西の大賢者様。愛弟子たちは自覚が足らないようです。

一花カナウ

文字の大きさ
14 / 19
世界の終焉について

世界に終わりがあるとするなら

しおりを挟む
 取っていた宿屋の一室。真夜中にドアが開いて、私は身体を起こした。

「夜這い? いつもなら私から行くのに、どうしたの?」

 なんとなく、今夜は彼のほうから私の部屋に来るような予感があった。

 ドアが閉まる。音がないのは、消音の魔法がすでに展開しているからだ。加えて、人払いの魔法をさっとかけられる。わずかな動作でそれをしてこちらを見ていたのはアウルだった。仕事のパートナーであり、兄のような、大切な人。
 どうしたらいいのか困っているような顔のまま、立ち尽くしている。

 軽口もない、か。

 昼に国から依頼があった調査をして、その時に思いがけないことを聞かされていた。私とアウルの出生の秘密。育ての親である大賢者様が私たちを拾って育てた理由を、不意打ちで。
 それは、この世界でこれから起こる気候変動にも関連する重要なことでもあった。

 アウルなりに、重く考えているのかな。

「慰めが必要だったら、私を使っていいよ?」
「……悪い」
「どうして謝るの?」
「だって……俺は、その、リリィに対して好意は持っているが、性愛的なものとは違うと認識しているから、なんというか……」

 言っている意味がわからない。私は首を傾げる。

「母性的なものを求められているのかと思ったんだけど?」
「夜這いと言ったのはお前だろうが」
「んん? ほら、小さな子が怖い夢を見て、お母さんのお布団に入り込む、みたいな感じを想像していたんだよ?」
「それは夜這いではない」
「そ、そうなんだ……」

 勘違いしていたんだね!

 私が納得していると、アウルは私が腰を下ろしているベッドにツカツカとやってきて、私を押し倒した。

「はにゃ?」
「ちょっと身体を貸せ」
「うん」

 ギュッとされるとくすぐったい。首のあたりを嗅がれて、なんかいつものとは違うなあと思っていたら舐められた。

「あ、アウル……?」
「リリィ? ここにいるのはいつも俺たちのそばにいたリリィだよな?」

 耳元で囁く声は弱々しい。それは私にだけ聞かせたかったからというわけでもなさそうだ。

「うん。リリィはリリィだよ」
「そっか……。知る前に、抱いておけば良かった」
「どういう意味?」
「子ども、作っておいたほうが良かったって、そう思っただけ」

 ああ、そういう意味ね。

 私はクスッと小さく笑う。

「みんな、びっくりしちゃうと思うよ」
「どういう意味で?」
「産まれたのが人間じゃなかったから」

 問われると思わなかった。アウルは同じことを思っていると考えていたから。
 当たり前に答えると、アウルは私の胸に顔を埋めた。

「だよなぁ」

 自分たちの子の話をしていたら、ほかの顔が脳裏に浮かんだ。幼馴染であり、今でも仕事のパートナーとして冒険に行く眼鏡の青年ルーンのことだ。

「ルーンと私だったら、人間の姿かもね」
「どうかな」
「少なくとも、もし違っちゃったらそう見えるように魔法をかけるよ」
「お前、そういう器用な魔法は使えないだろ」
「その日が来るまでには練習するよ! 大事なことだもん」

 きっと、必死になるから使えるようになるはずだ。不器用なりに、どうにかするだろう。

「……リリィは、そういう人間だよな」
「アウルだって、そうするでしょ?」
「わからん。俺は俺の代で終わらせるつもりだったから」

 ああ、やっぱりそうなんだ。

 なんとなく、アウルが死にたがっているのは察していた。
 その力と才能を次世代に継がせるべきではと私もルーンも考えていたけれど、口出ししていいような話題ではないからお互いに黙っていた。

「それで私を抱かなかったの? チャンスはあったのに。私にも魅力、あるよね? ルーンはそういう目で私を見てるんだから」
「そこは趣味の違いだろう? 顔は好みだが、もっと肉感的なほうが俺は好みだ」
「お肉つけたら、抱く気になったの?」
「いや、どうだろうな。抱きしめて寝るなら、今のままで充分だ」

 アウルはそう答えると、私の肌に直接指を這わせた。

「脱ぐ? 直接肌を合わせたほうが、余分な魔力を追い出せるでしょ?」

 私たちがときどき戯れるのは、魔力を抱えすぎて肉体が崩壊するのを防ぐためである。魔法を使えばそれだけ発散されるが、今日みたいに大きな魔法を使わない上に魔物に触れてしまうと、体内に行き場を失った魔力で溢れそうになる。無理に溜め込めば、身体が形を保てなくなって異形化する。
 異形化したものを、人間は《魔物》と呼ぶ。

「子どもができるぞ」
「でも、彼らはそれを望んでいるんでしょ? だから、けしかけた」
「……子どもに余分な魔力を注いで、自分の中を落ち着かせろ――そんな話をされるとは思わなかった。子どもの心配をするなんて、下世話な連中だ」
「あれはあれで、世界のバランスを気にしているんだよ。アウルが魔物になっちゃったら、世界は崩壊しちゃうから」
「リリィだってその危険はあるだろ?」
「私、身籠ったら魔養樹の中でしばらく眠るよ。すべてが枯れるまでは、まだ時間があるはずだから」

 魔養樹の種は、人のカタチをして世界を旅する。世界を知り、やがて根を下ろす。そうして拡散し、世界の秩序を守っている。
 その魔養樹が、世代交代の時期を迎えているという。すべてが枯れると、魔物の世界と人間の世界を隔てていたものが失われ、次の魔養樹が揃うまで混沌の時代が訪れる。
 今日出会った魔物は、それを知らせに来てくれたのだった。

「大丈夫だよ。――私は……アウルを失いたくないの」
「俺がいなくなる代わりにお前がいなくなるなんて、そんなの――」
「だから、アウルは生きて」

 いつだったかアウルに話したはずだ。私はあなたがいるから生かされているのだと。

 どちらからキスをしたのだろう。
 私たちは、一歩を踏み出す。


《終わり》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...