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青玉の求婚は突然に
*5* 7月24日水曜日、放課後
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夏期講習が終わり、紅は自転車を押して自宅に向かっていた。まだ陽は高く、陽射しは強い。とはいえあまり遅くなってもどんな目に遭うのかわかったものではないので、明るい安全なうちに出ることにしたわけだ。
宝杖学院の隣に位置する星章家の大きな屋敷の横を通っていると、スマートフォンが着信を知らせた。相手は蒼衣だ。紅は電話に出る。
「ハッピーバースデー、紅」
ある程度予想していた電話だったが、それでも嬉しい。思わず顔が綻んでしまう。
「毎年祝ってくれてありがとう」
「本当は朝に声を掛けたかったのですが、急いでいたようでしたので。今、お時間、ありますか?」
屋敷を見上げると、蒼衣が指で家に上がれのジェスチャーをしている。
「良いわよ。そっちに行くわ」
吹き抜けの広い玄関ホールにやってくると、蒼衣が出迎えてくれた。青色の細かいストライプのワイシャツに藍色のチノパンという私服姿だ。昼休みに学校にいるのを見かけたので、講義のあとすぐに屋敷に帰ってきたのだろう。
「こんにちは、星章先輩」
「いらっしゃい。私の部屋にどうぞ」
紅は二階にある蒼衣の部屋に通された。学習机にはノートパソコンが置かれているだけで、あとはしまわれている。本棚に並んでいるのは参考書。セミダブルのベッドはきちんと整えられて皺はない。二カ所ある出窓には観葉植物と鉱物のオブジェが並んでいた。彼の部屋を訪れるのは随分振りだが、受験生らしい本のラインナップになっている他は変わりがない。
すでに来客の準備が整っていて、折り畳みの背の低いテーブルとクッションが置かれている。紅は円くてふわふわとしたクッションに腰を下ろした。昼休みの出来事を思い出し、知っているだろうと思いつつも話題にしてみる。
「予告状で盛り上がっていたわよ」
「そうですね」
蒼衣は紅の対面に置かれたクッションに腰を下ろすと胡座をかいた。表情に苦いものがわずかながら滲んでいる。
「紺青の王、小さい頃に見せてくれたサファイアの指輪よね。オーバルカットで八カラット。よくあるデザインだとダイヤなんかで彩りを添えるところを、あえて色石一つのソリテール型の指輪に仕上げた一級品」
覚えている範囲でさらさらと告げると、蒼衣が珍しく目を丸くしていた。
「そんな説明、したことありましたか? すべて正解です」
正解との言葉に、紅はふふんと自慢気に鼻を鳴らして胸を張る。
「ジュエリーデザイナーを目指して勉強してきた甲斐があったもんよ――で、予定、変える?」
何の用事があるのかは知らないが、怪盗オパールが星章家の家宝を狙っているのだ、日を改めてもいいような事態である。
紅の不安げな問いに、蒼衣は静かに首を横に振った。
「いえ、それには及びません。ですが、追加で紅の土曜日もいただけませんか?」
「土曜日も? 別に構わないけど」
これといった約束は今のところない。暇であれば、光や真珠とショッピングにでも行こうかと思っていた程度だ。
「良かった。約束ですよ」
あまりにも嬉しそうに笑むので、蒼衣を見ていると照れくさくなる。彼はこんなに笑う人だっただろうか。
――学校ではいつも真面目くさった表情しか見掛けないからなぁ……。そういう役割を求められているんだから、仕方がないのかも知れないけど。
「この部屋に招いたのは、そんな話のためじゃありませんよ。少しだけ、目を閉じていただけませんか?」
「目を?」
「えぇ、少しの間だけ」
訝しげに思いながらも、紅は言われた通りに目を閉じる。わずかばかり俯いてじっと待っていると、前髪に彼の手が触れた。条件反射でピクリと身体を動かす。蒼衣の手が離れていく。
「痛かったですか? すみません、慣れないもので」
「あ、ううん。違うの。驚いただけ」
「そうでしたか。――もう目を開けてもいいですよ」
促されて、紅がそっと目蓋を上げると、蒼衣が支える鏡がまず目に入った。続いて気付いたのは前髪を押さえている綺麗なピン。六条の光を返す青色の丸い石が付けられている。小さいが輝きが強く、宝石であることは紅でもわかった。
「これは……?」
思いがけない物を受け取り、戸惑う気持ちを鎮めることができないまま蒼衣の顔を見つめる。
「貴女への誕生日プレゼントです。アイススフィアと名付けられたスターサファイアが入っています。御守りとして身に付けていて下さいね」
「う、うん。でも、これ、かなり高価なものよね? 本当にもらっていいの?」
「良いんですよ。私は貴女のそばで常に護ることができないんですから。その代わりのようなものです。受け取ってください」
「ありがとう。大事にするわ」
紅は感謝の気持ちを込めて、一番の笑顔を作る。自分はこんなことしか返せない。何でも人並み以上にできてしまう蒼衣に、紅が彼のためにできることなどほとんどないのだ。
――星章先輩は遠い世界の人。いつかは離れなきゃいけない人よ。ちゃんとわきまえておかないと。
小さな頃から交流があるせいで、すぐに忘れてしまう。でも彼は紅のような庶民とは違う次元にいる人なのだ。家柄も暮らし向きも、紅の日常からは遠い。それを意図的に思い出し、距離を再認識した。
宝杖学院の隣に位置する星章家の大きな屋敷の横を通っていると、スマートフォンが着信を知らせた。相手は蒼衣だ。紅は電話に出る。
「ハッピーバースデー、紅」
ある程度予想していた電話だったが、それでも嬉しい。思わず顔が綻んでしまう。
「毎年祝ってくれてありがとう」
「本当は朝に声を掛けたかったのですが、急いでいたようでしたので。今、お時間、ありますか?」
屋敷を見上げると、蒼衣が指で家に上がれのジェスチャーをしている。
「良いわよ。そっちに行くわ」
吹き抜けの広い玄関ホールにやってくると、蒼衣が出迎えてくれた。青色の細かいストライプのワイシャツに藍色のチノパンという私服姿だ。昼休みに学校にいるのを見かけたので、講義のあとすぐに屋敷に帰ってきたのだろう。
「こんにちは、星章先輩」
「いらっしゃい。私の部屋にどうぞ」
紅は二階にある蒼衣の部屋に通された。学習机にはノートパソコンが置かれているだけで、あとはしまわれている。本棚に並んでいるのは参考書。セミダブルのベッドはきちんと整えられて皺はない。二カ所ある出窓には観葉植物と鉱物のオブジェが並んでいた。彼の部屋を訪れるのは随分振りだが、受験生らしい本のラインナップになっている他は変わりがない。
すでに来客の準備が整っていて、折り畳みの背の低いテーブルとクッションが置かれている。紅は円くてふわふわとしたクッションに腰を下ろした。昼休みの出来事を思い出し、知っているだろうと思いつつも話題にしてみる。
「予告状で盛り上がっていたわよ」
「そうですね」
蒼衣は紅の対面に置かれたクッションに腰を下ろすと胡座をかいた。表情に苦いものがわずかながら滲んでいる。
「紺青の王、小さい頃に見せてくれたサファイアの指輪よね。オーバルカットで八カラット。よくあるデザインだとダイヤなんかで彩りを添えるところを、あえて色石一つのソリテール型の指輪に仕上げた一級品」
覚えている範囲でさらさらと告げると、蒼衣が珍しく目を丸くしていた。
「そんな説明、したことありましたか? すべて正解です」
正解との言葉に、紅はふふんと自慢気に鼻を鳴らして胸を張る。
「ジュエリーデザイナーを目指して勉強してきた甲斐があったもんよ――で、予定、変える?」
何の用事があるのかは知らないが、怪盗オパールが星章家の家宝を狙っているのだ、日を改めてもいいような事態である。
紅の不安げな問いに、蒼衣は静かに首を横に振った。
「いえ、それには及びません。ですが、追加で紅の土曜日もいただけませんか?」
「土曜日も? 別に構わないけど」
これといった約束は今のところない。暇であれば、光や真珠とショッピングにでも行こうかと思っていた程度だ。
「良かった。約束ですよ」
あまりにも嬉しそうに笑むので、蒼衣を見ていると照れくさくなる。彼はこんなに笑う人だっただろうか。
――学校ではいつも真面目くさった表情しか見掛けないからなぁ……。そういう役割を求められているんだから、仕方がないのかも知れないけど。
「この部屋に招いたのは、そんな話のためじゃありませんよ。少しだけ、目を閉じていただけませんか?」
「目を?」
「えぇ、少しの間だけ」
訝しげに思いながらも、紅は言われた通りに目を閉じる。わずかばかり俯いてじっと待っていると、前髪に彼の手が触れた。条件反射でピクリと身体を動かす。蒼衣の手が離れていく。
「痛かったですか? すみません、慣れないもので」
「あ、ううん。違うの。驚いただけ」
「そうでしたか。――もう目を開けてもいいですよ」
促されて、紅がそっと目蓋を上げると、蒼衣が支える鏡がまず目に入った。続いて気付いたのは前髪を押さえている綺麗なピン。六条の光を返す青色の丸い石が付けられている。小さいが輝きが強く、宝石であることは紅でもわかった。
「これは……?」
思いがけない物を受け取り、戸惑う気持ちを鎮めることができないまま蒼衣の顔を見つめる。
「貴女への誕生日プレゼントです。アイススフィアと名付けられたスターサファイアが入っています。御守りとして身に付けていて下さいね」
「う、うん。でも、これ、かなり高価なものよね? 本当にもらっていいの?」
「良いんですよ。私は貴女のそばで常に護ることができないんですから。その代わりのようなものです。受け取ってください」
「ありがとう。大事にするわ」
紅は感謝の気持ちを込めて、一番の笑顔を作る。自分はこんなことしか返せない。何でも人並み以上にできてしまう蒼衣に、紅が彼のためにできることなどほとんどないのだ。
――星章先輩は遠い世界の人。いつかは離れなきゃいけない人よ。ちゃんとわきまえておかないと。
小さな頃から交流があるせいで、すぐに忘れてしまう。でも彼は紅のような庶民とは違う次元にいる人なのだ。家柄も暮らし向きも、紅の日常からは遠い。それを意図的に思い出し、距離を再認識した。
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