観賞少年

一花カナウ

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Misty Rain

《7》

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「みゅっ!!」

 何者ともつかない奇妙な声に、思わずボクは立ち止まった。

 どこから聞こえてくるのだろうか?

 くるりと辺りを見回して、その声が薄暗い路地の先からのものだとわかった。すぐに帰らなくてはいけない。でも……。
 好奇心が勝って、足が独りでにそちらへと引っ張られる。路地を少し進んだところで二、三人の人影が見えた。

「何をしているの?」

 自然と声が漏れた。人影がびくんと震えたかと思うと、彼らの中央から黒い物体がこちらに飛び込んできた。ボクの足下に細く長い尻尾をからませ、助けを求めるようにのどを鳴らす。それは真っ黒で痩せた猫だった。

「あーあ、逃げられちゃったよ」

 くっくっくと薄ら笑いを浮かべ、背を向けていたひ弱そうな男がこちらを向く。

「何か用かい? 用がないならそいつを返してくれないか?」

 目で黒猫を示す。猫はびくっと背中を震わせて、怯えたようにボクの後ろに回る。

「嫌だよ。この猫、恐がっているじゃないか」

 君はどうして逃げないの? 今のうちに遠くに逃げればいいだろう?
 ボクは男たちと対峙しながら心の中で呟いた。

 さぁ、早く逃げろ!

「そんなことないさ。いい声出して喜んでたぜ。そうだ、お嬢ちゃんも試すかい?」

 奥の男がそう言うと、手前の二人がいやらしい笑みを浮かべた。

「ボクはお嬢ちゃんなんかじゃない」

 むっとして言い返す。猫はボクから離れようとしない。
 と、不意にこの黒猫と自分の姿が重なった。そして惨めに思った。

 ――自分こそ逃げるべきじゃないか? もしここで力が暴走してみろ。この男たちは兎に角として、この猫まで殺してしまう。

「へぇ……。それにしては可愛い顔しているな。暗い所為かな?」

 じりっとこちらに一歩踏み出す。

「みゃあ」

 弱々しい声で猫が鳴いた。

「ちょっと確かめさせてくれよ」

 男の手が伸びる。ボクは反射的にその手を避け、足下の猫を抱え上げると路地を出ようと試みた。が……。

「くっ!?」

 猫を潰してしまわないように倒れるすんでのところで横向きに変え、地面に叩きつけられた。

「これが噂の観賞少年か。なぁ、おれらにも遊ばせてくれよ」

 ――プロトタイプ?!

 逃げる直前、腕ではなく足首を掴まれ、それで転んだのだと理解するのに少々時間が掛かった。
 常人のなせる技ではない。それにこんなひ弱そうな男たち。考えられるとすれば年格好から見てプロトタイプ。『観賞少年』が一般に出回る前に下僕のように扱われたアンドロイドに違いない。今やプロトタイプは不要とされ、処分、又は投棄されていると聞いている。こいつ等は主人に捨てられたはぐれプロトタイプなのだ。
 起きあがるまでもなく、男はボクの腰に手を伸ばした。

「やめろっ!」

 男を蹴り上げて、その反動を使い体勢を立て直す。

「ちっ、客に対してもそういう扱いをすんのか?」

 ぺっと唾を吐き出し、へらへらと笑う。
 プロトタイプはこいつだけだろうか? 三人ともだと厄介だ。逃げ切れそうにもない。だからといって応戦するわけにもいかないだろう。ボクはあの力をコントロールする自信がない。

 どうしたらいい? どうすればこの状況を突破できる?

「みゃあ」

 心配げな鳴き声。緑がかった美しい黄色の瞳がボクを映す。

「――ったく、お前のせいだぞ、責任とれよ」

 抱き上げたまま腕の中にいる猫に呟く。そんなことを言ってみたところで、どうにかなるわけではないのだが。

「みゃあ」
「何か言ったかい?お嬢ちゃん」

 へらへらとだらしない笑い方。

「ヒマ人の相手とは、こっちの価値も落ちたものだ、そう言ったのさ」

 気に食わないんだよね、その笑い。相手が逆上するのがわかった。怒りによる力の上昇を肌で感じる。プロトタイプは見た目が悪い上に良心的ではなく、キレやすいと聞いていたが、確かにそうだと思う。危険と判断されて処分されるのも理解できた。

 ――って、挑発してどうするんだよ。

 売り言葉に買い言葉ってことで勢い言っちゃったけど……。

「ンだとっコラ!」

 三人同時に飛びかかってくる。動きからすると、プロトタイプは一体のみのようだ。

 逃げ切れる! 

 ボクは猫のように高く飛び上がって一撃をかわすと、路地の出口へと向かった。
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