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青玉の求婚は突然に

★14★ 7月27日土曜日、20時過ぎ

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 抜折羅ばさらは呼んでおいたタリスマンオーダー社のステーションワゴンの後部座席に、こうを連れて乗り込んだ。紅を自宅に送りたい旨を告げると、運転手は余計な言葉は口にせずに車を走らせる。

「――さっきは悪かったな。無理やりキスをして」

 こんな状況でないと謝れない。抜折羅は窓の外に目を向けている紅に謝罪した。

「弁解するなら、話は聞くわよ。判決はそのあとね」

 紅はこちらを見てくれない。考え事をしているみたいに抜折羅の目には映る。

「ホープの力が弱っていたのは本当だ。魔性石の力は無尽蔵というわけではない。石に固有の量があって、力を借り続ければ枯渇する」
「それのどこに口付けの理由があるの?」

 彼女の淡々とした声は怒っているようにも聞こえて、抜折羅は緊張する。

白浪しらなみ先輩が言っていたのだが、紅の持つフレイムブラッドは接触したタリスマントーカーに力を分け与えることができるようだ」
「キスの説明になってない」
「口付けが一番効率良く最速で力の授受ができるんだよ。お前の手に触れたときとは桁違いだった。――これでいいか?」

 恐る恐る説明すると、紅が抜折羅の方に向き直った。

「おかげで力を補填できたから、あたしを助けられた、と――そう弁解するのね?」
「そうだ。それ以上の申し開きはない」

 潔く抜折羅は頷く。判決を待っていると、紅は口の端を少し上げた。

「――抜折羅は……ううん。あなたは優しい人ね」
「……何故、笑う?」

 紅が微笑んでいるように見える。気のせいであれば、彼女は反論してくるはずだ。
 だが、紅は文句はつけてこなかった。代わりに彼女は抜折羅の左手に自身の右手を重ねた。

「今日はありがとう。また助けてもらっちゃったわね。キスの件は不問にする。家に着くまで、フレイムブラッドの力を持って行くといいわ」

 柔らかな彼女の表情は、彼女が親しい者に向けているものと同じ。昼間遠くで見ていた顔がこんな近くにあるなんて。
 抜折羅は不意に身体に熱を感じた。それは彼女に触れられた左手から伝わるフレイムブラッドの力だけではない。

 ――ドキドキしている? どうして?

「ん……。せっかくだから受け取っておくよ」

 気持ちを悟られないように、これ以上の欲望を持たないように、抜折羅は彼女から視線を外す。
 紅が楽しげにくすくすと笑う声が耳に残った。
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