不可思議カフェ百鬼夜行は満員御礼

一花カナウ

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不可思議カフェ百鬼夜行の怪異事件簿

最終話 新規契約と連絡先

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 カフェ百鬼夜行に戻ってきた。

「コーヒーと紅茶ならどちらが好みかね? カフェインが苦手なら、ハーブティーもあるが」
「冷たいものがいい」

 カウンター席に座るように促されたのでひとまず腰を下ろす。もう頭痛は消え去っていたが、体には倦怠感が残っている。

「おや、外が寒かったからと思ったのだが」

 インバネスコートを脱いで空いているカウンター席に置きながら、店長が意外そうな顔をこちらに向けた。

「猫舌なんだよ。人肌くらいまで冷めないと口にできなくて」
「それは厄介だね。ならばアイスコーヒーにしようか」

 店長はそう提案して、コーヒーの準備に取り掛かる。

「別に水道水で充分だ」

 外は寒かったし、乾燥していた。飲み物はありがたいのだが、喉を潤すためだけに手間をかけさせるのはどうかと気がひける。喫茶店でコーヒーを出している者が淹れたコーヒーなのだからなおさら。

「遠慮しなくていい。僕のついでなのだから――こういうときにお酒が出せればいいんだけどね」
「ここが喫茶店だからか?」

 この店の間取りがカフェというよりもバーのような印象であることもあって、なんとなく不思議だ。
 店長は首をゆるゆると横に振った。

「いや、僕が下戸なんだ。匂いだけで酔うことはなくなったものの、だいぶ苦手でね」

 コーヒーの芳ばしい匂いを感じる。会話を続けながらも店長の手は止まらない。慣れた動きだ。

「ふぅん……」

 弱点を俺みたいなのに教えていいものだろうか、などと思って待っていると店長が俺を見てニコリと笑った。

「最近は疫病が蔓延していて、店内をこまめに消毒することが推奨されているだろう? 僕一人でおこなうのはなかなか骨でねえ」

 消毒はアルコールでおこなうことが多い。アルコールで肌が荒れてしまうような人も含めて苦手な人にとっては酷だろう。
 俺は同情して頷いた。

「だから店員を募集中だ、と」
「だが、誰でもいいわけじゃない。普通の人間が僕のそばに長くいると精神が汚染されてしまう。耐性がある怪異が望ましい」
「それで俺を口説いておこうと思ったのか」

 俺にとっては初めての体験だったが、あんなふうに自分の記憶が頼りなく感じるのは精神的によくない。耐性のない者があの状態になったら正気ではいられないだろう。
 俺が頷くと、店長は説明を続ける。

「君はアレを取り込んでいても日常生活を送れていた。ここにきて最初に取り除いた怪異にも拒絶反応は出ていなかった。充分に耐性はあるだろうね」
「不動産屋の社長は、俺には負荷が高い相手だったんだよな?」

 精神崩壊がどうのと言っていたのを思い出す。店長は頷いた。

「そうだね」

 店長の目が細められる。何かを思い返しているような静かな間。

「――君を契約で縛りつけていたのが僕には見えたけれど、僕が解除することはできないものだった。怪異には相性があるからそれだけで説明できるわけではないが……厄介な相手だったことには違いない」
「あんた、不動産屋まわりの怪異を退治していたんだよな? 原因がわかっていて放置していたのはそういう相手だったからか?」
「いや、それは関係ないね」

 グラスを取り出して氷を取りに行く。戻ってきた店長の手には氷でいっぱいになったグラスがあった。

「怪異に憑かれている者がこの店にたどり着いてしまうという性質をいいことに、彼らの企みに便乗したところはあるから自分のことを棚に上げるのはね。適切な食事に目くじらを立てるような恥知らずでもないつもりさ。僕は人間の味方を気取っているつもりはないのだよ」
「……そうか」

 俺たち側からしたら当然の話なのに、俺はなにを期待していたというのだろう。

「気落ちしているようだが、僕が正義の味方を標榜しているとでも思っていたのかな?」
「いんや。怪異だしなあって納得してたところだ」

 人間に擬態しすぎて本分を忘れてしまっていたようだ。
 怪異は人間のすぐ横にいる、人間のことわりから外れたものの総称だ。人間に加担する者もいれば、そうでない者もいるのは当然である。

「僕は怪異を研究するのが趣味でね。興味があるものは採取して、興味がないものは祓ってきた。それだけだよ」
「わかりやすいな。それで、俺を観察対象に望んだって?」
「ああ。取って食ったりはしないから、怯える必要はない」

 取って食ったりはしないと言われて、俺は思い出した。文句の一つは言っておかねばならないことがあったのを。
 俺は店長をひと睨みした。

「喰われちゃいねえけど、俺の髪、許可なく使っただろ」
「式神のことかな」
「そう」

 俺が指摘すると、店長は困ったように笑った。

「獅子野くんの何に反応しているのか状況を切り分けたくてね。君自身が強く恨まれているようなら対処をと考えていたんだが、杞憂だったよ」
「事務仕事中心でおもてに出ていなかったからな」
「それが幸いしたようだ」
「昔から運はいいほうなんだよ、俺」

 アイスコーヒーが出来上がって、俺の前に置かれた。

「それで、次の仕事はどうする? 就職先が決まるまで、ここで働いてくれたらとても助かる」
「お茶を淹れたり料理を作ったりは苦手なんで、それ以外だったらな」

 即答だったからか、店長は意外そうな顔をした。

「そんな二つ返事で決めてしまっていいのかい?」
「これもなんかの縁だろ。なりゆきとはいえ、助けてもらってるからな」

 あのまま放置していたら俺は無事じゃなかっただろう。助けてほしいと願ったつもりはなかったのだが、こうして結果的に救われている。今日の仕事の対価にしてはもらいすぎのように感じられた。

「義理堅いのは結構だが、僕は君のそういう部分が心配になるよ」
「説教とか、年長者ムーブかよ」
「少なくとも明治生まれの君よりは長く生きているさ」
「ふぅん」

 見た目は二十代半ばくらいで若々しい印象だが、彼のまとう気配は格の違いを感じずにはいられない。年長であることは間違いないのだが、どのくらい歳上なのかは読めなかった。
 いただきますと告げてアイスコーヒーを口に含む。苦くて美味しい。俺の好みの味だ。

「さて、正社員待遇とアルバイト待遇のどちらがいいかね。どちらにせよ年末までは試用期間だ。給与の手取りが同じになるように調整して支払うよ」
「申し出はありがたいんだが、そっちは大丈夫なのか?」
「人間に擬態するのに必要な手続きが手間だと思う程度で、金銭的な問題はないんだ」

 金持ちの道楽でやっているやつなのか、この店……。
 ここで詳細を聞き続けたら後々に抜けにくくなりそうで、俺は頷くだけにとどめた。契約内容は明日にきちんと確認するとしよう。

「――で、明日は何時に顔を出せばいいんだ?」
「開店は朝七時だから、来られるなら六時、遅くとも六時半には来てもらえるかい?」
「了解した。……連絡先、教えてくれ」

 携帯電話を取り出す。店長もポケットから携帯電話を取り出してお互いの連絡先を交換した。

「明日からよろしく頼むよ、獅子野くん」

 メッセージアプリから愛らしいスタンプが届いた。よろしくね、の文字が明滅している。

「こちらこそ」

 俺も動作確認のためにスタンプを送った。




 こうして俺は、カフェ百鬼夜行の店員として働くことになったのだった。

《終わり》
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