7 / 8
不可思議カフェ百鬼夜行の怪異事件簿
第7話 敵にまわしてしまったものは
しおりを挟む
店長の呼びかけに、電灯で照らされていた俺の影がぐにゃりと曲がった。
なっ、なんだ、これ。
俺が足元を警戒していると、影がぐっと伸びてぶちんとちぎれる。分離した影が立ち上がって形を現した。
「穏便に解決しようと思っただけなんやけんどなあ」
聞き覚えのある声。社長と背格好が同じ黒い人影が発したらしい声は、自分の記憶に微かに残っていた社長のものと一致する。
「これのどこが穏便なのかな?」
店長が式神を生み出すと、やはり獣のような影がそれに食いついてくる。
「アンタがすることよりは穏便やないかと」
「そうだね。同じ程度には物騒だ」
店長はメモ帳をちぎって黒い人影に飛ばす。それは弾丸のように真っ直ぐに飛んだが、黒い人影に触れる前に空中で静止した。
「問答無用で攻撃してほしくはありまへんなあ」
キャラ作りのためなのだろう妙なイントネーションで喋る様は俺の知っている社長と同じで、今対峙している黒い人影が社長の正体なのだと確信した。
店長の結界のせいか、気配をうまく探れないんだよな……。
通常ならば周辺の状況や気配を探るなんて朝飯前なのに、全力を発揮できないのが歯痒い。
「話が通じない相手なら、そもそも話す必要がないと思っただけなのだが?」
なんとなく、店長は怒っているような気がした。なにに怒っているのかはよくわからないのだが。
挑発するような口調に、黒い人影は首を捻るような仕草をした。
「話をする気がないのはそちらさんでっしゃろうに」
「ああ、そうか……君は僕との因縁をわかっていないのか」
「初対面ではないにせよ、因縁といえるほどの関係はありまへんわ」
「ふむ。君からしたら、そうなるのか」
睨み合って腹の探り合いをしているように俺には映る。映る、のだが。
俺、当事者かと思っていたけど部外者じゃね?
店長のまる眼鏡の奥の目が鋭さを増す。
「無害な人間に曰くつきの物件を紹介して食わせていたのは君だったのだろう?」
挑発に、黒い人影はポンと手を打つジェスチャーをした。
「ということは、祓っていたのはそちらさんでしたか。いやはや商売敵にこんなところで会うとは。もう撤退しますんで、お邪魔することも無いかと――」
「僕が手を出したことで、話が違うと恨まれてしまった君はこれまでの関係者から狙われているわけだ。それで獅子野くんの中に隠れることにした」
「あ?」
社長が俺を隠れ蓑にしたから、よからぬ物に憑かれたり命を狙われたりしていたのか。つまり狙いは俺じゃない。
今見えているあの獣の影のような怪異も、社長の能力ではないのだろう。昨夜に遭遇したときも社長の気配はなかった。現状は俺の能力が制限されているから確証は得られないものの、獣の影は知らない気配をまとっている気がする。
「ほとぼりがさめるまでは見逃してくれまへん? なあんもしません、命の保証はしますんで」
「それならそれで、彼に説明する必要があったんじゃないかね? 怪異だと知っていたから、長期的に隠れるのに適していると考えたのだろうが、彼はまだ若い。体を乗っ取られているような状態が続いていけば精神崩壊を起こす」
記憶がぼんやりしていたのは改竄されていたからではなく、体調不良そのものだったということか。
俺が納得している一方で、黒い人影は困惑している。黒い人影は逃げようと画策しているのか半歩下がった。
「それは……」
言い淀む人影に、店長は立てた人差し指を向けた。
「体を乗っ取るほうが目的だったんじゃないかと僕は疑っているのだよ」
「ひっ」
宙で静止していた札が動いて、逃げようとした人影の頭に貼りついた。
「僕は暴力よりも研究のほうが好きでね。――さて、ここからが交渉だ」
黒い人影がガタガタと震えている。
「な、なんでございましょう?」
「まずは獅子野くんを正式に解雇してやってほしい」
「しょ、承知。諸々の契約は破棄し、ウチの不動産屋から正式に解雇としますっ!」
社長が宣言すると、俺の首元に熱が宿る。チリチリと何かが焼けたような気配がして、それきり落ち着いた。首を撫でるが異変は感じられない。
雇用契約を結ぶときに細工がされていたんだな……全然見抜けなかった。
俺に異常がないことを目視して、店長は頷いた。
「うん。それでは次の交渉だ」
店長は人差し指と中指を立てて黒い人影に向ける。
「このまま僕の手元に封じられるか、君の屋敷に集いに集った復讐者たちの元に投げ込まれるか……どちらがお好みかな?」
示された人差し指と中指を交互に見つめながら黒い人影が震え上がっている。
「案ずることはない、命の保証はしよう。五体満足でいられるかは、君の協力次第だが」
「ひぃ……わ、わかりました! あなた様の元に封じられます!」
店長を選んだあたり、自分よりずっと格上のやばいやつを敵にまわしてしまったからずらかろうって魂胆だったのだとみた。運がなかったのだな。
慌てて懇願する黒い人影に店長はゆっくりと近づいて、彼の頭を両手でがしっと挟んだ。
「契約成立だ。屋敷に放り込むのだけは避けてあげよう」
バキバキと骨が砕けるような音が響く。黒い人影はコンパクトに折り畳まれるようにして店長の手の中に収まった。
「ふふ。すっかり小さくなったねえ」
「おい……すげえ音がしたんだが」
「ただの効果音さ。演出のようなものだよ」
「なんのための演出なんだ?」
「獅子野くんがそこにいたじゃないか。すべて無音で行ったら、君に伝わらないだろう?」
その台詞と恍惚とした表情から俺は察した。
百目鬼店長は危険人物だ、と。
「さて、そろそろ結界の効力も切れる頃合いだ。その元不動産屋への恨みを引き受けるつもりはないから、お暇しようか」
店長が穏やかな表情に戻ったかと思うと歩き出す。さりげなく俺の背中に貼りつけていた札を剥がしてきたので、俺は否応なしに店長についていくしかないのだった。
なっ、なんだ、これ。
俺が足元を警戒していると、影がぐっと伸びてぶちんとちぎれる。分離した影が立ち上がって形を現した。
「穏便に解決しようと思っただけなんやけんどなあ」
聞き覚えのある声。社長と背格好が同じ黒い人影が発したらしい声は、自分の記憶に微かに残っていた社長のものと一致する。
「これのどこが穏便なのかな?」
店長が式神を生み出すと、やはり獣のような影がそれに食いついてくる。
「アンタがすることよりは穏便やないかと」
「そうだね。同じ程度には物騒だ」
店長はメモ帳をちぎって黒い人影に飛ばす。それは弾丸のように真っ直ぐに飛んだが、黒い人影に触れる前に空中で静止した。
「問答無用で攻撃してほしくはありまへんなあ」
キャラ作りのためなのだろう妙なイントネーションで喋る様は俺の知っている社長と同じで、今対峙している黒い人影が社長の正体なのだと確信した。
店長の結界のせいか、気配をうまく探れないんだよな……。
通常ならば周辺の状況や気配を探るなんて朝飯前なのに、全力を発揮できないのが歯痒い。
「話が通じない相手なら、そもそも話す必要がないと思っただけなのだが?」
なんとなく、店長は怒っているような気がした。なにに怒っているのかはよくわからないのだが。
挑発するような口調に、黒い人影は首を捻るような仕草をした。
「話をする気がないのはそちらさんでっしゃろうに」
「ああ、そうか……君は僕との因縁をわかっていないのか」
「初対面ではないにせよ、因縁といえるほどの関係はありまへんわ」
「ふむ。君からしたら、そうなるのか」
睨み合って腹の探り合いをしているように俺には映る。映る、のだが。
俺、当事者かと思っていたけど部外者じゃね?
店長のまる眼鏡の奥の目が鋭さを増す。
「無害な人間に曰くつきの物件を紹介して食わせていたのは君だったのだろう?」
挑発に、黒い人影はポンと手を打つジェスチャーをした。
「ということは、祓っていたのはそちらさんでしたか。いやはや商売敵にこんなところで会うとは。もう撤退しますんで、お邪魔することも無いかと――」
「僕が手を出したことで、話が違うと恨まれてしまった君はこれまでの関係者から狙われているわけだ。それで獅子野くんの中に隠れることにした」
「あ?」
社長が俺を隠れ蓑にしたから、よからぬ物に憑かれたり命を狙われたりしていたのか。つまり狙いは俺じゃない。
今見えているあの獣の影のような怪異も、社長の能力ではないのだろう。昨夜に遭遇したときも社長の気配はなかった。現状は俺の能力が制限されているから確証は得られないものの、獣の影は知らない気配をまとっている気がする。
「ほとぼりがさめるまでは見逃してくれまへん? なあんもしません、命の保証はしますんで」
「それならそれで、彼に説明する必要があったんじゃないかね? 怪異だと知っていたから、長期的に隠れるのに適していると考えたのだろうが、彼はまだ若い。体を乗っ取られているような状態が続いていけば精神崩壊を起こす」
記憶がぼんやりしていたのは改竄されていたからではなく、体調不良そのものだったということか。
俺が納得している一方で、黒い人影は困惑している。黒い人影は逃げようと画策しているのか半歩下がった。
「それは……」
言い淀む人影に、店長は立てた人差し指を向けた。
「体を乗っ取るほうが目的だったんじゃないかと僕は疑っているのだよ」
「ひっ」
宙で静止していた札が動いて、逃げようとした人影の頭に貼りついた。
「僕は暴力よりも研究のほうが好きでね。――さて、ここからが交渉だ」
黒い人影がガタガタと震えている。
「な、なんでございましょう?」
「まずは獅子野くんを正式に解雇してやってほしい」
「しょ、承知。諸々の契約は破棄し、ウチの不動産屋から正式に解雇としますっ!」
社長が宣言すると、俺の首元に熱が宿る。チリチリと何かが焼けたような気配がして、それきり落ち着いた。首を撫でるが異変は感じられない。
雇用契約を結ぶときに細工がされていたんだな……全然見抜けなかった。
俺に異常がないことを目視して、店長は頷いた。
「うん。それでは次の交渉だ」
店長は人差し指と中指を立てて黒い人影に向ける。
「このまま僕の手元に封じられるか、君の屋敷に集いに集った復讐者たちの元に投げ込まれるか……どちらがお好みかな?」
示された人差し指と中指を交互に見つめながら黒い人影が震え上がっている。
「案ずることはない、命の保証はしよう。五体満足でいられるかは、君の協力次第だが」
「ひぃ……わ、わかりました! あなた様の元に封じられます!」
店長を選んだあたり、自分よりずっと格上のやばいやつを敵にまわしてしまったからずらかろうって魂胆だったのだとみた。運がなかったのだな。
慌てて懇願する黒い人影に店長はゆっくりと近づいて、彼の頭を両手でがしっと挟んだ。
「契約成立だ。屋敷に放り込むのだけは避けてあげよう」
バキバキと骨が砕けるような音が響く。黒い人影はコンパクトに折り畳まれるようにして店長の手の中に収まった。
「ふふ。すっかり小さくなったねえ」
「おい……すげえ音がしたんだが」
「ただの効果音さ。演出のようなものだよ」
「なんのための演出なんだ?」
「獅子野くんがそこにいたじゃないか。すべて無音で行ったら、君に伝わらないだろう?」
その台詞と恍惚とした表情から俺は察した。
百目鬼店長は危険人物だ、と。
「さて、そろそろ結界の効力も切れる頃合いだ。その元不動産屋への恨みを引き受けるつもりはないから、お暇しようか」
店長が穏やかな表情に戻ったかと思うと歩き出す。さりげなく俺の背中に貼りつけていた札を剥がしてきたので、俺は否応なしに店長についていくしかないのだった。
7
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる