不可思議カフェ百鬼夜行は満員御礼

一花カナウ

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不可思議カフェ百鬼夜行の怪異事件簿

第7話 敵にまわしてしまったものは

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 店長の呼びかけに、電灯で照らされていた俺の影がぐにゃりと曲がった。
 なっ、なんだ、これ。
 俺が足元を警戒していると、影がぐっと伸びてぶちんとちぎれる。分離した影が立ち上がって形を現した。

「穏便に解決しようと思っただけなんやけんどなあ」

 聞き覚えのある声。社長と背格好が同じ黒い人影が発したらしい声は、自分の記憶に微かに残っていた社長のものと一致する。

「これのどこが穏便なのかな?」

 店長が式神を生み出すと、やはり獣のような影がそれに食いついてくる。

「アンタがすることよりは穏便やないかと」
「そうだね。同じ程度には物騒だ」

 店長はメモ帳をちぎって黒い人影に飛ばす。それは弾丸のように真っ直ぐに飛んだが、黒い人影に触れる前に空中で静止した。

「問答無用で攻撃してほしくはありまへんなあ」

 キャラ作りのためなのだろう妙なイントネーションで喋る様は俺の知っている社長と同じで、今対峙している黒い人影が社長の正体なのだと確信した。
 店長の結界のせいか、気配をうまく探れないんだよな……。
 通常ならば周辺の状況や気配を探るなんて朝飯前なのに、全力を発揮できないのが歯痒い。

「話が通じない相手なら、そもそも話す必要がないと思っただけなのだが?」

 なんとなく、店長は怒っているような気がした。なにに怒っているのかはよくわからないのだが。
 挑発するような口調に、黒い人影は首を捻るような仕草をした。

「話をする気がないのはそちらさんでっしゃろうに」
「ああ、そうか……君は僕との因縁をわかっていないのか」
「初対面ではないにせよ、因縁といえるほどの関係はありまへんわ」
「ふむ。君からしたら、そうなるのか」

 睨み合って腹の探り合いをしているように俺には映る。映る、のだが。
 俺、当事者かと思っていたけど部外者じゃね?
 店長のまる眼鏡の奥の目が鋭さを増す。

「無害な人間に曰くつきの物件を紹介して食わせていたのは君だったのだろう?」

 挑発に、黒い人影はポンと手を打つジェスチャーをした。

「ということは、祓っていたのはそちらさんでしたか。いやはや商売敵にこんなところで会うとは。もう撤退しますんで、お邪魔することも無いかと――」
「僕が手を出したことで、話が違うと恨まれてしまった君はこれまでの関係者から狙われているわけだ。それで獅子野くんの中に隠れることにした」
「あ?」

 社長が俺を隠れ蓑にしたから、よからぬ物に憑かれたり命を狙われたりしていたのか。つまり狙いは俺じゃない。
 今見えているあの獣の影のような怪異も、社長の能力ではないのだろう。昨夜に遭遇したときも社長の気配はなかった。現状は俺の能力が制限されているから確証は得られないものの、獣の影は知らない気配をまとっている気がする。

「ほとぼりがさめるまでは見逃してくれまへん? なあんもしません、命の保証はしますんで」
「それならそれで、彼に説明する必要があったんじゃないかね? 怪異だと知っていたから、長期的に隠れるのに適していると考えたのだろうが、彼はまだ若い。体を乗っ取られているような状態が続いていけば精神崩壊を起こす」

 記憶がぼんやりしていたのは改竄されていたからではなく、体調不良そのものだったということか。
 俺が納得している一方で、黒い人影は困惑している。黒い人影は逃げようと画策しているのか半歩下がった。

「それは……」

 言い淀む人影に、店長は立てた人差し指を向けた。

「体を乗っ取るほうが目的だったんじゃないかと僕は疑っているのだよ」
「ひっ」

 宙で静止していた札が動いて、逃げようとした人影の頭に貼りついた。

「僕は暴力よりも研究のほうが好きでね。――さて、ここからが交渉だ」

 黒い人影がガタガタと震えている。

「な、なんでございましょう?」
「まずは獅子野くんを正式に解雇してやってほしい」
「しょ、承知。諸々の契約は破棄し、ウチの不動産屋から正式に解雇としますっ!」

 社長が宣言すると、俺の首元に熱が宿る。チリチリと何かが焼けたような気配がして、それきり落ち着いた。首を撫でるが異変は感じられない。
 雇用契約を結ぶときに細工がされていたんだな……全然見抜けなかった。
 俺に異常がないことを目視して、店長は頷いた。

「うん。それでは次の交渉だ」

 店長は人差し指と中指を立てて黒い人影に向ける。

「このまま僕の手元に封じられるか、君の屋敷に集いに集った復讐者たちの元に投げ込まれるか……どちらがお好みかな?」

 示された人差し指と中指を交互に見つめながら黒い人影が震え上がっている。

「案ずることはない、命の保証はしよう。五体満足でいられるかは、君の協力次第だが」
「ひぃ……わ、わかりました! あなた様の元に封じられます!」

 店長を選んだあたり、自分よりずっと格上のやばいやつを敵にまわしてしまったからずらかろうって魂胆だったのだとみた。運がなかったのだな。
 慌てて懇願する黒い人影に店長はゆっくりと近づいて、彼の頭を両手でがしっと挟んだ。

「契約成立だ。屋敷に放り込むのだけは避けてあげよう」

 バキバキと骨が砕けるような音が響く。黒い人影はコンパクトに折り畳まれるようにして店長の手の中に収まった。

「ふふ。すっかり小さくなったねえ」
「おい……すげえ音がしたんだが」
「ただの効果音さ。演出のようなものだよ」
「なんのための演出なんだ?」
「獅子野くんがそこにいたじゃないか。すべて無音で行ったら、君に伝わらないだろう?」

 その台詞と恍惚とした表情から俺は察した。
 百目鬼店長は危険人物だ、と。

「さて、そろそろ結界の効力も切れる頃合いだ。その元不動産屋への恨みを引き受けるつもりはないから、お暇しようか」

 店長が穏やかな表情に戻ったかと思うと歩き出す。さりげなく俺の背中に貼りつけていた札を剥がしてきたので、俺は否応なしに店長についていくしかないのだった。
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