76 / 96
神さま(?)拾いました【本編完結】
20.因果律に作用することはできないけど
しおりを挟む
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アニキが置いていってくれた食べ物を適当に選んで食べる。なにを口にしても味がしなかった。
「――弓弦ちゃん?」
「ひゃいっ!」
空腹を満たすためだけに昼食をとって、その片付けを無心でやっていたら神様さんがひょいっと顔を覗き込んできた。びっくりした。距離が近いぞ。
裏返った声を出してしまって恥ずかしい。ご近所さんにまで響き渡っていないといいけど。
作業を終えた私は、濡れていた手をタオルで拭く。
「な、なんですか、いきなり」
「いきなりじゃないよ。何度も声をかけたのに心ここに在らずだったからさ」
「ああ、それはごめんなさい。無視していたわけじゃないんですよ」
本当に聞こえていなかった。彼がここにいるという気配は感じていたが、声をかけられているとは思わなかったのだ。
彼は眉尻を下げた。
「疲れているときにいろいろなことが同時多発的に起きたから仕方がないのかもしれないけど、僕は心配だよ」
「あはは……大丈夫ではないですよねぇ」
自分でも変だと自覚している。通常の状態ではない。
そもそも十八連勤なんてしたことがなかった。過労で体力が落ちていたところでとどめを刺すようにケイスケの浮気発覚である。肉体も精神も滅茶苦茶な状態で泥酔して、神様さんを拾って、近所では事件発生中で。
私は私の思う平穏な生活を望んでいるだけなのに。
笑ったあとに特大のため息をつく。
「電源を切りっぱなしにしているあれもそのままでいいのかい?」
私と会話できるようになったと考えたからだろう。一度距離を取るためか、彼は所定の位置と化したダイニングテーブルの前に腰を下ろす。
「スマホは……大丈夫じゃないですかね」
電源を入れたらケイスケから電話がかかってきそうで、それが心底嫌だった。アニキからの電話でも取れない自信がある。ならばしばらくは黙らせておくのがいい。
それにアニキにしろケイスケにしろ、この家を知っているのだ。用事があるならここを訪ねるだろう。
彼はスマホが置いてある寝室から窓の外に視線を移した。
「少し外に出る? 気分転換さ」
「出るのは得策じゃないってアニキが言っていたので、やめておきます。警察も訪ねてきましたしね。犯人が捕まるまでは静かにしておくのが吉かと」
「傷害事件の、か」
腕を組んでふむと頷いた。顔色が曇っている。
「私、関係ないですよね?」
神様さんはあの一昨日の夜のことをよく覚えていないのだと告げていた。私自身も断片さえほとんど思い出せない状態だ。
だから、絶対に事件と無関係だという保証はない。
不安な私に、彼は真面目な顔をする。
「犯行時刻に近くにいた可能性は高いとは思うけど、巻き込んではいないんじゃないかな」
「巻き込まれて、じゃないんですか?」
私は小さく笑う。
彼は首をコテンと横に倒した。
「言い間違えたわけじゃないんだけどな」
「んん?」
彼は不思議そうな顔をしている。どういう意味だろう。
じっと見つめていると、彼は不意に手をポンっと叩いた。
「そうだ。あの時刻、なにがあったのか覗いてみるかい?」
「覗く?」
いきなりなにを言い出すのだ。
私が目を瞬かせていると、彼は立ち上がった。
「犯人が捕まるまで外に出られないのは不便だし、僕の力を使って疑問点は解決してしまおう」
「そんなことが可能なんですか?」
「因果律に作用することはできないんだけど、観測することは可能だからね」
「んんんんん?」
聞き慣れない単語が出てきたぞ。
私がちょっと待てと片手を上げると、神様さんはニコニコした。
「過去に戻って事件をなかったことにすることはできないけれど、なにが起きていたのかについては見る手段があるってことさ。君が事件に関わっているのか無関係なのかははっきりするんじゃないかな」
とても都合のよさそうな提案である。だが、そういうときこそ慎重になるべきだ。
私は彼をじっと見る。
「その代償、キツイんじゃないですか?」
「負担が少ない方法をとるよ。それに、君も知りたいでしょ?」
「犯人を、ですか?」
私が質問を質問で返せば、彼は首を横に振った。
「ううん。最寄りの駅からここに帰ってくるまでになにがあったのかってこと」
「それはまあ、知りたいですけど」
酩酊状態の自分がどうやって帰ってきたのかについては興味はある。ショルダーバッグの傷とか行方不明になった御守りとか、おそらくなんらかの情報を得られるだろう。
浅く頷くと、彼は私に近づいた。
「記憶っていうのはね、消えてしまうことは滅多にないんだよ。忘れてしまうことの本質は、記憶に接続できなくなるってところで」
「その考え方については納得できますけど――」
「そういうことだからさ、ちょっと君の記憶に潜ってみようか」
「はい?」
両手をがしっと握られた。彼はニコッと笑う。
「大丈夫だいじょうぶ。危なくなったらやめるから」
ふっと彼の唇が笑みに変わる。それを認識した瞬間、視界が暗転した。
アニキが置いていってくれた食べ物を適当に選んで食べる。なにを口にしても味がしなかった。
「――弓弦ちゃん?」
「ひゃいっ!」
空腹を満たすためだけに昼食をとって、その片付けを無心でやっていたら神様さんがひょいっと顔を覗き込んできた。びっくりした。距離が近いぞ。
裏返った声を出してしまって恥ずかしい。ご近所さんにまで響き渡っていないといいけど。
作業を終えた私は、濡れていた手をタオルで拭く。
「な、なんですか、いきなり」
「いきなりじゃないよ。何度も声をかけたのに心ここに在らずだったからさ」
「ああ、それはごめんなさい。無視していたわけじゃないんですよ」
本当に聞こえていなかった。彼がここにいるという気配は感じていたが、声をかけられているとは思わなかったのだ。
彼は眉尻を下げた。
「疲れているときにいろいろなことが同時多発的に起きたから仕方がないのかもしれないけど、僕は心配だよ」
「あはは……大丈夫ではないですよねぇ」
自分でも変だと自覚している。通常の状態ではない。
そもそも十八連勤なんてしたことがなかった。過労で体力が落ちていたところでとどめを刺すようにケイスケの浮気発覚である。肉体も精神も滅茶苦茶な状態で泥酔して、神様さんを拾って、近所では事件発生中で。
私は私の思う平穏な生活を望んでいるだけなのに。
笑ったあとに特大のため息をつく。
「電源を切りっぱなしにしているあれもそのままでいいのかい?」
私と会話できるようになったと考えたからだろう。一度距離を取るためか、彼は所定の位置と化したダイニングテーブルの前に腰を下ろす。
「スマホは……大丈夫じゃないですかね」
電源を入れたらケイスケから電話がかかってきそうで、それが心底嫌だった。アニキからの電話でも取れない自信がある。ならばしばらくは黙らせておくのがいい。
それにアニキにしろケイスケにしろ、この家を知っているのだ。用事があるならここを訪ねるだろう。
彼はスマホが置いてある寝室から窓の外に視線を移した。
「少し外に出る? 気分転換さ」
「出るのは得策じゃないってアニキが言っていたので、やめておきます。警察も訪ねてきましたしね。犯人が捕まるまでは静かにしておくのが吉かと」
「傷害事件の、か」
腕を組んでふむと頷いた。顔色が曇っている。
「私、関係ないですよね?」
神様さんはあの一昨日の夜のことをよく覚えていないのだと告げていた。私自身も断片さえほとんど思い出せない状態だ。
だから、絶対に事件と無関係だという保証はない。
不安な私に、彼は真面目な顔をする。
「犯行時刻に近くにいた可能性は高いとは思うけど、巻き込んではいないんじゃないかな」
「巻き込まれて、じゃないんですか?」
私は小さく笑う。
彼は首をコテンと横に倒した。
「言い間違えたわけじゃないんだけどな」
「んん?」
彼は不思議そうな顔をしている。どういう意味だろう。
じっと見つめていると、彼は不意に手をポンっと叩いた。
「そうだ。あの時刻、なにがあったのか覗いてみるかい?」
「覗く?」
いきなりなにを言い出すのだ。
私が目を瞬かせていると、彼は立ち上がった。
「犯人が捕まるまで外に出られないのは不便だし、僕の力を使って疑問点は解決してしまおう」
「そんなことが可能なんですか?」
「因果律に作用することはできないんだけど、観測することは可能だからね」
「んんんんん?」
聞き慣れない単語が出てきたぞ。
私がちょっと待てと片手を上げると、神様さんはニコニコした。
「過去に戻って事件をなかったことにすることはできないけれど、なにが起きていたのかについては見る手段があるってことさ。君が事件に関わっているのか無関係なのかははっきりするんじゃないかな」
とても都合のよさそうな提案である。だが、そういうときこそ慎重になるべきだ。
私は彼をじっと見る。
「その代償、キツイんじゃないですか?」
「負担が少ない方法をとるよ。それに、君も知りたいでしょ?」
「犯人を、ですか?」
私が質問を質問で返せば、彼は首を横に振った。
「ううん。最寄りの駅からここに帰ってくるまでになにがあったのかってこと」
「それはまあ、知りたいですけど」
酩酊状態の自分がどうやって帰ってきたのかについては興味はある。ショルダーバッグの傷とか行方不明になった御守りとか、おそらくなんらかの情報を得られるだろう。
浅く頷くと、彼は私に近づいた。
「記憶っていうのはね、消えてしまうことは滅多にないんだよ。忘れてしまうことの本質は、記憶に接続できなくなるってところで」
「その考え方については納得できますけど――」
「そういうことだからさ、ちょっと君の記憶に潜ってみようか」
「はい?」
両手をがしっと握られた。彼はニコッと笑う。
「大丈夫だいじょうぶ。危なくなったらやめるから」
ふっと彼の唇が笑みに変わる。それを認識した瞬間、視界が暗転した。
1
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる