観賞少年

一花カナウ

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Misty Rain

《2》

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 正式にユウと生活をするようになった三日目の今日、一緒に海に出掛ける約束をしていた。親睦を深めようと「行きたい場所はあるか」との俺の問いにユウは「海がいい」と答えたのだ。他のメンバーに会う前に行きたかったから、この週末にと思ったのだが、やっぱり雨になった。

 さっきも言ったが、週末は雨になることが多い。首都変遷があってからこの傾向は強まり、現在に至る。
 できれば遠くに行きたかった。
 あの出来事のほとぼりが冷めるまでは外に出さないか、できれば此処とはほど遠いところへ行くべきだと考えた。まだユウを探している人物がいる可能性がないとは言い切れなかったから。たったの三日しか経っていないのだ。あれから……。
 ユウは必要以上のことは喋らない少年だった。たまに必要外のことを冗談(であって欲しい)めかして言ったりすることはあったが。たぶん、たんに構って欲しいのだろう。俺にとって弟みたいな存在だった。今までどんな生活をしていたかなんてヤボな質問はしないで、しばらく様子を見るつもりだ。
 できるだけこの力を安全なものにしたかった。
 もう二度と暴走させたりしない。

「ねぇ、兄さん」

 窓の側から離れ、俺のいるソファに来る。

「今日はこれからどうするの?」
「考えてない」

 仕事はオフの日だったし、毎週のおつとめの日でもない。イヲリとカヅミは別の仕事でいないだろうから訪ねてくる心配はない。ハルもたぶん来ないだろう。何もすることはないし、これといって思いつくこともなかった。

「つまらないんだけど」

 少し膨れて俺の横に腰を下ろす。
 この家に娯楽となりそうなものはテレビくらいしかない。時間をツブすということを必要としない俺は家にゲームなどの類は置かなかった。ま、ヒマつぶしのお供は医学書だし……。
 ユウにしてみれば大変面白くもないものだろう。いや、その道を学ぼうという人を除けば誰しも。

「そうか?」
「兄さんはこういう時どうしていたの? 一人暮らしなんでしょ? 一応」
「いろんなこと考えてる」
「たとえば?」
「今夜の夕食何にしよう、とか」
「主夫……」
「あ、バカにしただろ。これ、けっこー重要なことなんだぜ。『観賞少年』は外見命! 日頃のケアを侮るなかれ!!」
「そんなの気にしなくてもボクはこうだけど」

 ユウの台詞に俺は人差し指を立てて軽く横に振った。

「それは若さのなせる技だ。『ヒト』は三十過ぎがお肌の曲がり角というが、『観賞少年』は二十歳でそれが来る。手入れしとけ」
「――なんだかんだいっても、見た目を気にしているじゃん」
「生活がかかっているからねぇ……」
「だからどんな仕事しているの?」
「……そのうちわかるさ」
「何、その間は……」
「深く問うな」

 コンロにかけていた薬缶がお湯を沸いたことを告げている。
 俺は慌てて火を止めに行く。そのあと紅茶を淹れてソファに戻る。

「今、逃げたよね?」

 ティーカップを受け取りつつユウは尋ねる。俺は一瞬顔をひきつらせ、ごまかし笑いを浮かべて隣に座る。

「気のせいだ」
「…………」

 疑いの視線を軽く受け流す。

「それってさ……『観賞少年』だから?」
「――半分は正解」
「残りは?」

 俺は口ごもる。一口紅茶を啜り、間をあけ、口を開く。

「『人間(ヒト)』のふりをしているから」
「そう……」

 そう言ったきりユウは黙って紅茶を飲んでいた。その言葉の意味を少なからず理解したようだった。
 創られた『ヒト』が『観賞少年』であるという事実は変えることなどできるわけもなく、それを思うたびに右肩の痣が疼くのだった。
 雨の音、風の音。それに混じる人工的なサウンド。


 『人間』は『自然』に従うのをやめ、従わせることにした。まず手始めに『環境』を変え、植物に手を加え、『人間』の都合の良いものに作り替えると、次は『動物』のすべてに応用しようとした。そして「人間(ヒト)」を作り替えることを禁忌とした。『人間』は自分たちより優れた『ヒト』が生まれるのを畏れたのだ。だから人間の遺伝子は特別な事情、例えば細胞の再生などではない限り、いじられることはなくなった。それが一世紀ちょっと昔の話である。『観賞少年』は人の遺伝子から生まれたわけではない。
 チンパンジーなどの『人間』に近い霊長類の遺伝子を人工的に進化させ、必要な遺伝子を添加する形で『創造』された。神が『人間』を創ったように、とは言わないが、『ヒト』もまた『ヒト』を生んだのだ。需要があれば供給される。必要は発明の母というように、水面下で『観賞少年』は広まっていった。こうして今に至る。
 ちなみにこんな話は学校では教えてくれない。この事実を知っているのはカヅミが紹介してくれた場所で、知っていて当然だからと覚えさせられたからである。だから、たぶんユウは俺らの誕生秘話(とでもしておこう)は知らされていないと思う。


 ふと痣のところに手をやり俯く。いろいろ考えては気が沈むだけだ。
 俺の両親はどんなつもりで俺を作ろうと思ったのだろう。お金のため? 道楽のため? 世間的地位のため? 死んだ彼等に問うたとしても何にもならない。
 もしかしたら単純に『子ども』が欲しかったのかもしれないし、又はちょっとした遊びのつもりだったのかもしれない。今さらそんなのを知っても大した意味は持ち得ないが。


 物思いに耽っていると、携帯電話の着信音が鳴り出した。電源をオフにして置いたつもりだったが、点けっぱなしになっていたらしい。
 俺は慌てて電話に出る。よく知った声だった。

「――と、いうわけなのだが、ちょっと来てくれないか」

 電話の相手は用件を手短に言うと、俺に尋ねた。

「えぇ、わかりました。すぐに」
「では、いつもの場所に」

 プツリと切れて、俺は溜息をつく。
 今日に限ってお呼び出しが掛かるとは思ってもいなかった。ある意味では家にいてよかったが、さて……。

「……どこか行くの?」
「あぁ。ちょっと病院まで」

 支度をはじめながら俺は答える。
 ユウから離れるのは少しこわい気もしたが、連れていく方がより危険であると判断し、向き直る。

「留守番していてくれないか?」
「うん……わかった」

「外には出るな。鍵は閉めておけよ。誰か来ても居留守にすること。大丈夫だな?」

 念押しをすると、ユウはこくっと頷いた。

「行ってらっしゃい、兄さん」
「悪いな。――夕方には帰る」

 ユウを信じて、俺はバタバタとしながら出掛けた。でも、それは間違いだった。

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