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世界の終焉について
生と死が交わる場所で
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歴史書にはこうある。
――我々が文字を手に入れる以前から、この地は争いが絶えず続いていた。魔物との戦いが終われば、同族での殺し合いが始まり、たくさんの血が流された。
争いは醜く愚かな者たちのおこないであり、賢き者はそれを避ける。
この地に平和をもたらす賢き者であることを示し、これまでの愚かなる者たちの魂を鎮めるため、争いに代わる催しとして《鎮魂祭》を執りおこなうのである――
*****
「……なんで俺が」
憂鬱な顔をして会議に出席すると、世話になっている王太子がげんなりとした顔でため息をついた。
「その台詞は聞き飽きたぞ。いい加減に腹をくくれ。大賢者様」
「ひやかすな。まだ俺は――」
「そうやって逃げるな。まわりだってあんたしかいないって思っている。鎮魂祭に必要な魔法を使えるヤツなんて、そういないわけだし」
それを言われてしまうと、俺は何も反論できない。
そもそも鎮魂祭で使われる魔法は生半可な魔道士では発動させることができない。一定以上の技能を持っていないといけないのだ。その上で、安定して発動させるための魔力も必要なので、必然的に大賢者と呼ばれるくらいの魔道士、もしくはそれに準ずる力を持つ者が選ばれるのだ。
「――なあ、もし、その役目を果たす魔道士が反旗を翻したらどうなるんだ?」
思いつきで尋ねる。
王太子はからっと笑った。
「そういうことをしそうなヤツはそもそも選ばない」
「へえ、信頼されているんだな」
「そりゃあな」
これまでの記録も読んだことがあるが、魔法が不発に終わったことさえ一度もなく、大変な盛り上がりをもって終えていることがわかっている。それがどういう意味を持っているのか、俺はいろいろと勘繰っているのだが。
「なんだ、あんたは自信がないのか?」
いつもならからかいの気持ちが滲んでいそうなところなのに、彼の声は心配そうに感じられた。
だから自然と俺は素直になる。
「平たくいえば、そのとおりだな」
「なんでだ?」
「俺はあまり人前で何かするのは得意じゃない。もし失敗したら、俺はどうやって責任を取ったらいいんだ? 俺にはなんの財産も持ち合わせていないんだ。なんの保障もできないだろう。それを重く感じられないほうがどうかしているだろ」
王太子は仕事の顔から親友の顔になって、ゆっくりと何度も相槌をうった。
「……真面目だねえ」
「師匠があんなことにならなければ、俺は……そりゃあ、いつかは役がまわってくるだろうと覚悟はしてきたさ。会議にだって呼んでもらっているし、勉強もしてきた。だが、それはそれだ。急に振られて、すぐに引き受けられるようなものじゃない。この魔法は――」
「そうだな、今のあんたじゃ、うまくできないかもしれん」
「だったら」
「でも、だからこそ、私の命を預けられるもんだろ」
あっけらかんと彼は告げて、ニカッと笑った。
鎮魂祭で使用される魔法は、この国の未来を担う人間の命と土地とを強く結びつける儀式である。つまりは、国王あるいは王太子の命を、魔法の対象にする危険なもの。
彼は、その意味を熟知し、俺に《預ける》と言っているのである。
「……背負わせるなよ」
「気にせず背負えよ。この土地に生きている人間の未来を導く人間に相応しいのだと証明してくれ。それができないと、父上だって旅立てないだろ」
現国王は病床にふしている。前回の鎮魂祭で魔法を使った大賢者がこの世を去ったのにも関連しているのだろう。
近いうちにこうなるとはわかっていた。
信じたくなくて、直視せずにいただけで。
「……そうだな」
親友の願いである。俺は深く深く息を吐き出して、やがて頷いた。
*****
その年の鎮魂祭は次期国王のお披露目と新たな大賢者の誕生を祝う意味もあって盛大に執り行われた。記録に残る中ではもっともにぎやかなものだったという。
*****
「――って話を、どうしてわざわざ俺にしにきたんだ?」
「いやあ、先代も同じように渋っていたって知ったら、やる気を出すんじゃないかと思って、わざわざ記録を持って参上したわけだよ、アウル君」
鎮魂祭当日までは暇なわけがないのに、今日も王太子が訪ねてきた。貴重な資料であるはずの歴史書を持参している。
「俺とあんたじゃ、関係が違うだろ。親が仲良しだから付き合いがあっただけの腐れ縁だ。命乞いの準備かなにかか?」
「そりゃあ必死にだってなるさ。命がけなんだよ?」
思ったよりも正直な発言に、俺は目が点になった。頭痛がする。
「だから、ルーンに頼めばよかっただろ。俺よりはよく思っているはずだ」
「後継者にやってもらわないと意味がないだろー」
「カタチだけ求めると、事故を起こすぞ。魔法は気難しいものなんだ」
「――信用していない相手には頼まないさ」
「どうだろうな。魔法が失敗しても恨むなよ」
むすっとしていたが、いよいよ時間切れなのだろう。王太子はそれ以上は何も言わずに部屋を出て行った。
「……俺の大仕事は、どんな記録が残るんだろうな」
祭りは十日後だ。もう町は準備で騒がしい。
俺は残る準備に着手した。
《終わり》
――我々が文字を手に入れる以前から、この地は争いが絶えず続いていた。魔物との戦いが終われば、同族での殺し合いが始まり、たくさんの血が流された。
争いは醜く愚かな者たちのおこないであり、賢き者はそれを避ける。
この地に平和をもたらす賢き者であることを示し、これまでの愚かなる者たちの魂を鎮めるため、争いに代わる催しとして《鎮魂祭》を執りおこなうのである――
*****
「……なんで俺が」
憂鬱な顔をして会議に出席すると、世話になっている王太子がげんなりとした顔でため息をついた。
「その台詞は聞き飽きたぞ。いい加減に腹をくくれ。大賢者様」
「ひやかすな。まだ俺は――」
「そうやって逃げるな。まわりだってあんたしかいないって思っている。鎮魂祭に必要な魔法を使えるヤツなんて、そういないわけだし」
それを言われてしまうと、俺は何も反論できない。
そもそも鎮魂祭で使われる魔法は生半可な魔道士では発動させることができない。一定以上の技能を持っていないといけないのだ。その上で、安定して発動させるための魔力も必要なので、必然的に大賢者と呼ばれるくらいの魔道士、もしくはそれに準ずる力を持つ者が選ばれるのだ。
「――なあ、もし、その役目を果たす魔道士が反旗を翻したらどうなるんだ?」
思いつきで尋ねる。
王太子はからっと笑った。
「そういうことをしそうなヤツはそもそも選ばない」
「へえ、信頼されているんだな」
「そりゃあな」
これまでの記録も読んだことがあるが、魔法が不発に終わったことさえ一度もなく、大変な盛り上がりをもって終えていることがわかっている。それがどういう意味を持っているのか、俺はいろいろと勘繰っているのだが。
「なんだ、あんたは自信がないのか?」
いつもならからかいの気持ちが滲んでいそうなところなのに、彼の声は心配そうに感じられた。
だから自然と俺は素直になる。
「平たくいえば、そのとおりだな」
「なんでだ?」
「俺はあまり人前で何かするのは得意じゃない。もし失敗したら、俺はどうやって責任を取ったらいいんだ? 俺にはなんの財産も持ち合わせていないんだ。なんの保障もできないだろう。それを重く感じられないほうがどうかしているだろ」
王太子は仕事の顔から親友の顔になって、ゆっくりと何度も相槌をうった。
「……真面目だねえ」
「師匠があんなことにならなければ、俺は……そりゃあ、いつかは役がまわってくるだろうと覚悟はしてきたさ。会議にだって呼んでもらっているし、勉強もしてきた。だが、それはそれだ。急に振られて、すぐに引き受けられるようなものじゃない。この魔法は――」
「そうだな、今のあんたじゃ、うまくできないかもしれん」
「だったら」
「でも、だからこそ、私の命を預けられるもんだろ」
あっけらかんと彼は告げて、ニカッと笑った。
鎮魂祭で使用される魔法は、この国の未来を担う人間の命と土地とを強く結びつける儀式である。つまりは、国王あるいは王太子の命を、魔法の対象にする危険なもの。
彼は、その意味を熟知し、俺に《預ける》と言っているのである。
「……背負わせるなよ」
「気にせず背負えよ。この土地に生きている人間の未来を導く人間に相応しいのだと証明してくれ。それができないと、父上だって旅立てないだろ」
現国王は病床にふしている。前回の鎮魂祭で魔法を使った大賢者がこの世を去ったのにも関連しているのだろう。
近いうちにこうなるとはわかっていた。
信じたくなくて、直視せずにいただけで。
「……そうだな」
親友の願いである。俺は深く深く息を吐き出して、やがて頷いた。
*****
その年の鎮魂祭は次期国王のお披露目と新たな大賢者の誕生を祝う意味もあって盛大に執り行われた。記録に残る中ではもっともにぎやかなものだったという。
*****
「――って話を、どうしてわざわざ俺にしにきたんだ?」
「いやあ、先代も同じように渋っていたって知ったら、やる気を出すんじゃないかと思って、わざわざ記録を持って参上したわけだよ、アウル君」
鎮魂祭当日までは暇なわけがないのに、今日も王太子が訪ねてきた。貴重な資料であるはずの歴史書を持参している。
「俺とあんたじゃ、関係が違うだろ。親が仲良しだから付き合いがあっただけの腐れ縁だ。命乞いの準備かなにかか?」
「そりゃあ必死にだってなるさ。命がけなんだよ?」
思ったよりも正直な発言に、俺は目が点になった。頭痛がする。
「だから、ルーンに頼めばよかっただろ。俺よりはよく思っているはずだ」
「後継者にやってもらわないと意味がないだろー」
「カタチだけ求めると、事故を起こすぞ。魔法は気難しいものなんだ」
「――信用していない相手には頼まないさ」
「どうだろうな。魔法が失敗しても恨むなよ」
むすっとしていたが、いよいよ時間切れなのだろう。王太子はそれ以上は何も言わずに部屋を出て行った。
「……俺の大仕事は、どんな記録が残るんだろうな」
祭りは十日後だ。もう町は準備で騒がしい。
俺は残る準備に着手した。
《終わり》
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