西の大賢者様。愛弟子たちは自覚が足らないようです。

一花カナウ

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世界の終焉について

世界の在り方終わり方

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 いつだったか、師匠は演劇を観に連れて行ってくれた。
 物語に興味を持てなかった俺としてはとても億劫だったのだけれど、ある一点だけは実際に目で見てよかったと思えた。

「すげぇ……」

 舞台の上に作られた精巧な街並みが、一瞬で廃墟に変わったからだ。
 どんなに華やかにきわめようとも、いつかは終わりを迎えて滅びて朽ちる――そんな物語の一番の盛り上がりのシーンだった。

「魔法に頼らずとも、こういう演出は可能なんだよ」
「魔法じゃないからこそ、こういうのが響く気がする」
「へえ。お前がそんな気持ちになるなんてな。連れてきてよかった。お前は器用だから、なんでも魔法で解決しようとするきらいがある。いい勉強になったな」

 そう言って、俺の頭を撫でてくる。
 もう師匠と同じくらいの背丈にはなっていたはずだけれど、いつまでも子ども扱いで腹立たしく感じることさえあったけれど、師匠を超えるまでまだまだ猶予があるように思えて、なんとなく甘えていたくて、俺は膨れるだけで済ませた。

 いつかは何事にも終わりが訪れる。
 予告もなく唐突に訪れることもあれば、なんらかの形で情報がもたらされることもある。

 師匠が突然に死んで、これまで思い出さなかったこと。
 今、思い出せたのは、たぶん、予感があったからだ。


*****


「……アウル」
「リリィ? もういないんじゃないかと思ってた」

 目が覚めたのは同時だったみたいで、リリィは俺の上からゆっくりと身体を起こした。困った顔をして見下ろしてくる。
 長い髪のひと束を耳にかけて、悩ましい吐息を漏らす。

「いや、その……あのね? アウル、子づくりって、たぶん、こうじゃないの。わざと? わざとやってる?」
「んー、なんかそんな気は……した」
「する気がないならそれでいいよ。世界に求められようとも、私たちは私たちであって、干渉されるべきじゃないと思うから。じゃないと、こんな姿をしている意味もなくなっちゃうと思うから」

 どうしたらいいのと、この状況を受け入れきれていないらしいリリィはベッドからおりようとしない。彼女らしくない言い訳ばかりだ。

「お前は子どもがほしいのか?」
「一応は。身体は産むようにできているし、そうしろって頭の中がうるさい」

 リリィは頭を何度か指先でつつきながら、ウンザリと言いたげな顔をした。
 もしかすると、この前に魔物が接触して告げてきたようなことを、彼らは遠隔でリリィに伝え続けているのかもしれない。

「そういうふうに作られているのも面倒そうだな。俺は男でよかった」

 子どもがほしいと思えないようにできているのは欠陥なのではないかと考えつつ、俺は同情する言葉を告げる。

「アウルがダメなら、ルーンに頼んでみようかな……この世界が終わる前に子どもを産んでおきたいんだけど」
「それは……なんか複雑な気分だ……」

 同じ師匠を持つ仲間であるルーンがリリィに好意を寄せているのは知っているが、だからといって子づくりをしようと誘うのはなにか違う気がする。

 喜ぶのは喜ぶんだろうけど、あとで後悔するんじゃなかろうか……。

「じゃあ、アウルがどうにかしてよ」
「発情期かなにかか、お前」
「夜這いに来たのはそっちのくせに!」
「そういう返しをするか?」

 ムカッとしたらしいリリィに襲われそうになって慌てて止めていると、ドアが開いた。

「リリィ⁉︎ アウルが――って、どういう状況ですかっ⁉︎」

 部屋に入ってきたのはルーンで、すごく見られたらまずい場面だったな、と俺はそう思って、考えることを放棄した。


*****


「――ふむ」

 俺がとっていた部屋にルーンとリリィが集まった。そこにもう一人、元気な赤児がいる。

「きゃっきゃっ!」
「てっきりアウルが赤ん坊になったんだと思ってびっくりしたんですよ! なかなか起きてこないから呼びにいってこれでしょう?」

 この赤ん坊は俺の部屋で発見されたらしい。ルーンが第一発見者である。

「まあ、俺に似てるもんな……」
「魔力の感じも似てるもんね。アウルがちっちゃくなったって思ってもおかしくないよ」

 ほっぺたをツンツンしているリリィの指先を、赤ん坊ははむっと口に含んでちゅうちゅうと吸った。

「可愛い……。お姉さんが魔力をあげるねー!」
「余計なもんを与えるな!」

 指を引っこ抜く。リリィと赤ん坊にムッとされてしまった。

「あんたらも似てるぞ」
「隠し子、だったりします? いいんですよ、僕は、二人が実は夫婦になっていたのを黙ってたって言われても、怒りませんから」
「私はアウルの子どもがほしいけど、まだ産んでないよ!」
「誤解されるような言い方するな!」
「本当のことだよ?」

 頭がいたい。
 リリィは無邪気だ。ルーンが真っ白になっている気がするけど、あえてフォローしないでおこう。

「しっかしこの子……人間じゃなさそうだな」
「じゃあ育てないとね。私、お母さん役!」
「いや、そうじゃなくてな……」

 どこから突っ込んだものだろう。

「とにかく、事情がありそうですし、親が現れなければ僕たちで育てましょう」
「まさか師匠と同じことをさせられるとは……」
「昨日のこともありますし、魔物の動向と関係があるのかもしれません。様子をみましょう」

 ルーンの提案に俺は頷く。

「そうだな……しょうがねえ」

 この子どもの正体がわかるのはもう少し先の話であるが、このときから世界が変わりつつあったことは、そのときの俺でも察せることだった。

 まだ、終わるには。

 栄えるときもあれば滅びを迎えることもある。どんな終わりかたをするのかは、俺が見届ける番じゃない――そんなことを思った。

《終わり》
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