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不可思議カフェ百鬼夜行の怪異事件簿
第3話 閉店作業と問いの答えと
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カフェ百鬼夜行は日が暮れると店じまいになる。いつもの帰宅時間には閉まっていたから、俺はこの店に寄ることがなかったようだ。
「お疲れ様」
最後の客が出ていって、俺はテーブルを拭いていた。
「まだ終わってねえだろうが」
「獅子野くんは真面目な働き者だ。童顔で小柄なことが惜しく感じられるね」
「人の見た目をイジるな。趣味がわりいぞ」
テーブルの下や座席に忘れ物がないことを確認して、俺はカウンターのチェックをする。皿は片付けてある。落とし物はなさそうだ。
「君が望むなら、姿を変えさせてあげることもできるが、どうかな?」
そう誘惑されて、俺は手を止める。
変えるったって。
再び作業に戻って、カウンターの向こう側にいる店長の隣に立った。
「余計なお世話だ」
「だが、仕事で困ることもあっただろう? 高校生くらいに思われるのは不便じゃないのかい?」
「人前に立つ仕事はしてねえからいいんだよ」
台拭きを差し出すと、店長は受け取って片付けた。
「そう。だが、君の動きから察するに、接客業経験はあるとみた。飲食店の経験もあるんじゃないのかな?」
おだてているわけではなく、言葉どおりに俺を評価しているようだった。
俺は少し驚く。
「経験はあるが、事務仕事のほうが長かった」
店長がエプロンを外しているのを見て、俺もエプロンを外す。これは返す前に洗ったほうがいいのだろうか。
「前職は、不動産屋かな?」
「まあ、近所だからな。紙一枚貼ってあっただろ?」
客の中に突然シャッターを下ろしたままになった不動産屋の話をしている者はいなかったが、この店はあの不動産屋の徒歩圏内である。知ろうと思えばどこの店なのか確認することは容易だろう。
「昨夜、寄って見てきたが、紙は貼ってあったね」
店長は興味深そうに頷いた。
「社長の家、知ってたから覗きに行ったんだが、もぬけの殻で。全然そういう気配を感じなかったから、俺……」
頭の中がごちゃごちゃして説明できない。俺は頭を乱暴に掻いた。
「ふむ。彼は突然失踪するような人間ではなかった、と」
「給料の支払いが滞ったことはなかったし、健康上に問題があったようにも思えねえ。納得できねえよ」
社長を慕ってもいたのだ。もっと仕事を覚えたくて、資格取得のための勉強もしていたのに。
俺が取り乱したように告げると、店長が俺の頭を優しく撫でた。
「気安く撫でるな!」
店長の手を払って睨みつけるも、彼はどこ吹く風なのだった。確かに俺が太刀打ちできるような相手じゃねえことは百も承知だけど。
俺が膨れると、店長は穏やかに笑って見せたあとにスッと目を細めた。まる眼鏡が妖しく光る。
「そうかそうか。これはおそらく、何かがあるね」
「うん?」
「君が憑かれていたこととも関連がありそうだ」
朝に問われていたことを思い出す。
「そうだ。俺、どこで魅入られたのか心当たりがあるんだ」
「ほう?」
お手並み拝見といった様子で店長から視線を向けられた。俺は小さく咳払いをする。
「勤務先で貼り紙を見て動揺して、すぐに社長の家に向かったんだ。バスで三つ先の停留所そばの、一軒家。誰かはいるだろうと思って、家の中の気配をサーチしたんだが反応なし。その直後あたりから身体が妙に重くてさ。くっつけてしまったのなら、おそらくそこじゃねえかと思うんだ」
「なるほどなるほど。不動産屋前ではない、と」
「そこでは正気を失っていたかもしれねえが、俺も怪異だからな。こういうのって気を落とした瞬間に狙われるんだろ? だったら、まだ希望は残っていると信じていたあの時にはつかないと思うんだよな」
人間の姿を保って生活できる程度の怪異であれば、他の怪異に対する抗体のようなものは持ち合わせている。簡単に身体を乗っ取られたり、そばにいるのに見落としたりすることは、基本的にはない。
さらさらと俺が説明すると、店長は噛み締めるように頷いた。
「君のセンスは悪くないようだ」
当たらずとも遠からずといった反応だ。何か間違っていたのだろうか。
俺が言葉を待っていると、店長はにこりと笑んだ。
「獅子野くん、この後の予定は?」
急になんだろう。俺は目を瞬かせた。
「帰るだけだが」
「ならば、これが夜逃げだったのか神隠しだったのか、一緒に調べようじゃないか」
すごく声が生き生きしている。店長は探偵ごっこが趣味なのだろうか。俺は少しひいた。
「それはありがてえが……あんたにあまり貸しを作りたくねえ」
「今日の働きがとても素晴らしかったからね。その褒美だ。それに、きちんと円満退職をしてくれないと、僕のところに雇えないだろう?」
なるほど、そっちが本音かよ。
俺は大きく息を吐き出す。
「諦めてなかったのかよ……」
「君はここの仕事は向いている。少々口が悪いが、愛嬌の範疇だ」
「…………」
なにがコイツのお気に召したんだか。
俺はじっと店長を見やる。
「貸し借りはなしだ。行くだろう?」
「……はあ。貸し借りはなし、ならな」
俺は渋々頷いて、店を出る支度を始めるのだった。
「お疲れ様」
最後の客が出ていって、俺はテーブルを拭いていた。
「まだ終わってねえだろうが」
「獅子野くんは真面目な働き者だ。童顔で小柄なことが惜しく感じられるね」
「人の見た目をイジるな。趣味がわりいぞ」
テーブルの下や座席に忘れ物がないことを確認して、俺はカウンターのチェックをする。皿は片付けてある。落とし物はなさそうだ。
「君が望むなら、姿を変えさせてあげることもできるが、どうかな?」
そう誘惑されて、俺は手を止める。
変えるったって。
再び作業に戻って、カウンターの向こう側にいる店長の隣に立った。
「余計なお世話だ」
「だが、仕事で困ることもあっただろう? 高校生くらいに思われるのは不便じゃないのかい?」
「人前に立つ仕事はしてねえからいいんだよ」
台拭きを差し出すと、店長は受け取って片付けた。
「そう。だが、君の動きから察するに、接客業経験はあるとみた。飲食店の経験もあるんじゃないのかな?」
おだてているわけではなく、言葉どおりに俺を評価しているようだった。
俺は少し驚く。
「経験はあるが、事務仕事のほうが長かった」
店長がエプロンを外しているのを見て、俺もエプロンを外す。これは返す前に洗ったほうがいいのだろうか。
「前職は、不動産屋かな?」
「まあ、近所だからな。紙一枚貼ってあっただろ?」
客の中に突然シャッターを下ろしたままになった不動産屋の話をしている者はいなかったが、この店はあの不動産屋の徒歩圏内である。知ろうと思えばどこの店なのか確認することは容易だろう。
「昨夜、寄って見てきたが、紙は貼ってあったね」
店長は興味深そうに頷いた。
「社長の家、知ってたから覗きに行ったんだが、もぬけの殻で。全然そういう気配を感じなかったから、俺……」
頭の中がごちゃごちゃして説明できない。俺は頭を乱暴に掻いた。
「ふむ。彼は突然失踪するような人間ではなかった、と」
「給料の支払いが滞ったことはなかったし、健康上に問題があったようにも思えねえ。納得できねえよ」
社長を慕ってもいたのだ。もっと仕事を覚えたくて、資格取得のための勉強もしていたのに。
俺が取り乱したように告げると、店長が俺の頭を優しく撫でた。
「気安く撫でるな!」
店長の手を払って睨みつけるも、彼はどこ吹く風なのだった。確かに俺が太刀打ちできるような相手じゃねえことは百も承知だけど。
俺が膨れると、店長は穏やかに笑って見せたあとにスッと目を細めた。まる眼鏡が妖しく光る。
「そうかそうか。これはおそらく、何かがあるね」
「うん?」
「君が憑かれていたこととも関連がありそうだ」
朝に問われていたことを思い出す。
「そうだ。俺、どこで魅入られたのか心当たりがあるんだ」
「ほう?」
お手並み拝見といった様子で店長から視線を向けられた。俺は小さく咳払いをする。
「勤務先で貼り紙を見て動揺して、すぐに社長の家に向かったんだ。バスで三つ先の停留所そばの、一軒家。誰かはいるだろうと思って、家の中の気配をサーチしたんだが反応なし。その直後あたりから身体が妙に重くてさ。くっつけてしまったのなら、おそらくそこじゃねえかと思うんだ」
「なるほどなるほど。不動産屋前ではない、と」
「そこでは正気を失っていたかもしれねえが、俺も怪異だからな。こういうのって気を落とした瞬間に狙われるんだろ? だったら、まだ希望は残っていると信じていたあの時にはつかないと思うんだよな」
人間の姿を保って生活できる程度の怪異であれば、他の怪異に対する抗体のようなものは持ち合わせている。簡単に身体を乗っ取られたり、そばにいるのに見落としたりすることは、基本的にはない。
さらさらと俺が説明すると、店長は噛み締めるように頷いた。
「君のセンスは悪くないようだ」
当たらずとも遠からずといった反応だ。何か間違っていたのだろうか。
俺が言葉を待っていると、店長はにこりと笑んだ。
「獅子野くん、この後の予定は?」
急になんだろう。俺は目を瞬かせた。
「帰るだけだが」
「ならば、これが夜逃げだったのか神隠しだったのか、一緒に調べようじゃないか」
すごく声が生き生きしている。店長は探偵ごっこが趣味なのだろうか。俺は少しひいた。
「それはありがてえが……あんたにあまり貸しを作りたくねえ」
「今日の働きがとても素晴らしかったからね。その褒美だ。それに、きちんと円満退職をしてくれないと、僕のところに雇えないだろう?」
なるほど、そっちが本音かよ。
俺は大きく息を吐き出す。
「諦めてなかったのかよ……」
「君はここの仕事は向いている。少々口が悪いが、愛嬌の範疇だ」
「…………」
なにがコイツのお気に召したんだか。
俺はじっと店長を見やる。
「貸し借りはなしだ。行くだろう?」
「……はあ。貸し借りはなし、ならな」
俺は渋々頷いて、店を出る支度を始めるのだった。
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