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翠玉の女王は微笑まない
*2* 8月2日金曜日、昼
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夏期講習前期の最終日、八月二日。紅《こう》は駅前にあるファミレスに光《ひかり》と真珠《まじゅ》を連れてやってきていた。
ドリンクが一通り揃うとまずは乾杯をして、三人で無事に夏期講習の前半を乗り切れたことを祝う。
「――それにしても、紅ちゃん、人生最大のモテ期到来ですわね。華やかで羨《うらや》ましいことですわ」
そういう台詞を普段から言いそうにない光にぼそりと呟かれて、紅は盛大にむせた。
「最近付き合い悪い感じで寂しいよぉ。紅ちゃんが遠くに行っちゃうぅ」
光の台詞に合わせて真珠も乗っかってくる。
紅は口元を押さえながら、二人を交互に見た。光は涼しげな顔で、真珠は好奇心に満ちた瞳を向けている。
「冗談。大迷惑よ。不幸の真っ只中じゃない」
今朝見た夢が一瞬過ぎって焦った紅だが、落ち着きを払っているようにみせた。
「えー? 学校で大人気の二人に言い寄られているくせに、人気上昇中の金剛《こんごう》くんと一緒にいること多いし――本命は誰なん?」
「からかわないでよ、真珠。ってか、白浪《しらなみ》先輩の件はわかるけど、星章《せいしょう》先輩に言い寄られてるってどこ情報よ」
婚約の話は外に漏れていないはずだ。蒼衣《あおい》にしても、言いふらすような男ではない。
「知らないん? 星章先輩と紅ちゃんが幼なじみってことは周知の事実だし、すれ違う度になんか気まずそうにしてるやん。人前では絶対に立ち話しないし、これは何かあるんだって皆思っとるよ?」
――そう曲解されるとは……。
避けていたのは変な噂《うわさ》を立てられないようにするためだったのだが、そこに違和感を覚えられるとは想像していなかった。
「わたくしも紅ちゃんが誰を好いているのか気になりますわ」
優雅な仕草でストローを回しながら光が促す。アイスティーの氷がカランと涼しげな音を立てる。
「光まで……あたしは、そういう目で彼らを見てないってのっ」
噂話が大好物な真珠が食い付いてくるのはわかりきっていたことだったので覚悟していた。だが、そんな真珠を窘《なだ》める方に動くと期待していた光にまで言われるとは考えてもみなかった。紅は懸命に否定する。
「そうなん? まぁ、紅ちゃんがそう言うならそういうことにとりあえずしておくけど、うちにはちょい意外に感じたんよ?」
ずずっとアイス抹茶ラテを啜《すす》る真珠。
「意外って、何が?」
ブラックのアイスコーヒーを飲み込むと、紅は真珠に目を向ける。
「んー、紅ちゃんの好みって、中性的なタイプやん。綺麗な顔立ちの人っていうの? 女子でもそうやん? 青空《あおぞら》先輩とか宮古澤《みやこさわ》先輩とか。――だから白浪先輩はどストライクじゃないん? 星章先輩も綺麗系ではあるけど、男っぽさが強いから、紅ちゃんの好みからちょい外してるかなぁ、なんて」
「惚《ほ》れる顔の傾向なら真珠の言うとおり」
隠していても仕方がないことなので、顔に熱が上るのを感じながらも明かす。
「でも、あれの中身はセクハラ大魔神だからね? 顔だけ良くても、ナシでしょ」
「それで誠実そうな金剛くんを側においていらっしゃいますの?」
澄ました顔をしてしれっと探りを入れてくる光とは敵対したくないなと紅は思う。
「抜折羅《ばさら》はストーカーなだけなんだけど……むしろ疫病神《やくびょうがみ》」
「とかなんとか言っとるけど、さり気なく名前で呼んでいるし怪しいなぁ」
はっとした時には遅かった。普段、自分の中でも〝抜折羅〟と呼ぶことが定着していて油断していた。焦ったところで、発言は取り消せない。
反射的に身体が火照《ほて》って、紅はコーヒーを飲み干した。
「本命は金剛くんかぁ。見た目よりも中身重視ねぇ」
「違うっ!! あたしはそんなふうに思ってないってばっ!!」
「あまり否定しますと、かえって怪しく見えますものよ」
「うっ……おかわり貰ってくる」
空になったグラスを持って紅は立ち上がる。真珠のニヤニヤする顔と光の爽《さわ》やかな微笑みがなんだか腹立たしい。
――他人事だからって……。
これまで互いに色恋《いろこい》沙汰《ざた》の話題がなかったのも災いしているのだろう。しかも相手が学院内の有名人なら、聞きたくなる気持ちはわかる。彼女たちの立場に自分がいたら、同じように振る舞うはずだからだ。
――あーっもうっ!! あたしをホープの不幸の連鎖に組み込むなぁっ!!
紅はここにはいない抜折羅を恨むことで、怒りの矛先《ほこさき》を変えたのだった。
ドリンクが一通り揃うとまずは乾杯をして、三人で無事に夏期講習の前半を乗り切れたことを祝う。
「――それにしても、紅ちゃん、人生最大のモテ期到来ですわね。華やかで羨《うらや》ましいことですわ」
そういう台詞を普段から言いそうにない光にぼそりと呟かれて、紅は盛大にむせた。
「最近付き合い悪い感じで寂しいよぉ。紅ちゃんが遠くに行っちゃうぅ」
光の台詞に合わせて真珠も乗っかってくる。
紅は口元を押さえながら、二人を交互に見た。光は涼しげな顔で、真珠は好奇心に満ちた瞳を向けている。
「冗談。大迷惑よ。不幸の真っ只中じゃない」
今朝見た夢が一瞬過ぎって焦った紅だが、落ち着きを払っているようにみせた。
「えー? 学校で大人気の二人に言い寄られているくせに、人気上昇中の金剛《こんごう》くんと一緒にいること多いし――本命は誰なん?」
「からかわないでよ、真珠。ってか、白浪《しらなみ》先輩の件はわかるけど、星章《せいしょう》先輩に言い寄られてるってどこ情報よ」
婚約の話は外に漏れていないはずだ。蒼衣《あおい》にしても、言いふらすような男ではない。
「知らないん? 星章先輩と紅ちゃんが幼なじみってことは周知の事実だし、すれ違う度になんか気まずそうにしてるやん。人前では絶対に立ち話しないし、これは何かあるんだって皆思っとるよ?」
――そう曲解されるとは……。
避けていたのは変な噂《うわさ》を立てられないようにするためだったのだが、そこに違和感を覚えられるとは想像していなかった。
「わたくしも紅ちゃんが誰を好いているのか気になりますわ」
優雅な仕草でストローを回しながら光が促す。アイスティーの氷がカランと涼しげな音を立てる。
「光まで……あたしは、そういう目で彼らを見てないってのっ」
噂話が大好物な真珠が食い付いてくるのはわかりきっていたことだったので覚悟していた。だが、そんな真珠を窘《なだ》める方に動くと期待していた光にまで言われるとは考えてもみなかった。紅は懸命に否定する。
「そうなん? まぁ、紅ちゃんがそう言うならそういうことにとりあえずしておくけど、うちにはちょい意外に感じたんよ?」
ずずっとアイス抹茶ラテを啜《すす》る真珠。
「意外って、何が?」
ブラックのアイスコーヒーを飲み込むと、紅は真珠に目を向ける。
「んー、紅ちゃんの好みって、中性的なタイプやん。綺麗な顔立ちの人っていうの? 女子でもそうやん? 青空《あおぞら》先輩とか宮古澤《みやこさわ》先輩とか。――だから白浪先輩はどストライクじゃないん? 星章先輩も綺麗系ではあるけど、男っぽさが強いから、紅ちゃんの好みからちょい外してるかなぁ、なんて」
「惚《ほ》れる顔の傾向なら真珠の言うとおり」
隠していても仕方がないことなので、顔に熱が上るのを感じながらも明かす。
「でも、あれの中身はセクハラ大魔神だからね? 顔だけ良くても、ナシでしょ」
「それで誠実そうな金剛くんを側においていらっしゃいますの?」
澄ました顔をしてしれっと探りを入れてくる光とは敵対したくないなと紅は思う。
「抜折羅《ばさら》はストーカーなだけなんだけど……むしろ疫病神《やくびょうがみ》」
「とかなんとか言っとるけど、さり気なく名前で呼んでいるし怪しいなぁ」
はっとした時には遅かった。普段、自分の中でも〝抜折羅〟と呼ぶことが定着していて油断していた。焦ったところで、発言は取り消せない。
反射的に身体が火照《ほて》って、紅はコーヒーを飲み干した。
「本命は金剛くんかぁ。見た目よりも中身重視ねぇ」
「違うっ!! あたしはそんなふうに思ってないってばっ!!」
「あまり否定しますと、かえって怪しく見えますものよ」
「うっ……おかわり貰ってくる」
空になったグラスを持って紅は立ち上がる。真珠のニヤニヤする顔と光の爽《さわ》やかな微笑みがなんだか腹立たしい。
――他人事だからって……。
これまで互いに色恋《いろこい》沙汰《ざた》の話題がなかったのも災いしているのだろう。しかも相手が学院内の有名人なら、聞きたくなる気持ちはわかる。彼女たちの立場に自分がいたら、同じように振る舞うはずだからだ。
――あーっもうっ!! あたしをホープの不幸の連鎖に組み込むなぁっ!!
紅はここにはいない抜折羅を恨むことで、怒りの矛先《ほこさき》を変えたのだった。
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