37 / 51
第37話 押し倒されて
しおりを挟む
史華は目をパチクリさせる。キスの時には目を閉じるものと思ってはいるが、こんなふうに不意打ちを食らったらどうしたらいいのかわからない。
混乱しているうちに、優しくそのまま押し倒された。
「……ま、待って、悠さんっ!」
唇が離れた隙に史華は叫ぶ。弁当箱を落とさないようにと律儀に握っているために手が自由にならない。押し返したいところだが、この状況では無理だ。
制止を望む史華を無視して、悠はもう一度唇を重ねる。
深い、大人のキス。
「んんっ⁉︎」
どうしてこういう状況になったのか、全く思い至らなかった。強いて言うならば、距離が近くて、ベッドに腰を下ろしていたから、ということだろうか。
でも、待って待って! 悠さんは見舞いに来てくれたはずなのに、なんでこんな……。
無理やりのはずなのに舌使いが丁寧で心地よく、抵抗する気持ちが次第に失せてくる。熱が出てきたみたいにぼうっとしてきた。
あたし……なんか、変……。
やっと唇が離れて、史華は浅い呼吸を繰り返した。
「……風邪、うつしちゃいますよ?」
ぼんやりとした視界に悠の姿が映って、史華は寝転んだまま注意する。ただでさえ、昨日のキスで風邪をうつしてしまっていないか心配したのに。
「うつして治すって方法も有名でしょ? 気にしなくていいよ。――でも、本当に風邪をひいてしまったら、看病してくれるよね、史華ちゃん?」
誘惑されているように感じるのは、まだ熱が完全にひいていないからだろうか。悠の甘い声にクラクラしてくる。
「そのときは……まぁ、考えます」
彼を見ていたら流されてしまいそうで、史華は顔を横に向けて視線をそらした。
病み上がりだというのに、長い時間一緒にいたらそれこそ風邪をうつしかねない。ここはお引き取り願おう。
「悠さん、あたし、ちゃんと食べ終えましたから、用事、済んだでしょう? もう帰ってください」
薬は彼が帰った後に飲めばいいと思った。見送るために立ち上がるつもりだし、そのついでに台所に寄ればいい。
「――俺は後悔しているよ。昨日、家に帰すべきじゃなかったって」
空の弁当箱とスプーンを史華の手から取り上げてどこかに置くと、悠はその手を掴んで頭上にまとめた。
「悠さん?」
両手が頭の上で拘束されている。腕を封じられてしまったことに驚いて、史華は悠を見上げる。
何が起こっているの?
「ずっと心配したんだ。連絡が届いたら、すぐにでも駆けつけるつもりでいたんだ。だけど君からは連絡はない。僕は君の連絡先を知らなかったから、余計に心配したよ」
「あ、それは……ごめんなさい。家についてすぐに寝ちゃって……起きたら深夜だったから、連絡したら悪いかなって思って」
嘘はついていない。
ほんの少しだけ仮眠するつもりが、起きた時には日付が変わる頃になっていた。仕事の調整をしていたら日付が変わってしまったし、悠の仕事に支障をきたすようなことをしてはいけないと思って連絡を避けたのだ。
心配させたことは申し訳なく思うが、それとこの状況が結びつかない。
「俺は君の彼氏になりたいんだよ、史華ちゃん。困ったときには、時間とか仕事とか関係なく頼ってほしい」
「そ、そんなこと、できませんっ!」
ひょっとして、悠さんは仕事を放り出してここにいるの?
今は平日の昼間なのだということを今さら思い出す。本来ならこんな場所にいてはいけないはずだ。
「お気持ちはとても嬉しいですけれど、大人なんですから! 悠さんは社長さんなんですし、そんなわがままを言ったら――んっ⁉︎」
黙れと言っているかのようにキスで言葉を封じられた。角度を何度も変えながらの激しい口づけの嵐にあって、史華は抵抗できない。
あたし、怒らせた? だけど、悠さんが社長なのは本当だし、凄腕らしいこともお見合いの場に連れて行かれてわかったわけで、そんな実績を壊すようなこと、あたしのためにしてほしくはない……。
唇から離れて安堵した瞬間、首筋をきつく吸われて身体が震えた。
「やっ……ダメですっ、悠さんっ!」
風邪による熱なのか、それとは別のものなのかわからない。最近読んだ小説の知識で、男女の営みにおける身体の反応は言葉としては理解しているつもりだった。だけど、それがいざ自分の身に降りかかるとなると、少しは覚悟を決めていたはずなのにパニックになる。
「悠さん……っ」
全身を血が駆け巡っている。心拍数が増えているからだ。
「やっ……やめて……」
怖い。
そう感じているが、恐怖の対象は悠だけではなかった。自分の身体の反応に戸惑って、このまま身を任せてしまってもいいのかどうかが怖い。
「……黙っていないで、何か言ってください、悠さん……じゃないと、あたし――」
肩から耳の後ろへと舐め上げられて、史華は声を上げた。身体が震える。
「はぁ……悠さん……」
怒らせただけじゃないのかも知れない。
嫉妬?
悠は無理やり迫るような人ではないと、こんな状況でも史華は信じていた。因幡がするような、力でねじ伏せるような真似はきっとしない、と。
今までだって、多少の不意打ちはあったけれど、少しは強引な面はあったけれど、ちゃんと史華のことを見ているように感じられたし、だからこそ押し切るようなこともしてこなかったのだと思ってきた。
だけど、今は。
史華を見ながら、別の誰かを見ているような――そんな気がしてきた。
「悠さん、あたし、あなたを嫌いになりたくないんです……だから、これ以上は、お願い……」
やめてもらえるだろうか。悠との思い出が全部キラキラしたものであってほしいと願うことは、許されないことなのだろうか。
「史華ちゃん……」
ハッとした顔をして、悠は史華の拘束を解いた。
混乱しているうちに、優しくそのまま押し倒された。
「……ま、待って、悠さんっ!」
唇が離れた隙に史華は叫ぶ。弁当箱を落とさないようにと律儀に握っているために手が自由にならない。押し返したいところだが、この状況では無理だ。
制止を望む史華を無視して、悠はもう一度唇を重ねる。
深い、大人のキス。
「んんっ⁉︎」
どうしてこういう状況になったのか、全く思い至らなかった。強いて言うならば、距離が近くて、ベッドに腰を下ろしていたから、ということだろうか。
でも、待って待って! 悠さんは見舞いに来てくれたはずなのに、なんでこんな……。
無理やりのはずなのに舌使いが丁寧で心地よく、抵抗する気持ちが次第に失せてくる。熱が出てきたみたいにぼうっとしてきた。
あたし……なんか、変……。
やっと唇が離れて、史華は浅い呼吸を繰り返した。
「……風邪、うつしちゃいますよ?」
ぼんやりとした視界に悠の姿が映って、史華は寝転んだまま注意する。ただでさえ、昨日のキスで風邪をうつしてしまっていないか心配したのに。
「うつして治すって方法も有名でしょ? 気にしなくていいよ。――でも、本当に風邪をひいてしまったら、看病してくれるよね、史華ちゃん?」
誘惑されているように感じるのは、まだ熱が完全にひいていないからだろうか。悠の甘い声にクラクラしてくる。
「そのときは……まぁ、考えます」
彼を見ていたら流されてしまいそうで、史華は顔を横に向けて視線をそらした。
病み上がりだというのに、長い時間一緒にいたらそれこそ風邪をうつしかねない。ここはお引き取り願おう。
「悠さん、あたし、ちゃんと食べ終えましたから、用事、済んだでしょう? もう帰ってください」
薬は彼が帰った後に飲めばいいと思った。見送るために立ち上がるつもりだし、そのついでに台所に寄ればいい。
「――俺は後悔しているよ。昨日、家に帰すべきじゃなかったって」
空の弁当箱とスプーンを史華の手から取り上げてどこかに置くと、悠はその手を掴んで頭上にまとめた。
「悠さん?」
両手が頭の上で拘束されている。腕を封じられてしまったことに驚いて、史華は悠を見上げる。
何が起こっているの?
「ずっと心配したんだ。連絡が届いたら、すぐにでも駆けつけるつもりでいたんだ。だけど君からは連絡はない。僕は君の連絡先を知らなかったから、余計に心配したよ」
「あ、それは……ごめんなさい。家についてすぐに寝ちゃって……起きたら深夜だったから、連絡したら悪いかなって思って」
嘘はついていない。
ほんの少しだけ仮眠するつもりが、起きた時には日付が変わる頃になっていた。仕事の調整をしていたら日付が変わってしまったし、悠の仕事に支障をきたすようなことをしてはいけないと思って連絡を避けたのだ。
心配させたことは申し訳なく思うが、それとこの状況が結びつかない。
「俺は君の彼氏になりたいんだよ、史華ちゃん。困ったときには、時間とか仕事とか関係なく頼ってほしい」
「そ、そんなこと、できませんっ!」
ひょっとして、悠さんは仕事を放り出してここにいるの?
今は平日の昼間なのだということを今さら思い出す。本来ならこんな場所にいてはいけないはずだ。
「お気持ちはとても嬉しいですけれど、大人なんですから! 悠さんは社長さんなんですし、そんなわがままを言ったら――んっ⁉︎」
黙れと言っているかのようにキスで言葉を封じられた。角度を何度も変えながらの激しい口づけの嵐にあって、史華は抵抗できない。
あたし、怒らせた? だけど、悠さんが社長なのは本当だし、凄腕らしいこともお見合いの場に連れて行かれてわかったわけで、そんな実績を壊すようなこと、あたしのためにしてほしくはない……。
唇から離れて安堵した瞬間、首筋をきつく吸われて身体が震えた。
「やっ……ダメですっ、悠さんっ!」
風邪による熱なのか、それとは別のものなのかわからない。最近読んだ小説の知識で、男女の営みにおける身体の反応は言葉としては理解しているつもりだった。だけど、それがいざ自分の身に降りかかるとなると、少しは覚悟を決めていたはずなのにパニックになる。
「悠さん……っ」
全身を血が駆け巡っている。心拍数が増えているからだ。
「やっ……やめて……」
怖い。
そう感じているが、恐怖の対象は悠だけではなかった。自分の身体の反応に戸惑って、このまま身を任せてしまってもいいのかどうかが怖い。
「……黙っていないで、何か言ってください、悠さん……じゃないと、あたし――」
肩から耳の後ろへと舐め上げられて、史華は声を上げた。身体が震える。
「はぁ……悠さん……」
怒らせただけじゃないのかも知れない。
嫉妬?
悠は無理やり迫るような人ではないと、こんな状況でも史華は信じていた。因幡がするような、力でねじ伏せるような真似はきっとしない、と。
今までだって、多少の不意打ちはあったけれど、少しは強引な面はあったけれど、ちゃんと史華のことを見ているように感じられたし、だからこそ押し切るようなこともしてこなかったのだと思ってきた。
だけど、今は。
史華を見ながら、別の誰かを見ているような――そんな気がしてきた。
「悠さん、あたし、あなたを嫌いになりたくないんです……だから、これ以上は、お願い……」
やめてもらえるだろうか。悠との思い出が全部キラキラしたものであってほしいと願うことは、許されないことなのだろうか。
「史華ちゃん……」
ハッとした顔をして、悠は史華の拘束を解いた。
1
あなたにおすすめの小説
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
祖父の遺言で崖っぷちの私。クールな年下後輩と契約結婚したら、実は彼の方が私にぞっこんでした。
久遠翠
恋愛
広告代理店で働く仕事一筋のアラサー女子・葉月美桜。彼女の前に突きつけられたのは「三十歳までに結婚しなければ、実家の老舗和菓子屋は人手に渡る」という祖父の遺言だった。崖っぷちの美桜に手を差し伸べたのは、社内で『氷の王子』と噂されるクールな年下後輩・一条蓮。「僕と契約結婚しませんか?」――利害一致で始まった、期限付きの偽りの夫婦生活。しかし、同居するうちに見えてきた彼の意外な素顔に、美桜の心は揺れ動く。料理上手で、猫が好きで、夜中に一人でピアノを弾く彼。契約違反だと分かっているのに、この温かい日だまりのような時間に、いつしか本気で惹かれていた。これは、氷のように冷たい契約から始まる、不器用で甘い、とろけるような恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる