36 / 51
第36話 餌付けされたら……今なら、なびいちゃうかもしれません
しおりを挟む
玄関から遠い場所に位置するのが、史華の寝室だ。あっさりとそこまで運ばれて、ひとまずベッドに下された。
「あ、あんまりジロジロ見ないでください……」
幸い、足の踏み場がないほど散らかっているということはなかったが、物がごちゃごちゃと目に入るので賑やかだ。ここに越してきた時には、自分好みのコーディネートを目指していたものの、勉強やらバイトやらで忙しくしていたらこの有り様だ。ただ、どこに何があるのかはきちんと把握できているので、不便に感じたことはない。
悠が部屋をくるりと見回しているのを見て、史華は恥ずかしくてたまらなかった。彼の家を知っているから、なおさら恥ずかしい。彼と自分とでは、部屋の広さもセンスも次元が違う。
「あ、ごめん。なんか、とっても史華ちゃんらしい部屋だなって思って、つい」
答えて、悠は史華に向き直った。
「あたしらしいですか? ……なんか、あまり嬉しくないんですけど」
自慢の部屋というには程遠い部屋をそう言われて、史華は小さく膨れる。
「機能性重視って感じが、特に。色とか見た目よりも、その実用性や耐久性を意識した物が多いな、と感じたんだよ」
告げて、悠は苦笑する。弁解するような言葉に、史華はふっと気を緩めた。
「悠さんって、本当によく見ているんですね」
「職業病みたいなものかもしれないけどね。不快な気持ちにさせるつもりはなかったんだ」
「わかってます」
返して、微笑み合う。やっぱり悠はすごい。
「弁当は温める? 電子レンジの場所を教えてくれれば、俺がやるけど」
「あー、そのままで。ウチのって古くて小さいから、コンビニのお弁当は温められないんです」
「そっか」
しまったな、という顔をする悠に、史華は手を伸ばす。
「床はあまり綺麗にしていないんで、ベッドに座ってください。お弁当、いただけますか?」
本当は離れて食べたいところだが、場所がないので仕方がない。史華が促すと、悠は言われたように近づいてくる。史華の隣に腰を下ろして、コンビニの袋から弁当箱を取り出した。中華丼らしい。
「箸とスプーンの両方をもらってきたけれど、どっちがいい?」
「じゃあ、スプーンで」
「どうぞ」
「いただきます」
消化に良さそうなものとして中華丼を選択するセンスはどうなのだろうかとも一瞬よぎった。だが、コンビニで買えるものを想像してみて、皿が不要なものとなるとそんなに選択肢はないのかもしれないと考える。これ以外だとうどんや蕎麦になりそうで、それでも中華丼を選んだのなら、消化に良いことよりもエネルギーを補給することに重きを置いたのだろう。
気を遣わせてしまったんだな……。
冷たいコンビニ弁当でも充分に美味しいと思えた。悠の気持ちがそこに含まれているような気がして。
「史華ちゃんは、食べているときはいつも幸せそうな顔をしているね」
半分ほどを食べ終えたとき、悠が優しそうな表情で史華を見つめながら告げる。
「そうですか?」
自分ではあまり意識したことがなかった。食べることは確かに好きではあるのだけれど。
「うん。俺にはそう見える。だから、餌付けしたくなるんだよね」
「度がすぎると肥えますよ、あたし」
美味しいものを食べさせてもらえるのはありがたいが、割と太りやすい体質でもある。贅沢をすればあっという間に肥満の仲間入りだ。
「俺は体型を気にするような男じゃないから、好きなだけ食べてくれていいよ」
確かに、彼は線の細い女性よりは肉付きの良い女性を好むと明言していたはずだ。
「それに、太りすぎたときの良いエクササイズを知っているから、そうなったときは手取り足取り教えてあげるよ」
楽しそうに笑ってそんなことを言われると、食べたいだけ食べておくかなんて気持ちになるから不思議だ。高級なものを勧められると気後れするが、美味しいものを好きなだけ食べて良いという状況は歓迎しても良いかもしれない。
「あっ。あたし、身体結構硬いですけど、大丈夫ですかね?」
エクササイズに興味があって訊ねると、悠はぷっと小さく吹き出した。何か変なことでも言っただろうか。史華は首をかしげる。
「ふふっ、うん。たぶん大丈夫。柔らかい方がラクだとは思うけどね」
「そっかぁ……」
悠がどうして笑ったのかわからなかったが、史華は追及せずに中華丼を頬張る。
順調に弁当は空になりつつある。よく考えてみたら、昨夜食べてから起こされるまでずっと寝ていたわけで、何も口にしていなかったことを思い出す。どおりで美味しく感じるわけだ。
「あ。史華ちゃん、お弁当つけてるよ」
弁当箱が空になったとき、横からすっと手が伸びてきた。頬についているらしい何かを取るのだろうと思って悠の方を向くと、彼の手が頬に固定されてしまう。顔が近づいていると気づいて離れようとしたときには、唇を奪われていた。
「あ、あんまりジロジロ見ないでください……」
幸い、足の踏み場がないほど散らかっているということはなかったが、物がごちゃごちゃと目に入るので賑やかだ。ここに越してきた時には、自分好みのコーディネートを目指していたものの、勉強やらバイトやらで忙しくしていたらこの有り様だ。ただ、どこに何があるのかはきちんと把握できているので、不便に感じたことはない。
悠が部屋をくるりと見回しているのを見て、史華は恥ずかしくてたまらなかった。彼の家を知っているから、なおさら恥ずかしい。彼と自分とでは、部屋の広さもセンスも次元が違う。
「あ、ごめん。なんか、とっても史華ちゃんらしい部屋だなって思って、つい」
答えて、悠は史華に向き直った。
「あたしらしいですか? ……なんか、あまり嬉しくないんですけど」
自慢の部屋というには程遠い部屋をそう言われて、史華は小さく膨れる。
「機能性重視って感じが、特に。色とか見た目よりも、その実用性や耐久性を意識した物が多いな、と感じたんだよ」
告げて、悠は苦笑する。弁解するような言葉に、史華はふっと気を緩めた。
「悠さんって、本当によく見ているんですね」
「職業病みたいなものかもしれないけどね。不快な気持ちにさせるつもりはなかったんだ」
「わかってます」
返して、微笑み合う。やっぱり悠はすごい。
「弁当は温める? 電子レンジの場所を教えてくれれば、俺がやるけど」
「あー、そのままで。ウチのって古くて小さいから、コンビニのお弁当は温められないんです」
「そっか」
しまったな、という顔をする悠に、史華は手を伸ばす。
「床はあまり綺麗にしていないんで、ベッドに座ってください。お弁当、いただけますか?」
本当は離れて食べたいところだが、場所がないので仕方がない。史華が促すと、悠は言われたように近づいてくる。史華の隣に腰を下ろして、コンビニの袋から弁当箱を取り出した。中華丼らしい。
「箸とスプーンの両方をもらってきたけれど、どっちがいい?」
「じゃあ、スプーンで」
「どうぞ」
「いただきます」
消化に良さそうなものとして中華丼を選択するセンスはどうなのだろうかとも一瞬よぎった。だが、コンビニで買えるものを想像してみて、皿が不要なものとなるとそんなに選択肢はないのかもしれないと考える。これ以外だとうどんや蕎麦になりそうで、それでも中華丼を選んだのなら、消化に良いことよりもエネルギーを補給することに重きを置いたのだろう。
気を遣わせてしまったんだな……。
冷たいコンビニ弁当でも充分に美味しいと思えた。悠の気持ちがそこに含まれているような気がして。
「史華ちゃんは、食べているときはいつも幸せそうな顔をしているね」
半分ほどを食べ終えたとき、悠が優しそうな表情で史華を見つめながら告げる。
「そうですか?」
自分ではあまり意識したことがなかった。食べることは確かに好きではあるのだけれど。
「うん。俺にはそう見える。だから、餌付けしたくなるんだよね」
「度がすぎると肥えますよ、あたし」
美味しいものを食べさせてもらえるのはありがたいが、割と太りやすい体質でもある。贅沢をすればあっという間に肥満の仲間入りだ。
「俺は体型を気にするような男じゃないから、好きなだけ食べてくれていいよ」
確かに、彼は線の細い女性よりは肉付きの良い女性を好むと明言していたはずだ。
「それに、太りすぎたときの良いエクササイズを知っているから、そうなったときは手取り足取り教えてあげるよ」
楽しそうに笑ってそんなことを言われると、食べたいだけ食べておくかなんて気持ちになるから不思議だ。高級なものを勧められると気後れするが、美味しいものを好きなだけ食べて良いという状況は歓迎しても良いかもしれない。
「あっ。あたし、身体結構硬いですけど、大丈夫ですかね?」
エクササイズに興味があって訊ねると、悠はぷっと小さく吹き出した。何か変なことでも言っただろうか。史華は首をかしげる。
「ふふっ、うん。たぶん大丈夫。柔らかい方がラクだとは思うけどね」
「そっかぁ……」
悠がどうして笑ったのかわからなかったが、史華は追及せずに中華丼を頬張る。
順調に弁当は空になりつつある。よく考えてみたら、昨夜食べてから起こされるまでずっと寝ていたわけで、何も口にしていなかったことを思い出す。どおりで美味しく感じるわけだ。
「あ。史華ちゃん、お弁当つけてるよ」
弁当箱が空になったとき、横からすっと手が伸びてきた。頬についているらしい何かを取るのだろうと思って悠の方を向くと、彼の手が頬に固定されてしまう。顔が近づいていると気づいて離れようとしたときには、唇を奪われていた。
1
あなたにおすすめの小説
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
祖父の遺言で崖っぷちの私。クールな年下後輩と契約結婚したら、実は彼の方が私にぞっこんでした。
久遠翠
恋愛
広告代理店で働く仕事一筋のアラサー女子・葉月美桜。彼女の前に突きつけられたのは「三十歳までに結婚しなければ、実家の老舗和菓子屋は人手に渡る」という祖父の遺言だった。崖っぷちの美桜に手を差し伸べたのは、社内で『氷の王子』と噂されるクールな年下後輩・一条蓮。「僕と契約結婚しませんか?」――利害一致で始まった、期限付きの偽りの夫婦生活。しかし、同居するうちに見えてきた彼の意外な素顔に、美桜の心は揺れ動く。料理上手で、猫が好きで、夜中に一人でピアノを弾く彼。契約違反だと分かっているのに、この温かい日だまりのような時間に、いつしか本気で惹かれていた。これは、氷のように冷たい契約から始まる、不器用で甘い、とろけるような恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる