西の大賢者様。愛弟子たちは自覚が足らないようです。

一花カナウ

文字の大きさ
13 / 19
世界の終焉について

西の結界が破られるとき

しおりを挟む
 まさか一撃で隊の半分を失うことになるとは思わなかった。
 国を覆う結界が破られたとあっては、生半可な戦力では役に立たないことは明白。充分な人数を用意したはずだったのに。

「一時撤退だ! 急いで報告を!」

 すぐに撤退の準備をさせる。魔道士に強化系の魔法をかけさせ、同時に遠方への連絡を可能にする伝播の魔法で急ぎの報告を行う。非常事態だ。

『……を。……大賢者を連れて来い……』

 あちこちから聞こえてくるうめき声の中、耳障りなかすれた声が紛れてくる。

 ――なんだ?

『結界を張った……大賢者を連れて来い……!!!!!』

 半分が焼け野原となった大地を風が薙ぎ払うように吹き荒れた。


*****


「――結界が破られて、王太子が寝込んだ、か」

 珍しい来客からの報告を受けて、アウルは静かに腕を組んだ。難しい顔をしている。

「鎮魂祭での魔法に失敗したと――あんたらはそう思ってるわけだな。責任をとって打ち首にしたいなら、俺は構わないぞ。公開処刑もどんと来い」

 そう告げると、自身の首元を指差して右から左に動かした。
 鎮魂祭ではこの国を覆う結界を作り直す魔法が使用される。選ばれた大賢者級の魔道士がその大役を担うのだが、今年はアウルが請け負った。

 ――魔法に不備はなかったはずだけど。

「まったく。冗談を言ってる場合ですか、アウル」

 真面目に取り合う気がなさそうなアウルに、僕はため息混じりにたしなめた。
 次の仕事の打ち合わせのために西の大賢者様の研究室に来ていたのだが、そこで王宮からの緊急の使いがやってきたのだ。居合わせることができてよかったと思う。

 ――アウルは死に場所を探しているところがあるからな……。

「半分くらいは冗談だが、半分は大真面目だ。こいつらは俺に文句を言いに来たんだろ? こっちはやりたくない仕事を渋々引き受けて、きちんと遂行したっていうのにこうしてお出ましなんだから、王太子にはご愁傷様としか言いようがない」
「アウル」
「で、いつ出頭すればいいんだ?」

 アウルが促すと、使いたちは顔を見合わせた。

「それが――」


*****


 《世界の果て》に近いこの場所は、結界の端の部分に該当する。《世界の果て》より向こうは魔物の世界だ。
 人間の世界と魔物の世界を隔てるように魔養樹の森が連なり、お互いにその世界を行き来しないようになって相当な時間が流れていると聞く。

「なるほどな、ずいぶんと派手にやられている」

 焼け野原はまだくすぶっている。草木が焼け焦げたにおいの中に、人間の焼けたにおいも混じっているのがわかった。ここで深呼吸はしたくない。
 周囲を見回して、アウルは険しい顔をした。そしてすぐに身構える。
 身構えたのは僕や、一緒におともに来ていたリリィも同じだ。

 ――何かが来る!

 世界の果て側からゾクゾクとさせる気配をまとった何かが、ずるりずるりと這うように迫ってくる。

『来たな、大賢者』

 姿を持たないそれは、身体らしきそこからしゃがれた声を発した。
 アウルは警戒を解くことなく、珍しく杖を構えて口を開いた。

「大賢者と呼ぶにはまだまだ経験が浅い、ただの賢者だ」
『よく言う。先代のものよりもより強力なものを作り直しておいて、謙遜か』

 ――え、そうなの?

 確かに師匠が使っていたものとは違うように感じていたが、強度に影響が出ているとは思いもしなかった。旧来のものの詠唱が長すぎるので、独自に調整して端折ったものくらいにしか考えていなかったのだ。

「へえ、それがわかっていて壊してくれたのか。あんた、やな奴だな」
『はっはっは。こうしてやれば、次の大賢者が来るだろう? これでもお前たちの流儀にならって穏便に済ませたほうだ。我の出現のために王都を潰されたくはないだろうと考えた』

 ――アウルに用があるだけで、百人以上の命を奪ったのか……。

 魔物の中でも人間に興味を持っている珍しい部類の魔物のようだ。それなりに人間社会を学んでおり、こうして話し合いをしようとしている。力でねじ伏せるタイプの魔物の遭遇機会のほうが多いことを思うと、彼のようなものはかなり稀である。人語を話す時点で、充分に希少種なのだが。

「それはありがたいな。――で、俺に何の用だ?」
『理解するように話せば長くなる。なので、短く済ませる方法でおこなおう』

 姿なき者が告げるなり、アウルの足元にあった影が急に立ち上がり、彼を飲み込んで大地に消える。

「アウル⁉︎」
「よくもっ! アウルをっ‼︎」

 怒りに任せて殴りかかろうとしたリリィも、次の瞬間には自身の影に飲み込まれて消えた。

「なっ……」
『案ずるな。人の子よ。――お前は賢いな。動かないのは正解だ』
「か……賢くはないですよ。二人よりも臆病で、後衛というだけです」

 前衛のアウルとリリィの後ろで僕は戦況を分析し、必要な補助魔法をかけて支援するのが役目なのだ。
 今だって、その戦闘の時の癖で動かなかったに過ぎない。
 通常の戦闘時であればリリィを止められるのだが、頭に血がのぼって強化魔法を瞬時に何重にもかけて突っ込んでいった彼女を捕まえられるほど、僕が速く動けなかっただけのことである。単純な彼女の行動の予想はしていたので、魔法を使う準備まではできていたのだけれど。

『お前も謙遜しているな。実力としては、先の二人より秀でている部分をいくつも持っている。大賢者を名乗ることもできよう』
「大賢者はアウル一人だけですよ。僕が彼を大賢者にするのですから」
『……そうか』

 どことなく残念そうに聞こえたのは、僕の思い込みだろう。僕の中に、大賢者への憧れがまだ残っているからに違いない。
 小さな頃から、ずっと見てきたから……。

「だから、必ずアウルを返してください。彼が生きるのをやめたいと願っているのだとしても」
『お前が彼を必要としているからか?』
「ええ。そしてこの国も、彼の力を必要としている。リリィもアウルに必要な存在なんです。一緒に返してください」
『そうだな……彼女は、大賢者に必要な伴侶だ』

 ――伴侶。

 その言葉に、僕の胸はズキっと痛む。
 二人が互いを夫婦として求めないと断言しているのは何度も聞いているし見ているけれど、離れられないのはそういうことなのだ。

『……お前だって、必要な存在だ。二人が帰る場所は、お前にしか作れない』
「暇だからって、何言っているんですか」
『お前が言葉を欲しているように感じたから、告げただけだ。――そろそろ帰るぞ』

 形なき者が世界の果てに消えていく。気配を感じられなくなった頃、僕の影から二人が生えてきた。

「……お帰り、二人とも」
「よう、ただいま。ルーン」
「聞いてよ、ルーン! 殴らせてくれないってずるいよね! ポーンって真っ暗なところに放っておいてそのまま放置だよ⁉︎ 気づいたら戻ってるし!」

 プンスカしているリリィはいいとして、アウルが険しい顔をしている。なにを知ったのだろう。

「――とりあえず、帰って報告書だな。結界はこのままで大丈夫」
「了解」

 世界が新たな局面を迎えるのは、それからしばらくしてのことだった。

《終わり》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...