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不可思議カフェ百鬼夜行の怪異事件簿
第4話 物怪の通り道
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半歩先を進む店長の後ろを俺は歩く。この方向は不動産屋だ。
日が暮れた道は夕食の買い出しをした人たちや、仕事場や学校からの帰りだろう人々、飲みに向かう人や塾通いの中高生の姿が目に入る。ここは賑やかな商店街だ。
「――獅子野くんが落ちた穴はこの辺りかな?」
不動産屋に行く手前の十字路。商店街の通りにクロスする路地裏は大通りに向かう近道になっている。
「ああ、もう少し先だが――」
そこでもう一つ思い出した。
「そうだ、俺、ここで何かに襲われたんだ」
「ほう?」
興味深そうにまる眼鏡の奥の目が細まった。
「いつも商店街のその通りを進むんだが、急に寒気がしてこっちの道に出たんだよ。そしたら、黒い影みたいなものがひゅって過ぎって。このまま進んだらよくない感じがしたから、この路地を進むことにしたんだ」
「それで穴に落ちた、と」
俺は店長の補足に素直に頷いた。
店長は腕を組んだまま路地裏に入っていく。
「そうかそうか。この路地には物怪の通り道があるんだ。まれに普通の人間も巻き込まれて、カフェ百鬼夜行にやってきてしまう」
しれっと怖い話をしないでほしい。
というか、危なくねえのか、それ。
「塞がなくていいのかよ?」
「僕らのようなものが使ってはいるからね。勝手なことはできないさ。それに、憑かれていなければ基本的に通れないものだよ」
「そもそもカフェに来るやつは取り憑かれているってことか」
「そう。僕の力が必要な者はひかれてしまう」
つまり、だ。昨夕に俺がこの道を選んだ結果、憑かれていたからカフェ百鬼夜行に落とされてしまった、というわけだ。
「取り憑いていたのが悪いものじゃないなら僕のところには来ないが、そうではない者はどこに導かれてしまうのだろうねえ」
「行方不明者はこの町では聞かないから、どこかで見つかっているんだろ」
「そうとも限らないさ」
店長は路地裏のいっそう暗くなった場所で立ち止まると、俺と向き合った。
「存在していた事実を丸ごと消されてしまっている場合もあるということだよ」
「ん?」
存在していた事実を丸ごと消す? なかったことになっているということか?
記憶から抹消されてしまうことは、そういう術を使う怪異や怪異使いがいるからありうるとは思っている。だが、情報化社会の現代において、存在していた事実となる記録を消すのは難しいのではなかろうか。
店長は自身の長い人差し指を一本だけ立てて、軽く横に振った。
「不動産屋の社長のことを覚えているのが誰なのか、君は違和感を覚えなかったのかな?」
「別に俺は……いや、そうじゃねえな」
思い返して、あのとき動揺していたから見落としていた事実に思い当たる。
「俺のほかにも従業員がいたはずなのに、就業時間のあの時刻にあそこにいたのは俺だけだ」
夜逃げをしたわけじゃないと思いたくて社長の家にすぐに走ったわけだが、あの場にいるはずの従業員はどうしたのだろう。貼り紙を見てすぐに家に帰るような薄情ものばかりではあるまい。緊急事態に対応するために、他の従業員が顔を出すのを待っているはずだ。俺みたいに社長の家に向かったのであれば、彼らとそこで合流したはず。
俺は携帯電話を取り出して連絡先を探そうとする――が、名前が思い出せない。思い出せる顔もぼんやりである。
「……え、なんだ、これ。俺は誰と働いていたんだ?」
冷や汗が流れてくる。真冬だっていうのに汗が止まらない。
怪異である都合上、俺はその辺の人間よりも怪異への耐性がある。だから、人間なら簡単に術にかかって惑わされるようなことでも、俺には時間差が生じるかまったくかからない。これまではその時間差を利用して術の正体を暴いて無効化してきた。
自分の能力を過信していたのか? 見誤った? だとしても、どういうことだ?
「ふふ。愉快なことになってきたねえ」
「待て、店長。あんたがなにかしたのか?」
混乱している。手が震えて携帯電話を落としそうになったので、ズボンのポケットに押し込んで店長と対峙した。
「僕は君を正しい世界に戻しただけさ」
「正しい……世界?」
「では不動産屋があった場所に行ってみようか」
店長はそう告げて歩き出す。路地から商店街の通りに戻った。
人々の行き交う声が遠い。俺は店長に導かれるようにあとを追った。
日が暮れた道は夕食の買い出しをした人たちや、仕事場や学校からの帰りだろう人々、飲みに向かう人や塾通いの中高生の姿が目に入る。ここは賑やかな商店街だ。
「――獅子野くんが落ちた穴はこの辺りかな?」
不動産屋に行く手前の十字路。商店街の通りにクロスする路地裏は大通りに向かう近道になっている。
「ああ、もう少し先だが――」
そこでもう一つ思い出した。
「そうだ、俺、ここで何かに襲われたんだ」
「ほう?」
興味深そうにまる眼鏡の奥の目が細まった。
「いつも商店街のその通りを進むんだが、急に寒気がしてこっちの道に出たんだよ。そしたら、黒い影みたいなものがひゅって過ぎって。このまま進んだらよくない感じがしたから、この路地を進むことにしたんだ」
「それで穴に落ちた、と」
俺は店長の補足に素直に頷いた。
店長は腕を組んだまま路地裏に入っていく。
「そうかそうか。この路地には物怪の通り道があるんだ。まれに普通の人間も巻き込まれて、カフェ百鬼夜行にやってきてしまう」
しれっと怖い話をしないでほしい。
というか、危なくねえのか、それ。
「塞がなくていいのかよ?」
「僕らのようなものが使ってはいるからね。勝手なことはできないさ。それに、憑かれていなければ基本的に通れないものだよ」
「そもそもカフェに来るやつは取り憑かれているってことか」
「そう。僕の力が必要な者はひかれてしまう」
つまり、だ。昨夕に俺がこの道を選んだ結果、憑かれていたからカフェ百鬼夜行に落とされてしまった、というわけだ。
「取り憑いていたのが悪いものじゃないなら僕のところには来ないが、そうではない者はどこに導かれてしまうのだろうねえ」
「行方不明者はこの町では聞かないから、どこかで見つかっているんだろ」
「そうとも限らないさ」
店長は路地裏のいっそう暗くなった場所で立ち止まると、俺と向き合った。
「存在していた事実を丸ごと消されてしまっている場合もあるということだよ」
「ん?」
存在していた事実を丸ごと消す? なかったことになっているということか?
記憶から抹消されてしまうことは、そういう術を使う怪異や怪異使いがいるからありうるとは思っている。だが、情報化社会の現代において、存在していた事実となる記録を消すのは難しいのではなかろうか。
店長は自身の長い人差し指を一本だけ立てて、軽く横に振った。
「不動産屋の社長のことを覚えているのが誰なのか、君は違和感を覚えなかったのかな?」
「別に俺は……いや、そうじゃねえな」
思い返して、あのとき動揺していたから見落としていた事実に思い当たる。
「俺のほかにも従業員がいたはずなのに、就業時間のあの時刻にあそこにいたのは俺だけだ」
夜逃げをしたわけじゃないと思いたくて社長の家にすぐに走ったわけだが、あの場にいるはずの従業員はどうしたのだろう。貼り紙を見てすぐに家に帰るような薄情ものばかりではあるまい。緊急事態に対応するために、他の従業員が顔を出すのを待っているはずだ。俺みたいに社長の家に向かったのであれば、彼らとそこで合流したはず。
俺は携帯電話を取り出して連絡先を探そうとする――が、名前が思い出せない。思い出せる顔もぼんやりである。
「……え、なんだ、これ。俺は誰と働いていたんだ?」
冷や汗が流れてくる。真冬だっていうのに汗が止まらない。
怪異である都合上、俺はその辺の人間よりも怪異への耐性がある。だから、人間なら簡単に術にかかって惑わされるようなことでも、俺には時間差が生じるかまったくかからない。これまではその時間差を利用して術の正体を暴いて無効化してきた。
自分の能力を過信していたのか? 見誤った? だとしても、どういうことだ?
「ふふ。愉快なことになってきたねえ」
「待て、店長。あんたがなにかしたのか?」
混乱している。手が震えて携帯電話を落としそうになったので、ズボンのポケットに押し込んで店長と対峙した。
「僕は君を正しい世界に戻しただけさ」
「正しい……世界?」
「では不動産屋があった場所に行ってみようか」
店長はそう告げて歩き出す。路地から商店街の通りに戻った。
人々の行き交う声が遠い。俺は店長に導かれるようにあとを追った。
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