君は決められた婚約者

一花カナウ

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可愛い僕の婚約者さま

ダライアス邸へ *

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*****

 テオドラがダライアス邸の中に入るのは久しぶりである。社交界デビューをしてからは足を踏み入れていなかったはずなので、五年近く経っているのだろう。

 特に変わりはなさそうですね。お仕事でいろいろあったから心配していましたけど……。

 屋敷の中の様子が昔と変わらないのを見て、事業が傾いているというのは演技だったのだと改めて実感できた。調度品も使用人達の様子も、自分が知っているものと同じでテオドラは胸をなでおろした。
 デーヴィッドが捕まったので、これからは安心して生活できる。現状はさまざまな憶測が飛び交っているだろうが、それはドロテウスとアルフレッドが少しずつ訂正していくはずだ。

 それにしても、今日は疲れました……。

 アルフレッドが使用人に説明をしているのを、テオドラはぼんやりと聞いていた。自分からなにかを言わずとも、彼に任せておけばいいと信頼している。
 下手に動いたら迷惑をかけてしまうということは、今日の事件で学んだ。話し合いが必要であればそうしよう。

「――テア」
「は、はい?」

 アルフレッドが自分を見て話しかけていることに気づけなかった。テオドラは目を瞬かせる。

 えっと、なにを聞かれたのでしたっけ?

 頭が働かない。
 テオドラが困惑していると、アルフレッドが息を大きく吐き出した。

「テア、疲れが出てきたみたいだね。まあ、無理もないか」
「ああ、いえ。少しぼんやりしてしまっただけです。疲れなんてありませんわ。どうかお気になさらず。恋人らしいことをしましょう!」

 気合いは充分だ。テオドラが意気込みを語ると、アルフレッドが頭を抱えた。

「違う、そういうんじゃないんだ、テア……」
「えっと……」

 なにを間違えたのだろう。テオドラは首をかしげる。
 すると、アルフレッドがなにかを閃いたような顔をした。テオドラの脇にスッと移動する。

「なにを?」
「こういうときに恋人同士がするだろうことを思いついた」

 アルフレッドはひょいっとテオドラを横抱きにする。いきなり持ち上げられて驚いたテオドラは慌ててアルフレッドの首に腕を回した。

「あ、あのっ」
「運ぶよ」
「あ、歩けます! アルお兄さま、私は子どもではないので……お、下ろして」
「子ども扱いをしているんじゃないよ。恋人である君を甘やかしているんだ」

 そう告げて歩き始める。とても安定していて心地がいい。

「で、ですが、お兄さま、私、重いから……ドレスも重いし……」

 パーティを抜けて寄り道せずに屋敷に来ている。何枚も布が重ねられたスカートもきらびやかなアクセサリーもそのままなので、それなりに重量があるはずだ。

「このくらいはなんてことないよ」
「でも、お兄さま」
「もうお兄さまって呼ばないで」

 優しい声でたしなめられた。テオドラは口をつぐむ。
 やがて連れてこられたのはアルフレッドの寝室だった。

「……客室ではないのですか?」

 素朴な疑問に、アルフレッドは小さくふきだして笑った。

「自分の部屋のほうが都合がいいからね」
「でも、ベッドは一つしかないのでしょう?」
「そりゃあ二台はないね」

 そんなやりとりをしながらドアを抜けて、テオドラの身体はベッドに横たえられた。ほどよい弾力があって寝心地がよさそうだ。

「……アルフレッドさまはどこで寝るのです?」
「テアと一緒に寝るよ」
「狭いでしょう? 私、ほかのお部屋でも――」
「テア」

 せっかく上体を起こしたのに、アルフレッドが覆いかぶさるようにベッドに乗ってきたので、テオドラは再び寝転んだ。アルフレッドをただ見つめる。

「アルフレッドさま?」
「口づけをしてもいいかい?」
「……はい」

 さっきもしたのに、なんだか照れる。目を閉じて、唇が重なるのを待つ。

「テア」

 愛しい気持ちが込められた言葉に、胸の奥がトクンと鳴る。
 ふわりと唇が触れ合うとすぐに離れる。もうおしまいかと名残惜しく目を開けると、まだアルフレッドの顔はそばにあった。

 この暗さでもよく見えるわ。とっても綺麗な顔……。

 この人の恋人で、自分は婚約者なのだなと改めて思う。
 ずっとずっと、それこそ物心ついた頃からアルフレッドが婚約者で、それが当然のことだと思って生きてきた。周囲がアルフレッドについてどう評価しているのかを知ったとき、自分が隣にいていいのかと怖くなったことはある。でも、彼は彼なりにテオドラを大事にしていることがわかって、本当に心の底から安堵したのだ。

「……眠そうだね」
「……眠いです」

 否定しようかと考えたが、言い訳も思い浮かばない。テオドラは素直に肯定した。
 アルフレッドが微苦笑を浮かべる。

「じゃあ、目がさめることをしてもいい?」
「どんなことを?」
「刺激的なこと」

 そう説明されてもよくわからない。見つめ返していると再び唇が重なった。

「んっ……」

 唇を舐められた。身体がビクッと反応する。そんなテオドラの唇の端から端までをアルフレッドの舌はゆっくり往復していた。

 口紅を食べてしまうことになるのはよくないよね?

 テオドラが注意をしようと口を開けると、待っていたかのようにアルフレッドの舌が喉へと差し込まれた。

「んんっ⁉︎」

 え、なに?

 戸惑いはあったが、次第に薄れていく。舌が触れ合うとなんかゾクゾクする。

「んん……あっ……」
「テア……」

 少し息継ぎをして、再び舌を絡ませた。

 なんか変な感じ……。

 動悸がする。身体が熱い。
 アルフレッドの手が頬を撫で、首筋をなぞり、胸に触れる。そっと覆い隠すように乗せられたとき、思わずテオドラはアルフレッドの身体を強く押し返した。

「テア?」

 彼の悲しげな表情を見ると胸が痛い。
 でも、思い出してしまったのだ。デーヴィッドに触られたことを。手袋をしていたし、指先で軽く触れられただけでも、すごく気持ちが悪かった。

「ご、ごめんなさい、アルフレッドさま。どうしても、身体を清めたくて……」

 アルフレッドが離れてくれたので、ゆっくり上体を起こす。ドレスは汚れていない。それでも、デーヴィッドに汚されたような気がした。

「ああ……そうだね。お風呂、用意させようか?」
「すみません。できるならお願いします」

 テオドラが頼むと、アルフレッドは心配そうにこちらを見たあとに部屋を出て行った。
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