観賞少年

一花カナウ

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Misty Rain

《9》

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 なんだろう?

 肌がぴりっと痛んだ。この感覚は人間ではない者の力を感じたときに起こるものだ。俺は立ち止まり辺りを見回した。これといった異変はない。平凡な日常の風景が広がっているだけである。妙な音がするわけでもない。聞こえてくるのは車が水を撥ねる音と、歩いている人の話し声。特に気にするものではない。

「…………」

 傘を閉じ、道の端に移動する。今までの経験から、近くに何かがいることは明白だ。しかし大した相手ではない。
 ふとミヤコの予言のヴィジョンが過ぎった。このことを言っていたのか?
 改めて予言の様子を思い返す。
 霧雨の中の薄暗い路地。
 人間が三人ほどいて何かしている。
 一人はプロトタイプだ。
 この気配はプロトタイプだろう。またしても的中のようだ。予言中の路地を構成している建物には見覚えがあった。
 俺は急いだ。大した事件ではなさそうだが、事が大きくなる前に先手を打つことも必要だ。胸ポケットにモデルガンが入っていることを確認して二つ先の信号まで走った。

 ボーイソプラノの声と猫の鳴き声が聞こえる。だいぶ離れている上に雑音が多かったが俺にははっきりと聞き取れた。聴覚も優れている方なのだ。
 意識して聞いていると、低い声が怒鳴った。地を蹴る足音が三種類。靴底の違いで音が異なることを知っている。どうやら戦闘が始まったらしい。直後に軽い地を擦る音がする。襲われているのは少年のようだ。
 路地の入口に到着すると、ちょうどこちらに黒髪の少年が走ってきているところだった。その少年には見覚えがある。肩につくぐらいの髪は雨に濡れてしっとりとしている。黒い何かを抱えているようだが、それが何であるのかはよく分からない。顔がこちらを向いて気付いたようだ。目を丸くしている。
 俺はモデルガンを抜いて三人の男に向け、啖呵を切った。

「はいはい、血の気の多いオニイサン方。このコを相手にするには、懐がちっとさみしいんじゃないかい?」
「兄さん?!」

 なんでこんなところにいるかなぁ……。

 俺はモデルガンを持っていない方の手で頭を掻いた。ユウの喜んでいるような、困ったような顔がこちらをじっととらえている。その後方にはびびって後じさりをする情けない男の姿が三つ。

「――はっ。貴様、何様のつもりだ?!」

 ユウを自分の背後に回し、手前の威勢のいい男に照準を合わす。奥の二人は先頭のを残して立ち去ろうと踵を返す。
 この二人には用はない。プロトタイプに魅せられたかなんかでくっついていたヒモだからな。人間には関係がない。

「良い質問だ。この際だから答えてやろう」

 トリガーに指をかける。男の額ににじんだ汗が頬を伝う。

「処分屋だ。この辺一帯のな」

 トリガーを引く。

「ちっ」

 スピード重視型か!?

「ユウ、そこ退いてろ!」
「はいっ」

 ユウに声を掛け、道を開けさせる。
 男は宙に舞っている。飛んでいる状態で姿勢を変えるのは至難の業。俺は男の姿をとらえると、銃を構え直して発砲した。

「ぐっ」

 ドスッという鈍い音。男は地面にそのまま体当たりをして動かなくなった。
 あーあ、処分屋、辞めたはずなんだがなぁ……。
 プロトタイプの処分業務は以前働いていた組織の雑用仕事だった。あのころがちっと懐かしい。

「兄さんっ」

 俺に駆け寄って詫びるように見上げる。

「……ったく、この街にはこういった奴もうようよしてんだからなっ! 一人でうろうろするんじゃないっ!!」
「ごめんなさい……反省しています……」

 しゅんとなってユウは俯く。

「まぁ、お前が無事で何よりだ」

 そっとユウを抱きしめる。

「みゃあ」
「ん?」

 離れてみると、真っ黒な猫がひょこっと顔を出した。

「そう言えば、コイツは何?」
「猫」
「……じゃなくてさぁ……」

 真顔で即答されても困るのだが。そこでユウがくすくすと笑い出す。

「兄さんが訊こうとしたことはわかってるって。この猫の所為でえらい目に遭ったんだよ。こいつさ、逃げりゃいいのにボクにからんでくるんだもん。おかげでボクまでからまれちゃったよ」
「そう言いつつ大事に抱えてんのか」
「なんかね、ムカツクやつだけど、共感が持てるってゆーのかなぁ……見捨てられなくってね」
「ふぅん」

 丸い瞳がぎらぎらと光っている。

「見捨てられないついでに飼ってもいいかな?」
「コイツを?」

 視線をユウに移す。人懐っこい、嬉しそうな顔をしている。

「だめ? もう名前、決めたんだー」
「うちのマンション、動物禁止じゃなかったっけ?」
「名前はね、シュバルツってゆーの。真っ黒なきれーな猫だからね」
「……話、聞けよ」

 黒猫の喉を撫でてじゃれ合う。そーいやー、ユウって猫みたいな奴だよな。きゃっきゃとはしゃぐユウの無邪気に振る舞う様子に、少しだけ安堵した。

「わかった。ちゃんと世話しろよ」
「本当にいーの?!」

 そこだけはよく聞こえるのな。
 俺は溜息をついた。まぁ、あの家には何もないことだし、猫一匹ぐらいいたほうがいいのかも知れない。

「シュバルツ、今日から一緒だよ」
「みゃあ」

 嬉しそうに猫も鳴く。会うべくして出会ったかのように見えた。

「んじゃ、帰りますかね」

 俺は横目で、しとめたプロトタイプを見つめる。この男はリスト外のようだった。
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