観賞少年

一花カナウ

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Misty Rain

《8》

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 雨は止むことを知らない。首都変遷後、不思議とこの街から太陽の姿は消えた。薄暗く、じめじめとした日々が続く。首都の機能のほとんどが地方に移動したとはいえ、この街はまだ活気が残っている。
 人口はピーク時の半分ほどになったが、若年層の比率が以前と大して変わっていない。地方は少子高齢化が進みすぎ、公園に子供を連れた母親さえ見ることはない。母親だけでなく父親の姿もない。あるのは六十代の女性と八十を過ぎているだろう老人の組み合わせばかりだ。しかしこの街は公園に人の姿自体を見なかった。
 青年は総合病院の正面玄関を出て、傘を差してきちんとした道を歩いていた。家に残してきた少年との約束の時間まではまだ余裕がある。慌てて帰る必要はないだろう。
 病院に向かう人たちとすれ違う。どの人も五十を過ぎているだろう様子だ。若い人を見かけるためには学校の側にでも行かない限り目に付かない世界。異様な社会の上に経済が回っている。六十や七十を過ぎても、身体が動く限り働き続けなくてはならない。年金なんてものは首都変遷前にすでに崩壊しており、崩壊直後は自分の子供達に生活を養ってもらっていたものだが、その子どもすらいない世帯は余生をのんびり過ごせるはずなく、わずかな補助金(生活保護に近い)となけなしの貯金、そしてアルバイトで生活を繋いでいた。

 少子高齢化。
 医療の発達が高齢化社会を生み出した。これはそれほど悪いことではないだろう。健康で長生きしたい、この欲求は近年生まれたものではなく随分と昔からあるものだ。それが実現したのなら良いだろう。
 問題は『健康で』という部分だが、これは疑わしい。精神的な余命が尽きていようと、肉体の余命が尽きていなければ生き続けなくてはならないのだ。それは幸せなことだろうか?
 この国には安楽死のシステムはない。少子化については対応が遅すぎたと考えて間違いない。まず、取り組むのに見る視点が間違っていることに気付くのが遅れた。女性の社会進出は長い歴史からして輝かしいことだったが、それだけが晩婚化、高齢出産に繋がったわけではない。確かに社会の支えは重要だが、それ以上に根本的な問題があったのだ。
 『子どもができない』その原因を究明するのに時間がかかった。遺伝的な限界があったのだ。それを提唱し、問題を叫んだ科学者がいたが政府は無視した。こうしてこの社会が出来上がったのである。
 青年はぼんやりと学校で習ったそれらの歴史を思い出していた。世界の手本となるべきだったのに、反面教師にしかなれなかったこの社会。政府を動かしている人間が、この現状の危険性をしっかり把握していなかったことに問題があると彼は確信していた。そして、この社会が存在したが故に生み出されたモノがあるという事実に胸を痛めていた。
 駅から郊外に抜ける大通りに出ると、幾分か若い人間たちの姿が目に付くようになる。学生や会社員の姿だ。彼らは彼らの世界に集中している様子で、まわりに気を止めていないようだった。

 青年は郊外に向かって歩き出す。
 この通りは路地が目立ち、どこかすかすかとしている。そのわりには建物が高くて日光は届かない。こう雨ばかりでは元々陽の光を見るなどできないのだが。それ故の薄暗さで、治安は最悪だった。あちらこちらに監視カメラがついており、街のほとんどを見張っている。それでもカバーしきれない範囲が実は存在する。
 青年は昔その範囲を取り締まる仕事に関わっていた。人間の手には負えない特殊な者たちの犯罪が主に彼の担当であり、その仕事を快く思っていなかった。
 何故人間の尻拭いをしなくてはならないのか、自業自得ではないか、無責任だ、そういった思いと、生まれたくて生まれてきたわけではない彼らに同情する気持ちがあったからだ。どうしようもないことを、どうしようもなくやっているという感じが抜けず、苛々していた。

 青年は道を歩いている途中で見知った顔を見た。
 その少女は彼に気付かずに走り去る。ベリーショートの髪をした少女は一見少年のように感じるが、服に付いたコロンの匂いが少女だと判断できる。そのコロンが高価な物だと言うことを青年は知っていた。
 一瞬呼び止めようかと思ったが、慌てている様子だったので話し掛けずに見送った。この通りにいるのは驚くべきことではない自然なことだったからだ。青年はそのまま歩いていった。
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