕。
 相手に一度吠えられて、恐ろしさのあまり力が発動した。一瞬で目の前にいた茶色の犬は自らの血にまみれて赤く染まった。
 もう動かなかった。
 それが自分の能力に気が付いた瞬間であり、初めて動物を殺してしまった瞬間でもあった。それ以来自分の中に秘めている末知のものを誰にも話さず隠し持ち、その上『人間』として、どこにでもいそうな『ヒト』を演じ続けてきたのだ。




 死ぬのはほんのわずかな時間だけである。やがて何も考えなくてよくなる。そうしたらどんなに楽だろうかと手首とカッターを見たものだ。
 俺は力が暴走しそうになるたびに『死』に憧れた。もうこんな思いを、誰かを殺してしまうかもしれないという呪縛を捨て去るには自らを死に落とし込めればよいことだと本気で考えていた。

 そんな時……助けてくれた人がいたんだ。

 今度は俺が、彼と同じように救える誰かに手を貸してやる番なのだ。
 ここは一歩も引けない。

「落ち着け。自分をコントロールしろ。力に振り回されるな!」

 もう一度声を掛けてアドバイスをする。
 この状況では会話で心を冷静にさせるほかに思い付かない。次の言葉を言おうとしたまさにその時、辺りに異変が生じたことに気が付いた。
 この場所からでもかなりはっきりと確認できる黒服の大男。恐らく俺のうちに上がり込んできた連中の仲間であろう。どの男も鍛えたらしいがっちりとした体格の持ち主ばかりである。

「おい、いたぞ!」

 こちらを見た男が叫ぷ。ご苦労なことに、全身を雨にさらし、跳ねる泥水はお構いなしに向かってくるではないか。
 ちっ……と小さく舌打ちをして、向けていた視線を少年のほうにやった。
 はぁはぁという荒い息遣いがしっかりと聞き取れる。早く暴走を止めてやらないとこの少年の体力が持たないだろう。一刻を争うというのに、どうしてこんなときに限って……などと思う。

 今日は邪魔に入ってくる連中の多いこと。

 俺は少年が正気でいられることにかけて、男どもと少年の間に立って彼等を見据えた。

「今、大事な話をしているんだよね。邪魔しないでくれる?」

 わざと挑発的な態度をとる。こちらに気を取られてほしかった。

 誰も死なせたくない、こんな科学の副産物による犠牲者なんて聞くだけでもうんざりなんだ。
 例え相手が誰であろうとも。

「貴様には用はない」

 先頭を切って俺を払いのけ、少年の元に向かおうとした男が言う。
 俺はすっと向きを変え、相手の後ろに回り込み、手刀で首の後ろをこんっと叩く。

「そうもいかねーんだよね」

 男は勢いで前のめりに倒れる。
 それと同時に様子を窺っていた残りの男四人は反射的に手を伸ばす。動きに無駄のないところから、こういった仕事はやり慣れているのだろうと判断した。
 だがしかし、俺より遅い。

「二択問題です」

 笑って明るい声で続ける。

「死ぬか、生き残るか」

 銃声数回。あの軌道ならば確実に死んでいただろう。頭と胸に銃口が向けられていたように見えたから。
 銃声が数回ですんだのには訳があった。

「……話は最後まで聞こうぜ。っても、聞こえてねーか」

 地面の水が跳ねること四回。残っていた男が倒れた音である。
 またもあっさりと勝利を決めた。俺の能力を最大限に生かせばこんなの朝飯前。スピードと正確性が俺の売りだもんね。それにプラスして安全性。
 誰かが悲しむのだけは避けたかったから。
 俺はほかにこいつらの仲間がいないのを目で確認すると、少年のほうに向き直る。

「これで少しは信用してくれたかな?」

 少年の瞳が穏やかになっていくの分かった。結界が解けていく……。

「大丈夫か?」

 手を差し出す。もうはじがれることはあるまい。

「やっと……逢えた……」

 俺にはその少年がそう呟いたように聞こえた。

「一人じゃないんだね、ボクは」

 ほっとしたように笑って、俺に抱き付く。
 そのまま少年は俺の胸で泣き出した。今までたまっていた感情がこの涙を作っているのだろう。
 俺は最初戸惑ったが、自然と少年の頭を撫でていた。優しく、そして温かく。親が子供を落ち着かせるような、そんな感じだった。俺は親なんてもの知らないのに。

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