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影の王女の成婚
影の王女の成婚
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私が困惑していると、バルドゥインはひきだしから一通の手紙を取り出して机に置いた。
「それは?」
「マリアンネからの手紙だ」
「え?」
――姉様の手紙?
私は吸い寄せられるように机に置かれた封筒に近づく。バルドゥインが手に取れと促すので、私は恐る恐るそれを取って中身を確認する。
手紙に目を通し、私はバルドゥインを見た。
「なぜ、私に?」
「彼女は僕が誰に惹かれていたのか見抜いていたし、こうなる未来を予知していた」
手紙には彼が言うような内容がしたためられていた。姉の文字を見間違える私ではないので、これが本物であることは保証できる。
「あの茶会で暗殺される可能性については私も聞かされていたことです。なので、気をつけるようにと言われて送り込まれました」
「そうだったか」
私は手紙を元通りに封筒に戻して、そっと机に置いた。
「手違いでバルドゥイン様が襲われる可能性も高く、そのときの対応もシミュレーションしておりました」
「なるほど」
「致命傷を避けられたことからも、それは明白でしょう」
私は脇腹の傷に手を添える。
もう昔の話だ。事件の真相も明らかになって首謀者は裁かれた。これ以上話すこともない。
「この手紙をもらっていたのに、僕は君を守れなかった」
「あの頃は互いに未熟な子どもでしたから」
十年も前のことなのだ。私たちがあの頃と違うのは当然である。見た目も地位も大きく変った。
私は気にするなと微笑む。
「私は仕事に戻ります」
「マグダレナ。君に新しい仕事を頼みたい」
「身体のお相手でしょうか?」
「僕の妻になってほしい」
間髪いれずに告げられて、私は目を瞬かせた。
「妻?」
「そもそも、婚約者は君じゃないか」
机の向こうで座っていたバルドゥインが私の立つ場所に回り込んだ。
「いえ、あなた様の婚約者はマリアンネ様であって、もう死去されております」
「僕が求婚した相手は君だ」
手を握られる。
私は首を横に振った。
「国王になられる方には相応しい女性がいらっしゃるはずです。私は……その、あの時間を与えていただけただけで充分です。私は祖国の復興が進むことを願い、裏から支えられればいいので――んん!」
口づけられた。ねっとりと、深く口づけられて暴れると抱きすくめられた。
「ちょっ」
「僕の隣で、復興支援に励んでほしい。君の地位は回復させる」
「どうやって?」
「こうするのさ」
バルドゥインは私の腰元を撫でた。そこには、かの茶会で負った傷がある。
「え……ええ?」
「案ずるな。必ずや認めさせる」
再び口づけられた私は、素直に応じた。
「私……いいのでしょうか?」
手紙には、マリアンネがバルドゥインを慕っていることも綴られていたが、もう一つ重要なことも書かれていた。
《私が死んでも貴方の愛するマリアンネは残ります。どうか彼女を見つけ出し、幸せにしてやってください。私の影をよろしく頼みます。》
姉様は影である私の幸せも願っていたのだ。後ろめたく感じるのではなく、彼女の願いを受け止めるのがよいのだとやっと思えた。
「胸を張っていい。マグダレナではなく、マリアンネとして生きることを強いるが、それでも受けてくれるか?」
もう、迷わない。
私は努めて笑顔を作った。
「はい、喜んで」
*****
婚約者としてのお披露目の場の控え室にて、私は困り果てていた。
「や、やはりこの衣装は……さすがに王家の気品を損なうのではと」
腰元が大きく開いた意匠のドレスを私は着せられていた。あの日の傷痕が周りからよく見えるようにと開けられているのだ。
「君はその傷も含めてとても綺麗だ。国王を救った英雄なのだから、堂々としていればいいんだよ、マリアンネ」
呼びに来てくれたバルドゥインが機嫌よく返す。
だが、私は不安を払拭できない。
「ですが……」
「その煌めく髪色にもよく映えるドレスだ」
彼の瞳と同じ色のドレスは、私の白い肌をより美しく強調してくれる。傷のあたりに視線が集まりやすい。
「ですが……」
ここまで来たらどうにもならないのはわかっている。
私がもたもたしていると、バルドゥインは私を横抱きにした。
「覚悟を決めろ、マリアンネ。もう時間だ」
「じ、自分で歩きます!」
「遠慮するな」
使用人たちが扉を開けてくれる。拍手が私たちを包み込んだ。
こうして、私たちは新しい道をともに歩き出した。
《終わり》
「それは?」
「マリアンネからの手紙だ」
「え?」
――姉様の手紙?
私は吸い寄せられるように机に置かれた封筒に近づく。バルドゥインが手に取れと促すので、私は恐る恐るそれを取って中身を確認する。
手紙に目を通し、私はバルドゥインを見た。
「なぜ、私に?」
「彼女は僕が誰に惹かれていたのか見抜いていたし、こうなる未来を予知していた」
手紙には彼が言うような内容がしたためられていた。姉の文字を見間違える私ではないので、これが本物であることは保証できる。
「あの茶会で暗殺される可能性については私も聞かされていたことです。なので、気をつけるようにと言われて送り込まれました」
「そうだったか」
私は手紙を元通りに封筒に戻して、そっと机に置いた。
「手違いでバルドゥイン様が襲われる可能性も高く、そのときの対応もシミュレーションしておりました」
「なるほど」
「致命傷を避けられたことからも、それは明白でしょう」
私は脇腹の傷に手を添える。
もう昔の話だ。事件の真相も明らかになって首謀者は裁かれた。これ以上話すこともない。
「この手紙をもらっていたのに、僕は君を守れなかった」
「あの頃は互いに未熟な子どもでしたから」
十年も前のことなのだ。私たちがあの頃と違うのは当然である。見た目も地位も大きく変った。
私は気にするなと微笑む。
「私は仕事に戻ります」
「マグダレナ。君に新しい仕事を頼みたい」
「身体のお相手でしょうか?」
「僕の妻になってほしい」
間髪いれずに告げられて、私は目を瞬かせた。
「妻?」
「そもそも、婚約者は君じゃないか」
机の向こうで座っていたバルドゥインが私の立つ場所に回り込んだ。
「いえ、あなた様の婚約者はマリアンネ様であって、もう死去されております」
「僕が求婚した相手は君だ」
手を握られる。
私は首を横に振った。
「国王になられる方には相応しい女性がいらっしゃるはずです。私は……その、あの時間を与えていただけただけで充分です。私は祖国の復興が進むことを願い、裏から支えられればいいので――んん!」
口づけられた。ねっとりと、深く口づけられて暴れると抱きすくめられた。
「ちょっ」
「僕の隣で、復興支援に励んでほしい。君の地位は回復させる」
「どうやって?」
「こうするのさ」
バルドゥインは私の腰元を撫でた。そこには、かの茶会で負った傷がある。
「え……ええ?」
「案ずるな。必ずや認めさせる」
再び口づけられた私は、素直に応じた。
「私……いいのでしょうか?」
手紙には、マリアンネがバルドゥインを慕っていることも綴られていたが、もう一つ重要なことも書かれていた。
《私が死んでも貴方の愛するマリアンネは残ります。どうか彼女を見つけ出し、幸せにしてやってください。私の影をよろしく頼みます。》
姉様は影である私の幸せも願っていたのだ。後ろめたく感じるのではなく、彼女の願いを受け止めるのがよいのだとやっと思えた。
「胸を張っていい。マグダレナではなく、マリアンネとして生きることを強いるが、それでも受けてくれるか?」
もう、迷わない。
私は努めて笑顔を作った。
「はい、喜んで」
*****
婚約者としてのお披露目の場の控え室にて、私は困り果てていた。
「や、やはりこの衣装は……さすがに王家の気品を損なうのではと」
腰元が大きく開いた意匠のドレスを私は着せられていた。あの日の傷痕が周りからよく見えるようにと開けられているのだ。
「君はその傷も含めてとても綺麗だ。国王を救った英雄なのだから、堂々としていればいいんだよ、マリアンネ」
呼びに来てくれたバルドゥインが機嫌よく返す。
だが、私は不安を払拭できない。
「ですが……」
「その煌めく髪色にもよく映えるドレスだ」
彼の瞳と同じ色のドレスは、私の白い肌をより美しく強調してくれる。傷のあたりに視線が集まりやすい。
「ですが……」
ここまで来たらどうにもならないのはわかっている。
私がもたもたしていると、バルドゥインは私を横抱きにした。
「覚悟を決めろ、マリアンネ。もう時間だ」
「じ、自分で歩きます!」
「遠慮するな」
使用人たちが扉を開けてくれる。拍手が私たちを包み込んだ。
こうして、私たちは新しい道をともに歩き出した。
《終わり》
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