西の大賢者様。愛弟子たちは自覚が足らないようです。

一花カナウ

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残された弟子たちの話

二番目の魔法使い

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 僕は二番目でいい――諦め気味に自分に言い聞かせたのはいつのことだったか。
 彼の背中を見れば、自分にないものを嫌でも意識させられる。全てにおいて彼の次というわけじゃなく、僕にだってギリギリであれ勝てる部分はあったのだけれど、どうしても霞んでしまって二番目のイメージが身体に刻まれてしまっていた。

 ――格好いいんだもんな……

 とりわけ目立つタイプではないはずなのに、印象に深く刻まれる彼に憧れて、僕は引き離されまいとひっそりと努力をしたのだった。

 *****

 師匠が死んだと聞いて、僕は彼が後継者になるんだろうとすぐに直感した。独立してしまった僕よりは、師匠のそばで支え続けてきた彼のほうが他の弟子たちにとっても都合がよいだろうから。
 だから、久しぶりに彼が僕を訪ねてきたとき、どういうことなのかよくわからなかった。

「――葬儀に参列しなかったことを咎めにでもきたんですか?」

 僕が自分の力で立ち上げた魔術研究所。そこに彼が訪ねてきたのは師匠が亡くなったと聞いてわりとすぐだった。葬儀を終えてすぐに出立したのだろう。
 人払いを済ませた応接室で、彼にお茶を出しながら僕は尋ねた。

「いや。どうせ来ないだろうと予想していたから、別に」
「でも、師匠が亡くなったこととは関連しているのでしょう?」
「さすがはルーンだ。察しがいい」

 少しやつれたような気がする。生気の感じられない目を伏せて、彼は言葉を続ける。

「死に際に『俺の財宝なら秘密の部屋に隠してある。好きなだけ探せばよい』と言っていた。《秘密の部屋》の場所、お前はわかるか?」

 彼は尋ねたが、口ぶりを見るに僕に答えを聞きにきたわけではなさそうだ。
 この様子だと、彼は《秘密の部屋》に心当たりがある。間違いない。
 僕は自分の眼鏡に触れた。

「ええ。だいたい想像がつきますよ」

 師匠の元で学んでいた頃、とてもお世話になった場所のことだろう。一部の弟子にしか出入りさせなかった、師匠が世界各地から集めてきた知識の数々が集められた部屋だ。
 他者が簡単に入れないように、そこに行き着くのも地理的に難しく、かつ、魔法でカムフラージュされているので、それなりの魔道士しかたどり着けない。とはいえ、彼や僕ならたやすいのだけれど。

「じゃあ、話は早い。《秘密の部屋》で、昔話でもしようじゃないか。ついでに財宝とやらも拝んでさ。――ああ、そうだな……こっちはまだしばらくゴタゴタしちまうだろうから、大賢者様の命日に集合ってことで」
「ずいぶん先の話ですね」

 てっきり、来月にでも、と言い出すと思っていたのに意外である。何か理由でもあるのだろうか。

「国への手続きが山のように残っているのと、残された弟子の世話と、このあとリリィを探さなきゃいけなくてだな。あいつ、どこにいるんだ?」

 リリィというのは、師匠が可愛がっていた娘である。拾い子なのだが、赤子だった頃から育てられていて、おそらく一番可愛がられていたと思う。実際、とても愛らしい顔をしていて、弟子たちに人気があった。

「北の大陸でちょっと軽くドラゴン退治してくる――と聞いたのが最後だったかと。資料を貸し出す代わりに牙をいただくことになっています」
「ちょっと軽く……リリィも強くなったな……」
「身体の心配はしないんですね」
「まあ、あいつなら簡単だろうし。――それよりか、俺は結婚の心配をしているぞ。大賢者様も孫が見れたらなあなんて、冗談を言うくらいだったし」

 たしかに結婚を考える年齢にはとうの昔になっていた。女性であれば子どもを産む年齢も考慮するだろうから、家庭を持つつもりならそろそろ真剣に考えたほうがいいはずだ。

「アウルはリリィと結婚する気はないんですか?」

 ふと、彼に探りを入れるつもりで尋ねた。リリィが彼を好いているのは自明である。
 僕は昔振られて、「二番目には好きなんだけどね」と言われてしまっていた。こんなところまで彼の次だなんてと毒づいたのは十年近く昔の話なのによく覚えている。
 彼は苦笑した。

「俺はルーンのほうがお似合いだと思っているんだけどな。俺にはやらなきゃいけないことがあるから、あいつを幸せにしてやれん」
「やらなきゃいけないこと?」
「――ま、リリィにその気がなけりゃ、意味ないか。んじゃ、今日はこれでお暇するよ」

 彼はこれ以上の詮索を受けたくなかったのか、逃げるように帰っていった。

 *****

 彼の『やらなきゃいけないこと』が、まさか自殺だなんて思うだろうか。
 僕は自殺未遂で気絶している彼を背負いながらあきれていた。

「……師匠はこうなることを見越していたんでしょうね」
「そうね。アウルを止められるとしたら、私たちだけだろうし」

 隣で荷物を預かってくれているリリィが頷いて、言葉を続ける。

「そういえば、師匠、言っていたっけ。アウルは死にたがっていたのを拾ったんだって。その力はきっと世の中で役に立てられる。制御の仕方を教えるから、生きなさいって説得したんだって」
「へえ。初耳です」
「あれ? ルーンのほうが付き合い長いんじゃなかったの? 私より歳が近いでしょ?」
「そうですけど、僕が出会ったときはもうその才能を発揮していたときなので――」

 そう答えて思い出した。師匠が僕を弟子にすると宣言したときのことを。

 ――いいかい、ルーン。君は聡い子だ。だから、アウルが道を誤りそうになったとき、君が導き手となりなさい。また、アウルの背中が見える間は、彼が君の導き手になることだろう。君たちの星の巡りはそういうものだ。互いが互いを刺激し合う、それが重要なんだ。覚えていなさい。

「……ルーン?」

 名を呼ばれてハッとした。視界が歪んでいる。涙を拭おうにも眼鏡が邪魔だし、アウルを背負っているしで、どうにもならない。
 僕は立ち止まって、洟をすすった。

「悪い。師匠のことを思い出してしまって」
「いいの、泣いても。私たちにとっては親同然だったんだから。こういうときくらい泣いていいって、本で読んだよ」
「へぇ。リリィは物語も読めるようになったんですね」
「話の腰を折らないで!」
「ははは」

 リリィをからかっていたら元気が出たような気がする。
 落ちてきそうなアウルの位置を直して、僕は一歩を踏み出す。

 ――まだ、二番目でいい。でも、アウルの隣にいても誰もが納得してくれるような二番目の存在でありたい。

 心の中で密かに決意し、僕たちは消えていく思い出の場所から去ったのだった。

《完》
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