18 / 51
第18話 堅物課長の契約外業務〜恋愛も仕事の一部ですっ!〜
しおりを挟む
★ ★ ★
「課長?」
無邪気に私は彼を呼ぶ。
仕事をしている姿が格好良くて、白河課長に憧れていた。私の仕事をたくさん褒めてくれたし、同じくらい叱ってもくれた。きっと部下として可愛がってくれているだけなのだろうけど、自分を見てくれているんだと思えるだけで頑張れた。今日こうしてデートみたいなことをしてくれたのも、仕事の労いだろう。勘違いなんてしていない。仕事とプライベートは分ける主義だって聞いていたし、自分もそうなのだから間違っていない。
「君は俺の名前を覚えているのか?」
再び脈絡がない問い。私は当然とばかりに胸を張る。憧れの人の名前を忘れるわけがない。
「白河智充さんですっ! 漢字は読みにくいですけど、ちゃんと覚えてますよ。会社説明会のときに自己紹介していただいてから忘れていません!」
本当のことだ。真面目の堅物を具現化したみたいな印象で、こんな人が営業マンだなんて、商談している相手は怖がったりしないのかなだなんて余計な心配をしたものだ。
私の返事に、彼の瞳が僅かに大きくなった。
「会社説明会のとき……?」
「課長、どうせあのときの私のことなんて忘れているでしょう? 一日に数十人を相手に喋っているわけですし、ワークショップでも別の班でしたから」
「……いや――」
★ ★ ★
会社説明会かぁ……。
史華は読みかけの文庫本を胸に載せて天井を見つめた。現在の就職活動のことが気になったからだ。
大学での専攻を活かした就職を希望しているが、なかなか手応えがない。学生時代に得ていた第一志望の内定先は卒業にまつわるトラブルで失ってしまった。それが自分の中で響いているのかもしれない。
「春までに決まればいいんだけどな……」
冬になる前にと九月に卒業をしたときには思っていたが、そう簡単にはいかないようだ。
「今の職場も、就職活動も花なんてないし……。そもそも、恋愛している余裕なんてないってーの」
史華は文庫本カバーを外して表紙を見る。『堅物課長の契約外業務~恋愛も仕事の一部ですっ!~』のピンク色の文字が目を引く。
恋愛は物語の中だけで今は充分だ。引っかかってしまったシーンの最初から読み返すため、ページを一枚捲って戻る。
★ ★ ★
美味しい食事と楽しい会話で口当たりの良いワインが進み、すっかり私は酔ってしまっていた。
助手席に座って車が発進するのを待っていたが、白河課長はエンジンをかけない。
「……課長?」
「このまま家に帰すのは心配だ。酔いが覚めるまで、どこで時間を潰すか考えている」
仕事場でよく見る真面目で近付き難い顔をして、白河課長は告げた。ハンドルに手を置き、その上に顎を乗せて小さく唸る。
「大丈夫ですよー。移動している間に落ち着きますからぁ。これでも私ぃ、お酒で記憶跳ばしたことないですしぃ、吐いたこともないんですよぉ」
愉快な気持ちだ。へらへらとした調子で明るく言うと、彼の瞳が私を見た。いつもするような落ち着いているというよりも淡白に感じられる瞳に、別の感情が揺らいでいるように映る。自分が酔っている所為だろうか。
「君は……男が女に服を買ってやる意味を想像したことがないのか?」
「はい?」
唐突にしか思えない問いに、私は白河課長の顔を見ながら首を傾げる。
「その様子だと、俺の気持ちなんて微塵も伝わってなかったのだな」
ため息をつくと、白河課長はフロントガラスに視線を移した。
★ ★ ★
「はぁ……」
憂鬱なことを思い出してしまった。ついため息が漏れる。
土曜日の食事のことだ。緒方悠の車に乗せられて一緒にどこかに連れて行かれる。朝十時に迎えに来るということは、ランチをともにするのだろう。彼が車を運転するはずなのでアルコールはなし。さくっと済ませてしまえば陽が暮れる頃には帰宅できるはず――何事もなければ。
「食事だけ、だよね……さすがに」
期待しているわけではない。どの程度警戒すべきかという話だ。
彼の家にお邪魔したのは昨日のことになっていたが、あれから何度も思い出しては身体が火照って、ドキドキしてしまう。そんな自分の反応に初めは戸惑い悩んでいたが、今は少し違う。怒りや苛立ちに変わってしまったのだ。どうして自分がこんなことに煩わされなければならないのかと考えたら自然とそうなってしまって、その気持ちを忘れるために買い込んだ官能小説を読み耽った。俺様なヒーローが出てくると悠が意識にちらつくので、帯や粗筋に《俺様》の文字が出てくるものはしっかり避けた。
でも、忘れられない。
「ちゃんと拒絶するべきだった……」
小説を読んでいると、彼に期待を持たせてしまったような感じがあったように思えてくる。誘うつもりなどなかったはずなのに、結果的にそのように振舞ってしまっていたのではないか――そう考えるとモヤモヤする。
悠を好きになるわけがない。……そうなってはならない。
遠ざけるためにはどうしたら良いかと思うと、胸がチクリと痛む。悪いことをしているみたいで、居心地が悪い。
「あぁっ! 土曜日が遠いしっ! 直接話すのも無理だし!」
ベッドの上。ごろりと寝返りを打って枕に顔を沈める。
こうして夜は更けていく。
「課長?」
無邪気に私は彼を呼ぶ。
仕事をしている姿が格好良くて、白河課長に憧れていた。私の仕事をたくさん褒めてくれたし、同じくらい叱ってもくれた。きっと部下として可愛がってくれているだけなのだろうけど、自分を見てくれているんだと思えるだけで頑張れた。今日こうしてデートみたいなことをしてくれたのも、仕事の労いだろう。勘違いなんてしていない。仕事とプライベートは分ける主義だって聞いていたし、自分もそうなのだから間違っていない。
「君は俺の名前を覚えているのか?」
再び脈絡がない問い。私は当然とばかりに胸を張る。憧れの人の名前を忘れるわけがない。
「白河智充さんですっ! 漢字は読みにくいですけど、ちゃんと覚えてますよ。会社説明会のときに自己紹介していただいてから忘れていません!」
本当のことだ。真面目の堅物を具現化したみたいな印象で、こんな人が営業マンだなんて、商談している相手は怖がったりしないのかなだなんて余計な心配をしたものだ。
私の返事に、彼の瞳が僅かに大きくなった。
「会社説明会のとき……?」
「課長、どうせあのときの私のことなんて忘れているでしょう? 一日に数十人を相手に喋っているわけですし、ワークショップでも別の班でしたから」
「……いや――」
★ ★ ★
会社説明会かぁ……。
史華は読みかけの文庫本を胸に載せて天井を見つめた。現在の就職活動のことが気になったからだ。
大学での専攻を活かした就職を希望しているが、なかなか手応えがない。学生時代に得ていた第一志望の内定先は卒業にまつわるトラブルで失ってしまった。それが自分の中で響いているのかもしれない。
「春までに決まればいいんだけどな……」
冬になる前にと九月に卒業をしたときには思っていたが、そう簡単にはいかないようだ。
「今の職場も、就職活動も花なんてないし……。そもそも、恋愛している余裕なんてないってーの」
史華は文庫本カバーを外して表紙を見る。『堅物課長の契約外業務~恋愛も仕事の一部ですっ!~』のピンク色の文字が目を引く。
恋愛は物語の中だけで今は充分だ。引っかかってしまったシーンの最初から読み返すため、ページを一枚捲って戻る。
★ ★ ★
美味しい食事と楽しい会話で口当たりの良いワインが進み、すっかり私は酔ってしまっていた。
助手席に座って車が発進するのを待っていたが、白河課長はエンジンをかけない。
「……課長?」
「このまま家に帰すのは心配だ。酔いが覚めるまで、どこで時間を潰すか考えている」
仕事場でよく見る真面目で近付き難い顔をして、白河課長は告げた。ハンドルに手を置き、その上に顎を乗せて小さく唸る。
「大丈夫ですよー。移動している間に落ち着きますからぁ。これでも私ぃ、お酒で記憶跳ばしたことないですしぃ、吐いたこともないんですよぉ」
愉快な気持ちだ。へらへらとした調子で明るく言うと、彼の瞳が私を見た。いつもするような落ち着いているというよりも淡白に感じられる瞳に、別の感情が揺らいでいるように映る。自分が酔っている所為だろうか。
「君は……男が女に服を買ってやる意味を想像したことがないのか?」
「はい?」
唐突にしか思えない問いに、私は白河課長の顔を見ながら首を傾げる。
「その様子だと、俺の気持ちなんて微塵も伝わってなかったのだな」
ため息をつくと、白河課長はフロントガラスに視線を移した。
★ ★ ★
「はぁ……」
憂鬱なことを思い出してしまった。ついため息が漏れる。
土曜日の食事のことだ。緒方悠の車に乗せられて一緒にどこかに連れて行かれる。朝十時に迎えに来るということは、ランチをともにするのだろう。彼が車を運転するはずなのでアルコールはなし。さくっと済ませてしまえば陽が暮れる頃には帰宅できるはず――何事もなければ。
「食事だけ、だよね……さすがに」
期待しているわけではない。どの程度警戒すべきかという話だ。
彼の家にお邪魔したのは昨日のことになっていたが、あれから何度も思い出しては身体が火照って、ドキドキしてしまう。そんな自分の反応に初めは戸惑い悩んでいたが、今は少し違う。怒りや苛立ちに変わってしまったのだ。どうして自分がこんなことに煩わされなければならないのかと考えたら自然とそうなってしまって、その気持ちを忘れるために買い込んだ官能小説を読み耽った。俺様なヒーローが出てくると悠が意識にちらつくので、帯や粗筋に《俺様》の文字が出てくるものはしっかり避けた。
でも、忘れられない。
「ちゃんと拒絶するべきだった……」
小説を読んでいると、彼に期待を持たせてしまったような感じがあったように思えてくる。誘うつもりなどなかったはずなのに、結果的にそのように振舞ってしまっていたのではないか――そう考えるとモヤモヤする。
悠を好きになるわけがない。……そうなってはならない。
遠ざけるためにはどうしたら良いかと思うと、胸がチクリと痛む。悪いことをしているみたいで、居心地が悪い。
「あぁっ! 土曜日が遠いしっ! 直接話すのも無理だし!」
ベッドの上。ごろりと寝返りを打って枕に顔を沈める。
こうして夜は更けていく。
1
あなたにおすすめの小説
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
祖父の遺言で崖っぷちの私。クールな年下後輩と契約結婚したら、実は彼の方が私にぞっこんでした。
久遠翠
恋愛
広告代理店で働く仕事一筋のアラサー女子・葉月美桜。彼女の前に突きつけられたのは「三十歳までに結婚しなければ、実家の老舗和菓子屋は人手に渡る」という祖父の遺言だった。崖っぷちの美桜に手を差し伸べたのは、社内で『氷の王子』と噂されるクールな年下後輩・一条蓮。「僕と契約結婚しませんか?」――利害一致で始まった、期限付きの偽りの夫婦生活。しかし、同居するうちに見えてきた彼の意外な素顔に、美桜の心は揺れ動く。料理上手で、猫が好きで、夜中に一人でピアノを弾く彼。契約違反だと分かっているのに、この温かい日だまりのような時間に、いつしか本気で惹かれていた。これは、氷のように冷たい契約から始まる、不器用で甘い、とろけるような恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる