49 / 51
第49話 問題解決
しおりを挟む
静かに車は動き出す。二人きりの空間は少しだけ重い。
「勢いで巻き込んでしまって悪かったね」
工場が見えなくなったところで、悠が告げた。史華は首を横に振る。
「いえ、お気遣いなく。……悠さんは気づいていたんですか?」
「何を?」
車の運転をしながら、悠はちらっと史華を見やる。
「未智佳さんがプリンタを壊した理由」
「いつかやらかすと思ってはいたさ。……ただ、本題はそっちじゃない」
悠の表情が険しいものに変わった。
大型の3Dプリンタを壊したことについては彼らの事業の都合なので、ある意味本題から目を逸らすために意図的に壊したとも考えられよう。つまり、プリンタよりも重要な、隠したいことが彼らにはあったということで。
史華は慎重に言葉を選ぶ。
「不正があった、と?」
「うん。どうもうちのサンプルを横流ししていたようでね。調査をしていたんだ」
「結果はクロだったのですね」
悠はウィンカーを出してスムーズに道を曲がる。
「そう。急ぎの案件だと言って動いてもらったのもフェイクだよ」
それを聞いて、史華はほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、次の契約先を急ぎで探す必要はないんですね」
大型の3Dプリンタで出力してくれる企業を探さないといけないかと気にしていたのだ。
だが、史華の言葉に悠は苦笑した。
「いや、それは別かな」
「必要なんですか?」
「期待していたところだと、うちの依頼に応じられないものがあることに気づいてしまってね。喫緊の案件が間に合いそうになくて」
「なら、仕様がわかれば、お手伝いできるかもしれません――って、出しゃばりすぎですよね。社員でもないのに、社外秘の情報を出せだなんて」
勢いで提案して、史華はすぐに引き下がる。悠の力になりたいと思う気持ちは強くても、越えてはいけない線はある。
身体を重ねたからって、図々しいよね、あたし。
一人で反省していると、悠の手が史華の手に重なった。
「もういっそのこと、うちの社員になりなよ」
「え?」
聞き間違いかと思って悠を見る。悠はちらりと史華を見ると正面に向き直り、ハンドルを切った。
「一つ、先に謝っておかなきゃいけないことがある」
車は近くのコンビニに停まった。悠が向き直る。
「なにを、ですか?」
史華は彼が真剣な表情をしていることに、不安を感じた。なにを言うつもりなのだろうか、それが予想できなくてなおさら怖い。
悠は頭を下げた。
「君の経歴を勝手に調べた。ちゃんと聞き出したかったけれど、大学時代に何か事情があったようだから触れるタイミングが掴めなくて……俺は卑怯なことをした。申し訳ない」
罪を告白されて、史華は思い出す。あの工場を史華が知っているとどうして思ったのか、その答えがそれなのだ。
「それで、あたしがあの工場を利用したことがあるとご存知だったんですか」
「ああ。君の部屋にお邪魔したとき、大学で使っていたのだろう資料が目に入って、もしかしたら、と」
研究室で使っていた資料のいくつかは自分で購入している。素敵な写真も多く、研究の資料としてだけではない価値を感じて手元に残しておきたかったのだ。
まさかそれが、ヒントになるなんて。ううん、あたしを調べようと思ったのは、それだけじゃないよね。
悠は顔を上げない。史華はふぅ、と息を吐いた。
「……あたしが悠さんの叔母さんと繋がりがあったんじゃないかと疑っていたからでもあるのでしょう?」
「すまない」
「もういいですよ。悠さんの事情はさっきお聞きしましたし。疑い深くなってしまうのも仕方がないと思います」
「許さなくていい」
「そうですね……勝手に素性を調べられた件については許さないつもりですけど――」
史華の言葉に、悠は少しだけ顔を上げた。珍しい、不安そうな顔。それを見て、史華は困ったように笑った。
「あたしの素性を知った上で、恋人として付き合っていきたいと思っていただけたのであれば、嬉しいです」
その返答に、悠は顔を上げて首を横に振った。
「恋人としてじゃない。結婚を前提として、史華ちゃんと付き合いたいんだ」
結婚を前提として。
その言葉に史華は焦った。
「あ、あたしでいいんですか?」
「君がいいんだ」
胸がときめく。口説かれるってこういう気持ちなんだ。
史華が戸惑っているうちに悠に唇を奪われる。
「――仕切り直そうか。夕食がまだだったね」
シートベルトを付け直すように促される。安全確認をするなり、車は発進したのだった。
「勢いで巻き込んでしまって悪かったね」
工場が見えなくなったところで、悠が告げた。史華は首を横に振る。
「いえ、お気遣いなく。……悠さんは気づいていたんですか?」
「何を?」
車の運転をしながら、悠はちらっと史華を見やる。
「未智佳さんがプリンタを壊した理由」
「いつかやらかすと思ってはいたさ。……ただ、本題はそっちじゃない」
悠の表情が険しいものに変わった。
大型の3Dプリンタを壊したことについては彼らの事業の都合なので、ある意味本題から目を逸らすために意図的に壊したとも考えられよう。つまり、プリンタよりも重要な、隠したいことが彼らにはあったということで。
史華は慎重に言葉を選ぶ。
「不正があった、と?」
「うん。どうもうちのサンプルを横流ししていたようでね。調査をしていたんだ」
「結果はクロだったのですね」
悠はウィンカーを出してスムーズに道を曲がる。
「そう。急ぎの案件だと言って動いてもらったのもフェイクだよ」
それを聞いて、史華はほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、次の契約先を急ぎで探す必要はないんですね」
大型の3Dプリンタで出力してくれる企業を探さないといけないかと気にしていたのだ。
だが、史華の言葉に悠は苦笑した。
「いや、それは別かな」
「必要なんですか?」
「期待していたところだと、うちの依頼に応じられないものがあることに気づいてしまってね。喫緊の案件が間に合いそうになくて」
「なら、仕様がわかれば、お手伝いできるかもしれません――って、出しゃばりすぎですよね。社員でもないのに、社外秘の情報を出せだなんて」
勢いで提案して、史華はすぐに引き下がる。悠の力になりたいと思う気持ちは強くても、越えてはいけない線はある。
身体を重ねたからって、図々しいよね、あたし。
一人で反省していると、悠の手が史華の手に重なった。
「もういっそのこと、うちの社員になりなよ」
「え?」
聞き間違いかと思って悠を見る。悠はちらりと史華を見ると正面に向き直り、ハンドルを切った。
「一つ、先に謝っておかなきゃいけないことがある」
車は近くのコンビニに停まった。悠が向き直る。
「なにを、ですか?」
史華は彼が真剣な表情をしていることに、不安を感じた。なにを言うつもりなのだろうか、それが予想できなくてなおさら怖い。
悠は頭を下げた。
「君の経歴を勝手に調べた。ちゃんと聞き出したかったけれど、大学時代に何か事情があったようだから触れるタイミングが掴めなくて……俺は卑怯なことをした。申し訳ない」
罪を告白されて、史華は思い出す。あの工場を史華が知っているとどうして思ったのか、その答えがそれなのだ。
「それで、あたしがあの工場を利用したことがあるとご存知だったんですか」
「ああ。君の部屋にお邪魔したとき、大学で使っていたのだろう資料が目に入って、もしかしたら、と」
研究室で使っていた資料のいくつかは自分で購入している。素敵な写真も多く、研究の資料としてだけではない価値を感じて手元に残しておきたかったのだ。
まさかそれが、ヒントになるなんて。ううん、あたしを調べようと思ったのは、それだけじゃないよね。
悠は顔を上げない。史華はふぅ、と息を吐いた。
「……あたしが悠さんの叔母さんと繋がりがあったんじゃないかと疑っていたからでもあるのでしょう?」
「すまない」
「もういいですよ。悠さんの事情はさっきお聞きしましたし。疑い深くなってしまうのも仕方がないと思います」
「許さなくていい」
「そうですね……勝手に素性を調べられた件については許さないつもりですけど――」
史華の言葉に、悠は少しだけ顔を上げた。珍しい、不安そうな顔。それを見て、史華は困ったように笑った。
「あたしの素性を知った上で、恋人として付き合っていきたいと思っていただけたのであれば、嬉しいです」
その返答に、悠は顔を上げて首を横に振った。
「恋人としてじゃない。結婚を前提として、史華ちゃんと付き合いたいんだ」
結婚を前提として。
その言葉に史華は焦った。
「あ、あたしでいいんですか?」
「君がいいんだ」
胸がときめく。口説かれるってこういう気持ちなんだ。
史華が戸惑っているうちに悠に唇を奪われる。
「――仕切り直そうか。夕食がまだだったね」
シートベルトを付け直すように促される。安全確認をするなり、車は発進したのだった。
1
あなたにおすすめの小説
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
祖父の遺言で崖っぷちの私。クールな年下後輩と契約結婚したら、実は彼の方が私にぞっこんでした。
久遠翠
恋愛
広告代理店で働く仕事一筋のアラサー女子・葉月美桜。彼女の前に突きつけられたのは「三十歳までに結婚しなければ、実家の老舗和菓子屋は人手に渡る」という祖父の遺言だった。崖っぷちの美桜に手を差し伸べたのは、社内で『氷の王子』と噂されるクールな年下後輩・一条蓮。「僕と契約結婚しませんか?」――利害一致で始まった、期限付きの偽りの夫婦生活。しかし、同居するうちに見えてきた彼の意外な素顔に、美桜の心は揺れ動く。料理上手で、猫が好きで、夜中に一人でピアノを弾く彼。契約違反だと分かっているのに、この温かい日だまりのような時間に、いつしか本気で惹かれていた。これは、氷のように冷たい契約から始まる、不器用で甘い、とろけるような恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる