観賞少年

一花カナウ

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Lost Child

《6》

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「あーっ! いたいたっ! こっちは片付いたわよ。もう安心!」

 走ってくる彼女は大声でそう叫びながらやってきた。

「あら、ごめんなさい。お取り込み中だったかしら」
「だから違うって言ってるだろっ!」

 回れ右をして立ち去ろうとする彼女の肩をがしっとつかんで引き止める。

「……良く見たら、ここも派手にやってくれてるみたいじゃないの」

 足元に転がる黒服の男たちに気が付いてあきれ声をだす。

「だから口説き落とさないのか」
「ちゃうがなっ! どーしてお前はそう解釈するんだよ!」
「綺麗な男の子は好きですかってことで」
「……否定するのやめた。埒があかん。まったく……」

 あいている左手で頭を掻く。ハルにはかなわない。いや、彼女の言っていることを肯定するわけではないが、反論すればするほどあらぬ方向へと展開しそうなのでここはひとまず回避するとしよう。
 その対応にハルはつまらなそうな顔をしたが、また足元を見てふと言った。

「この人達もさっきの仲間かしらね」

 しゃがみ込んで男に触れる。

「だろーよ。ありきたりだけど、同じコスチュームだし。このコ狙ってきたみたいだから」
「運が悪いわね。アキラに会うなんてさ」

 ほかの男達のほうにも行ってぺたぺたとあちこち触ってみながら彼女は答える。

「運がいいの間違いだろう? 死なずに済んだんだぜ」
「彼らの仕事が達成できなかったじゃない。……と、この人達、あなたが関わった事件とは全く関係なさそうよ。良かったわね」

 立ち上がって大きく伸びをした後に言う。俺はその答えを聞いて溜め息をついた。

「そこも逆だろ。厄介ごとを増やしてしまったってのが正しい認識だろうが」
「どっちもどっちよ」

 つかつかと俺のほうに歩み寄り、少年の様子を窺った後、俺を見上げる。

「……で、こいつらの記憶、書き替えておいたけど、どうするの?」
「彼を引き取ろうかなって」
「えぇっ?」

 彼女が素っ頓狂な声を出す。そんなに意外だっただろうか?

 少年もその台詞に驚いて顔を上げる。
 助けると決めたときからこうするつもりだった。この少年には、心を許し信頼できる相手と安定した環境が必要だ。ならば俺が提供してやればいいじゃないか。ただそれだけの理由での決意。能力も俺のと似通っているから何かと力になってやれることだろう。ほかの同志の連中に預けるよりはましなはずだ。きっと自分と向き合えるようになる……。

「くるだろ? 無理には誘わねーけど、めんどーみてやるよ」

 にっこりと嬉しそうに少年が笑う。あどけなさの残る可愛らしい笑顔。この表情の下にどれだけのつらい記憶が刻まれているのだろう?

「そうだ、名前教えてくれよ。俺は杉本アキラ。アキラって呼んでくれていいから」
「ボクは……ユウ。ユウって呼んで。兄さん」

 照れて顔をうずめる。
 そういえば男の子にしては小さいなあ。ハルより少し大きいくらいだ。最近は小さいのが流行りなのか? ――などと下らないことを思う。

「まったく……」

 彼女の溜め息がはっきりと聞こえた。まさか今の読まれていないだろうなあ……。

「アキラは自分勝手よね。部屋の男どもの記憶を消すのにどれだけかかったと思ってんのよ!」
「いーじゃん、ハル。特Aクラスの『観賞少年』を無料で独り占めにしてるんだぜ。その能力の使い道もあるんだし……」

 続きを言いかけて、俺は彼女から怒りのオーラが立ち上ぼってくるのを見た。

「……わ、分かった。どうしてほしい?」

 ろくなことを言わないだろうと思っていたが的中した。

「本来の仕事しなさい」
「却下」
「ちっ……」

 俺の光速並みの返答に彼女は舌打ちをし、やはりそう来るかこの男はという目で睨んでくる。

「本来の仕事?」

 ユウが興味津々といった表情で問う。

「そこは問わなくていいところだ」

 ぽんっと少年の頭に手を置いてごまかす。

「あら、彼のほうがいろいろな技を知っているかもよ。隠さないで教えたら?」
「……ふぅん。あんな事やこんな事のことか」

 二人、視線を合わせるとにやりと笑む。どうやら意見が合ったらしい。

「てめえーら、どういう会話だよ」

 話がまた関係のない方向へと流れていくのを抑えるために声を荒らげると、彼女は「まだオトナ向け有料放送にはならない程度の会話よ」とさらりと答えて、ねーっとユウに同意を求める。その返事として彼はにこーっと笑んで見せた。

「まあっ、君とはとっても気が合いそうだわ。あたしは西園寺ハル。よろしくね」

 きゃっきゃっとはしゃぎ喜びつつ彼女は自己紹介をする。なんだか嫌なタッグがここに成立したように見えるのだが……。

「よろしく。姉さんって呼んでいい?」
「遠慮なくよんでー」

 がしっと抱き締めて言うハルの不意の行動に驚いてユウはあたふたとする。

 ふっ……ガキだな。

「こりゃあ、アキラのうちに行くのもますます楽しみになりそうねー」

 やっとユウを放すとこっちに何か企んででもいるかのような不敵な笑みを見せて言う。

「まだ来るのかよ」
「ひどいわっ! そういう物言いってありなの!?」

 俺が冷たくあしらうと彼女はオーバーリアクションでよよよと自分の世界に入ってしまう。

「いや、だってほら……」

 俺には意中の人がいるし。
 苦笑いを浮かべて残りの台詞は心の中で呟く。彼女だってそのことは良く分かっているはずなのだ。ちゃんと俺はそのことを伝えたはずだし、彼女自身の能力で嫌というほど身で感じているはずなのだ。なのに……。

「どう考えても妹ぐらいにしか思えないんだよなあ……」
「じゃあ入り浸っていても問題ないわね!」

 よーっし、と一人でガッツポーズをきめてあさっての方向を見つめる。

「もう勝手にしてくれよ……」

 なんか自分だけ空回りしている気がする……。

 数分前のシリアスチックな光景はどこに消えたというのだ? 否、まだ足元に転がっている男どもが現実にあったことだと証明してくれているんだけどさあ……。

「ねえ、兄さん」

 俺の袖を引っ張ってユウが首をかしげる。

「なんだ?」
「ボクは兄さんのなんなの?」
「弟」
「やだ、恋人がいい」

 俺は即後ろに引いた。駄目だ。今日の俺はすこぶる運が悪い。

「……弟に……しとけ」
「ぷーっ」

 ぷくーっと膨れて文句を言う。そう、君は子供らしくしていればいいのだよ。余計な大人のごたごたなどを知るにはまだ早すぎる。
 今日の俺は頑張ってるよ。どこか遠い目で自分の気分に浸る。
 しばらく現実逃避をさせてください。
 心が落ち着いてきてはじめて、雨が止み始めていることに気が付いた。あの暴風雨が去っていったのだと思うと気も晴れてくるものだ。

「さっ、帰ろう!」

 彼女が我にかえって声を掛ける。
 俺自身も逃避から戻ってきて辺りの様子を確認する。
 少しずつ見慣れた静けさが戻ってくる。雲が段々と晴れてきて、薄くなった隙間から日の光が差し始める。青い空が顔を出し、どこかで身を潜めていた小鳥たちが飛び出す。木々に残った水滴が、わずかな光を受けてきらきらと輝く。平穏な午後が返ってきたことを喜んでいるかのようだった。

「そうだな」

 辺りの景色を眺めた後に自分たちのほうに視線を返すと、ずぶ濡れの泥まみれになっているのが目に入った。

「ユウは家に着いたらお風呂に入っておけ。すごい汚れてる」

 ユウは言われるまでそれに気付いていなかったのか、はっと自分の姿を見てこくりとうなずく。
 その後で何か思い付いたのか意味ありげに笑んだ。

「一緒に入る?」
「一人で入れよ」

 頭を小突いて俺がうざったく答えると、ユウは無邪気に笑う。

「襲われるとでも思った?」
「ばかかおまえはっ!」

 自分のペースを乱されて動揺しまくっているのが良く分かる。
 数分前に決意してしまったことをちょっとだけ後悔していた。

「帰ったらみんなで食事にしようねー。あたし、ご馳走作るからさ」

 無意味に手を振り回して元気よく言う。

「えっ? マジで? 今日は俺に作らせるんだって言ってなかったか?」

 俺がそう茶化すと、彼女は俺にずいっと顔を寄せる。

「なぁにっ、ハルちゃんスペシャルを喰いたくないのね」
「お嬢様なんだったらもうちっと言葉遣いを気にしろよ……」

 あきれて俺が呟くと、隣で見ていたユウが不思議そうな顔をした。

「ヘえっ……姉さんってお嬢様なんだ」
「そーなんだよ、これでも」

 俺は本当に彼女がお嬢様なのだろうかと疑いたくなることが多いが、彼女の父親に実際に会って仕事の依頼を受けていた身であるために、嫌でも肯定せねばならなかった。

「今をときめくゲノム製薬社長の御令嬢なんだ。以前、ハルに仕事を依頼されてな。そのままずるずるこの調子。会う人会う人、どいつもこいつも俺の家を自分の居場所にしちまうから……」

 他の面々を思い出し、深く溜め息。

「安いからねえ……俺……」
「何? 売ってるの?」
「ちゃうがなっ!」

 真っ赤になって否定する。何度も言うが、そこはツッコみを入れるべき場所ではない。

「仕事の給料。っても、公共料金を全額負担してもらっているから安いんだけどさあ……」

 あの事故さえなかったらまだ仕事を続けていたであろうか?

 ふとそんなことが脳裏を過ぎる。
 今は以前していた仕事の高収入とは天地の差の仕事をしている。

「肉体労働で疲れるってゆーのにあの値段じゃほとんどボランティアだよ……」
「肉体労働って所にアンダーラインかな」
「だからさぁ……いちいち勘繰り入れて強調しなくていいって」

 何を想像しているのだ、こいつは。だいぶ慣れたけど。

「敢えてここは強調を入れておくべきかと。でも、どんな仕事なの?」

 俺の住むマンションに向かって歩き出す。

「いずれ分かるさ」


 この日から、ユウは俺の仕事のパートナーになった。


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