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第5話 これは夢なの?
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「――また会ったね」
声をかけられて振り向くとすぐに目が合った。胸がときめくのを感じる。名前を聞いていないあの時の青年が、休憩スペースの入り口に背中を預けて立っていた。
「お、おはようございます。朝、早いんですね」
史華はできるだけ平静を装って挨拶をする。休日を挟んでしまって離れていた時間、あなたのことを絶えず考えていました、だなんて伝えられるわけがない。
少しだけでも会話ができれば充分だと思っての台詞だったが、彼はニコニコしながら史華に近づいてくる。
「君に会えるんじゃないかって思ったら、早く目が覚めてしまってね。居ても立っても居られなかったから出社したんだよ」
見惚れている間に彼は史華の正面に立っていた。止まるのかと思えば、そのまま壁に追いやられる。
「え、あの……」
「この時間はまだ誰も来ないよ。この前の続きをしようか」
「で、でも、あたしたち、出会ったばかりで――」
「恋に落ちるのに、かける時間なんて関係ないよ、史華――」
違う。これは現実じゃない。だって、今のあたしは――。
金曜日の遭遇から何度もした妄想が夢になってしまっているのだと気付いて、史華は現実へと意識を引っ張り上げる。あの時の青年と再会して、気絶してしまったらしいことを思い出すと、慌てて目を開けた。
すると。
「へっ⁉︎」
素っ頓狂な声が出てしまったのを史華は慌てて口を塞いで封じ、くるりと寝返りをうった。スヤスヤと眠る彼の整った寝顔が眼前に広がっているのに耐えられなかったからだ。
ど、どどどど、どういうことっ⁉︎
再び状況がわからない。一体何がどうなって、添い寝されるというシチュエーションになったのだろうか。
まずはここがどこなのかを把握すべく、史華は頭をそろりと天井に向ける。
長細い蛍光灯が天井に並んで張り付いている。彼のいない方には薄そうな壁。視界の端には長机、その周りに事務用椅子が四脚並んでいる。
この部屋の雰囲気には見覚えがあった。三階にある小会議室の一つだ。
今は何時⁉︎
添い寝されていることはさておき、勤務中であったことを思い出す。左腕に付けた安物の腕時計を見て、史華は血の気が引くのを感じた。
まずい、爆睡してたっ‼︎
史華の勤務が始まるのは朝の五時。そして史華の腕時計が示す時刻は朝の九時を迎えようとしている。
慌てて起き上がって、毛布から抜け出ようとする。急な動きに、胸元に違和感を覚えるが気にしている場合ではない。
完全に抜け出る前に、何者かに手首を掴まれた。何者か――その相手はこの添い寝している青年以外に誰がいようか。
「急に動くと良くない」
優しく引っ張られて、毛布の中に連れ戻される。それだけではない。一瞬のうちに、マットレスと彼との間に挟まれてしまった。随分と所作がスムーズで手慣れている。逃れることができなかった。
「君は貧血を起こして倒れてしまったんだ。また倒れることになるよ」
史華の顔にかかった髪を払いながら、青年は安心させるようににっこりと微笑んだ。
いや、そんな顔をされても、身の危険を感じざるを得ないシチュエーションなんですけど。
「それはそれとして、ですね。どうして床ドン状態なんでしょうか?」
冷静というよりも無愛想な声で史華は問う。これは不本意な状況だ。
「床ドン……? あぁ、この姿勢ってそう言うんだっけ」
キョトンとされてしまったので、史華はしまったな、と思った。ほぼ初対面であるイケメンの前で使うような単語ではないのかもしれないと察したからだ。そういう単語が湧いてきてしまうのは、今朝まで読んでいた小説の所為だと恨めしく思う。
「――とにかく、どいてください。介抱してくださったことには感謝しますけど、仕事に戻らないと」
ときめいていられるような気分ではなかった。空腹で気分が悪いのと仕事に対する責任感で、一刻も早く清掃を終えて家に帰りたかった。読みかけの小説の続きも気になっている。現実でこうしてイケメンと接近中であっても、どうせこの後の展開は望めないと史華は考えてしまう。だから、さっさとこの場を脱出して日常に戻ることを最優先にする気持ちが働くのだった。
「仕事の心配ならいらないよ。あまりにも青い顔して気を失ってしまったものだから、管理会社に連絡したし。もう代わりの人が来て作業して行ったよ」
「はぁ……それはお手数おかけいたしました」
「朝食、食べて来なかったのかい?」
では、これで、と拘束から逃れて出て行こうともがく史華を片手で制して、青年は問う。
「……今朝は時間がなくて」
日曜日に買い込んだ小説を読み耽っていたら、つい寝るのも食べるのも忘れたまま出社する時間を迎えてしまった。おかげで化粧は色つきリップクリームを薄く塗っただけだし、髪に櫛を通している時間もなくてゴムで一つにまとめただけの状態。だから、できるなら彼には会いたくなかった。
視線を彼から外し、小さくため息をつく。
声をかけられて振り向くとすぐに目が合った。胸がときめくのを感じる。名前を聞いていないあの時の青年が、休憩スペースの入り口に背中を預けて立っていた。
「お、おはようございます。朝、早いんですね」
史華はできるだけ平静を装って挨拶をする。休日を挟んでしまって離れていた時間、あなたのことを絶えず考えていました、だなんて伝えられるわけがない。
少しだけでも会話ができれば充分だと思っての台詞だったが、彼はニコニコしながら史華に近づいてくる。
「君に会えるんじゃないかって思ったら、早く目が覚めてしまってね。居ても立っても居られなかったから出社したんだよ」
見惚れている間に彼は史華の正面に立っていた。止まるのかと思えば、そのまま壁に追いやられる。
「え、あの……」
「この時間はまだ誰も来ないよ。この前の続きをしようか」
「で、でも、あたしたち、出会ったばかりで――」
「恋に落ちるのに、かける時間なんて関係ないよ、史華――」
違う。これは現実じゃない。だって、今のあたしは――。
金曜日の遭遇から何度もした妄想が夢になってしまっているのだと気付いて、史華は現実へと意識を引っ張り上げる。あの時の青年と再会して、気絶してしまったらしいことを思い出すと、慌てて目を開けた。
すると。
「へっ⁉︎」
素っ頓狂な声が出てしまったのを史華は慌てて口を塞いで封じ、くるりと寝返りをうった。スヤスヤと眠る彼の整った寝顔が眼前に広がっているのに耐えられなかったからだ。
ど、どどどど、どういうことっ⁉︎
再び状況がわからない。一体何がどうなって、添い寝されるというシチュエーションになったのだろうか。
まずはここがどこなのかを把握すべく、史華は頭をそろりと天井に向ける。
長細い蛍光灯が天井に並んで張り付いている。彼のいない方には薄そうな壁。視界の端には長机、その周りに事務用椅子が四脚並んでいる。
この部屋の雰囲気には見覚えがあった。三階にある小会議室の一つだ。
今は何時⁉︎
添い寝されていることはさておき、勤務中であったことを思い出す。左腕に付けた安物の腕時計を見て、史華は血の気が引くのを感じた。
まずい、爆睡してたっ‼︎
史華の勤務が始まるのは朝の五時。そして史華の腕時計が示す時刻は朝の九時を迎えようとしている。
慌てて起き上がって、毛布から抜け出ようとする。急な動きに、胸元に違和感を覚えるが気にしている場合ではない。
完全に抜け出る前に、何者かに手首を掴まれた。何者か――その相手はこの添い寝している青年以外に誰がいようか。
「急に動くと良くない」
優しく引っ張られて、毛布の中に連れ戻される。それだけではない。一瞬のうちに、マットレスと彼との間に挟まれてしまった。随分と所作がスムーズで手慣れている。逃れることができなかった。
「君は貧血を起こして倒れてしまったんだ。また倒れることになるよ」
史華の顔にかかった髪を払いながら、青年は安心させるようににっこりと微笑んだ。
いや、そんな顔をされても、身の危険を感じざるを得ないシチュエーションなんですけど。
「それはそれとして、ですね。どうして床ドン状態なんでしょうか?」
冷静というよりも無愛想な声で史華は問う。これは不本意な状況だ。
「床ドン……? あぁ、この姿勢ってそう言うんだっけ」
キョトンとされてしまったので、史華はしまったな、と思った。ほぼ初対面であるイケメンの前で使うような単語ではないのかもしれないと察したからだ。そういう単語が湧いてきてしまうのは、今朝まで読んでいた小説の所為だと恨めしく思う。
「――とにかく、どいてください。介抱してくださったことには感謝しますけど、仕事に戻らないと」
ときめいていられるような気分ではなかった。空腹で気分が悪いのと仕事に対する責任感で、一刻も早く清掃を終えて家に帰りたかった。読みかけの小説の続きも気になっている。現実でこうしてイケメンと接近中であっても、どうせこの後の展開は望めないと史華は考えてしまう。だから、さっさとこの場を脱出して日常に戻ることを最優先にする気持ちが働くのだった。
「仕事の心配ならいらないよ。あまりにも青い顔して気を失ってしまったものだから、管理会社に連絡したし。もう代わりの人が来て作業して行ったよ」
「はぁ……それはお手数おかけいたしました」
「朝食、食べて来なかったのかい?」
では、これで、と拘束から逃れて出て行こうともがく史華を片手で制して、青年は問う。
「……今朝は時間がなくて」
日曜日に買い込んだ小説を読み耽っていたら、つい寝るのも食べるのも忘れたまま出社する時間を迎えてしまった。おかげで化粧は色つきリップクリームを薄く塗っただけだし、髪に櫛を通している時間もなくてゴムで一つにまとめただけの状態。だから、できるなら彼には会いたくなかった。
視線を彼から外し、小さくため息をつく。
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