不可思議カフェ百鬼夜行は満員御礼

一花カナウ

文字の大きさ
7 / 58
不可思議カフェ百鬼夜行の怪異事件簿

第7話 敵にまわしてしまったものは

しおりを挟む
 店長の呼びかけに、電灯で照らされていた俺の影がぐにゃりと曲がった。
 なっ、なんだ、これ。
 俺が足元を警戒していると、影がぐっと伸びてぶちんとちぎれる。分離した影が立ち上がって形を現した。

「穏便に解決しようと思っただけなんやけんどなあ」

 聞き覚えのある声。社長と背格好が同じ黒い人影が発したらしい声は、自分の記憶に微かに残っていた社長のものと一致する。

「これのどこが穏便なのかな?」

 店長が式神を生み出すと、やはり獣のような影がそれに食いついてくる。

「アンタがすることよりは穏便やないかと」
「そうだね。同じ程度には物騒だ」

 店長はメモ帳をちぎって黒い人影に飛ばす。それは弾丸のように真っ直ぐに飛んだが、黒い人影に触れる前に空中で静止した。

「問答無用で攻撃してほしくはありまへんなあ」

 キャラ作りのためなのだろう妙なイントネーションで喋る様は俺の知っている社長と同じで、今対峙している黒い人影が社長の正体なのだと確信した。
 店長の結界のせいか、気配をうまく探れないんだよな……。
 通常ならば周辺の状況や気配を探るなんて朝飯前なのに、全力を発揮できないのが歯痒い。

「話が通じない相手なら、そもそも話す必要がないと思っただけなのだが?」

 なんとなく、店長は怒っているような気がした。なにに怒っているのかはよくわからないのだが。
 挑発するような口調に、黒い人影は首を捻るような仕草をした。

「話をする気がないのはそちらさんでっしゃろうに」
「ああ、そうか……君は僕との因縁をわかっていないのか」
「初対面ではないにせよ、因縁といえるほどの関係はありまへんわ」
「ふむ。君からしたら、そうなるのか」

 睨み合って腹の探り合いをしているように俺には映る。映る、のだが。
 俺、当事者かと思っていたけど部外者じゃね?
 店長のまる眼鏡の奥の目が鋭さを増す。

「無害な人間に曰くつきの物件を紹介して食わせていたのは君だったのだろう?」

 挑発に、黒い人影はポンと手を打つジェスチャーをした。

「ということは、祓っていたのはそちらさんでしたか。いやはや商売敵にこんなところで会うとは。もう撤退しますんで、お邪魔することも無いかと――」
「僕が手を出したことで、話が違うと恨まれてしまった君はこれまでの関係者から狙われているわけだ。それで獅子野くんの中に隠れることにした」
「あ?」

 社長が俺を隠れ蓑にしたから、よからぬ物に憑かれたり命を狙われたりしていたのか。つまり狙いは俺じゃない。
 今見えているあの獣の影のような怪異も、社長の能力ではないのだろう。昨夜に遭遇したときも社長の気配はなかった。現状は俺の能力が制限されているから確証は得られないものの、獣の影は知らない気配をまとっている気がする。

「ほとぼりがさめるまでは見逃してくれまへん? なあんもしません、命の保証はしますんで」
「それならそれで、彼に説明する必要があったんじゃないかね? 怪異だと知っていたから、長期的に隠れるのに適していると考えたのだろうが、彼はまだ若い。体を乗っ取られているような状態が続いていけば精神崩壊を起こす」

 記憶がぼんやりしていたのは改竄されていたからではなく、体調不良そのものだったということか。
 俺が納得している一方で、黒い人影は困惑している。黒い人影は逃げようと画策しているのか半歩下がった。

「それは……」

 言い淀む人影に、店長は立てた人差し指を向けた。

「体を乗っ取るほうが目的だったんじゃないかと僕は疑っているのだよ」
「ひっ」

 宙で静止していた札が動いて、逃げようとした人影の頭に貼りついた。

「僕は暴力よりも研究のほうが好きでね。――さて、ここからが交渉だ」

 黒い人影がガタガタと震えている。

「な、なんでございましょう?」
「まずは獅子野くんを正式に解雇してやってほしい」
「しょ、承知。諸々の契約は破棄し、ウチの不動産屋から正式に解雇としますっ!」

 社長が宣言すると、俺の首元に熱が宿る。チリチリと何かが焼けたような気配がして、それきり落ち着いた。首を撫でるが異変は感じられない。
 雇用契約を結ぶときに細工がされていたんだな……全然見抜けなかった。
 俺に異常がないことを目視して、店長は頷いた。

「うん。それでは次の交渉だ」

 店長は人差し指と中指を立てて黒い人影に向ける。

「このまま僕の手元に封じられるか、君の屋敷に集いに集った復讐者たちの元に投げ込まれるか……どちらがお好みかな?」

 示された人差し指と中指を交互に見つめながら黒い人影が震え上がっている。

「案ずることはない、命の保証はしよう。五体満足でいられるかは、君の協力次第だが」
「ひぃ……わ、わかりました! あなた様の元に封じられます!」

 店長を選んだあたり、自分よりずっと格上のやばいやつを敵にまわしてしまったからずらかろうって魂胆だったのだとみた。運がなかったのだな。
 慌てて懇願する黒い人影に店長はゆっくりと近づいて、彼の頭を両手でがしっと挟んだ。

「契約成立だ。屋敷に放り込むのだけは避けてあげよう」

 バキバキと骨が砕けるような音が響く。黒い人影はコンパクトに折り畳まれるようにして店長の手の中に収まった。

「ふふ。すっかり小さくなったねえ」
「おい……すげえ音がしたんだが」
「ただの効果音さ。演出のようなものだよ」
「なんのための演出なんだ?」
「獅子野くんがそこにいたじゃないか。すべて無音で行ったら、君に伝わらないだろう?」

 その台詞と恍惚とした表情から俺は察した。
 百目鬼店長は危険人物だ、と。

「さて、そろそろ結界の効力も切れる頃合いだ。その元不動産屋への恨みを引き受けるつもりはないから、お暇しようか」

 店長が穏やかな表情に戻ったかと思うと歩き出す。さりげなく俺の背中に貼りつけていた札を剥がしてきたので、俺は否応なしに店長についていくしかないのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

付喪神狩

やまだごんた
キャラ文芸
古い道具には年月と共に人の情念が蓄積され、それが意思を持ったものが付喪神と呼ばれる。 容姿端麗だが口も性格も女癖も悪い大和御門は日本で唯一の付喪神狩として、付喪神を祓う能力者。 自分に取り憑いた大口真神を引き連れ、同居中の相方・棚橋亨と繰り広げる現代異能バトル

無能の少女は鬼神に愛され娶られる

遠野まさみ
キャラ文芸
人とあやかしが隣り合わせに暮らしていたいにしえの時代、人の中に、破妖の力を持つ人がいた。 その一族の娘・咲は、破妖の力を持たず、家族から無能と罵られてきた。 ある日、咲が華族の怒りを買い、あやかしの餌として差し出されたところを、美貌の青年が咲を救う。 青年はおにかみの一族の長だと言い、咲を里に連れて帰りーーーー?

後宮薬師は名を持たない

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

God Buddy

燎 空綺羅
キャラ文芸
アメリカ合衆国、ミズーリ州コロンビアを舞台に、ゾロアスター教の2神の生まれ変わりである少年たちが、仲間たちと共に、市民を守る為に戦いを繰り広げる物語。 怒りと憎しみを乗り越えられるのか? 愛する人を救えるのか? 16歳のオーエン・テイラーは、悩み、苦しみ、運命に抗いながら、前へと進んでゆく。 過ちを抱えながらも、歩むしかない。 この物語は、オーエン・テイラーの、成長の軌跡である。

ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」

masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。 世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。 しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。 入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。 彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。 香織は、八重の親友。 そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。 その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。 ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。 偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。 「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。 やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。 その中で、恋もまた静かに進んでいく。 「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。 それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。 一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。 現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。 本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...