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水鏡の深淵
昇太の結婚 1
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昇太とは一度関係を持っただけで、それ以上の進展はなかった。幼馴染というだけの関係。昇太は独り暮らしになってしまったから、彼が気まぐれに帰ってきたときの話を龍司から様子を伝え聞くだけで二年間を終えていた。
龍司は昇太とは同じ大学には進まなかった。自分のやりたい研究をするなら専門でやっている別の大学に進んで、それから昇太のいる大学院に進むのがいいと判断したのだそうだ。
私は私で親の意向を汲んで進学先を決めてストレートで入学。龍司の大学と私の大学は同じ方向ということもあって時間が合えば一緒に電車に乗っている。帰りもバイトのない日は待ち合わせするものだから、ふらふらする余裕なんてなかった。大学生なんだから寄り道してもいいだろうに、龍司とファミレスでおやつをしたのは一回だけだなんて真面目すぎる。恋人でもないのにデートみたいなことをするのは抵抗があるのだろうけれど、友人同士で食べて帰ることくらい普通じゃなかろうか。
そんな調子で私たちは緩やかな日々を過ごしていた。
大学三年に上がる春に、私は出水家に呼び出された。正確には、昇太と龍司の二人に呼ばれたのだが、一体なんの用事だろう。
「――やあ。よく来たね」
「今日はご両親は?」
土曜日なので休みのはず。だが、玄関を開けて招き入れてくれた昇太の後ろにむすっとした龍司の姿があるだけでご両親の姿はない。
「二人にはデートに行ってもらったよ。今日は結婚記念日なんだ」
「夫婦水いらずってこと?」
「ああ。バイト代でプレゼントしたんだ。親孝行しないとな」
龍司の言葉に私は納得した。親にプレゼントを贈るなら旅行もいいかもしれないなんて話をしたのは半年前だっただろうか。
「すごいね。目標達成できたんだ」
私は靴を脱ぎながら返事をする。その後ろで、昇太がチェーンを掛けているのに気づいた。鍵だけじゃないあたり、男二人の留守番でも気を抜かなくて偉いなあなんてことを考えてしまう。
「まあ、そんなわけで三人だけなんだよね」
昇太の言葉が引っかかる。私が振り向いて彼を見ると、何を考えているのかわからないいつもの笑顔がそこにあった。
「俺たちの部屋とリビングだったらどっちがいい?」
なんでそんなことを聞くのだろう。そう考えて、龍司の質問は昇太に向けてのものかもしれないことに思い至った。私が首を傾げると、昇太が私の手を引いた。
「リビングにしよう」
久しぶりに踏み込んだ出水家のリビングはよく片付いていた。生活感が溢れまくっているウチとは正反対だ。
昇太に導かれるまま、ソファに腰を下ろした。すかさず、龍司がインスタントコーヒーで作ったカフェオレをローテーブルに置いてくれた。
「――で、なんの用事なの?」
電話でもメッセージアプリでも繋がっているのだから、わざわざ呼び出してまでしないといけない話なのだろうと思うと緊張する。
昇太と龍司は目配せをした。
「うん。実は僕ね、結婚することにしたんだ」
「け、結婚?」
学生結婚ということだろうか。昇太の告白に私は目を瞬かせる。
「避妊に失敗しちゃったんだよね。まあ、やることやってればそういうこともあるかなって」
「ってことは、結婚するし子どもも産まれるってこと? えっと……おめでとうございます」
「ふふ、幸菜は祝ってくれると思った」
そう告げて、昇太はちらっと龍司を見やる。
龍司がむすっとしているのは、昇太が不祥事を起こしたと思っているからなのだろう。真面目すぎる龍司なら、そういう気持ちはわからなくはない。
「彼女の腹の子が本当に兄貴の子なのか怪しいじゃないか」
「え、そういう感じなの?」
龍司の言葉に私は驚いた。何が起きているんだ?
「まあ、実際のところ誰の子でも僕は構わないよ。彼女が僕の子だって言うんだから、認知して結婚しようって思っただけ」
「え、どういう話?」
「そういう話だよ」
なんてことのないような様子で昇太は笑った。貞操観念もどうかと思うが、倫理観もどうなんだろう。
「学生結婚ってことだよね? お金は?」
「それは大丈夫。ちゃんと稼ぎがあるから。僕が子どもを産むわけじゃないし、勉学は続けながらお金は払うつもり」
「バイトで賄うってこと?」
「実はデイトレでそれなりに稼いでいるからね」
デイトレードで稼いでいるだなんて初耳である。真実かを確認するために龍司を見れば、頷いて返してくれた。
え、すごい。
「で、本題はここからだよ」
昇太は両手をポンっと合わせて、私と龍司を交互に見た。
「本題?」
結婚するという話題も充分にセンセーショナルで本題になりそうなのに。それに並ぶか上回る話題があるとしたらなんだというのだろう。
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