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翠玉の女王は微笑まない
*3* 8月3日土曜日、午前
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夏期講習前半が終了。事実上の夏休み初日となる八月三日土曜日。
紅《こう》は蒼衣《あおい》とともに抜折羅《ばさら》の住居であるエキセシオルビル七階にいた。前回はベッドがある私室に入ったが、今回は事務所側の部屋に通される。応接セットの机に並ぶペットボトルは四つあった。
「誰か他に呼んでいるの?」
抜折羅が声を掛けた相手は自分と蒼衣だけだと思っていた紅は、一人掛けになっているソファーに座りながら訊ねる。
「多分嗅ぎ付けてくるだろうと思って」
そう抜折羅が答えたとき、廊下に繋がる扉が開く。キャップにサングラスを着けていて顔がよくわからない。一つに束ねられた長い銀髪が目に入って、紅は彼が誰なのか察した。
「酷いよ抜折羅くん! 僕を除《の》け者にしてっ!」
部屋に入るなり叫んだ遊輝《ゆうき》はムスッとしている。ご機嫌斜めのようだ。彼はキャップとサングラスを外すと、扉に近い方の一人掛けのソファーにどっかと腰を下ろして足を組んだ。
これで四人だ。三人掛けのソファーに蒼衣と抜折羅が座っている。紅の正面が蒼衣で、おそらくこれが一番無難な位置取りなのだろうと密かに思う。
「あんたら、いつから仲良しに……」
紅が問うと、抜折羅が短く答える。
「協定を結んでいるからな」
「そういうことなんで、仲間外れにはしないでよね」
なんだ、忘れているわけじゃないんじゃん、などとぶつぶつ遊輝は言っている。連絡がなかったことに不満があるようだ。
そんな遊輝をちらりと見やり、眼鏡の位置を直したのは蒼衣。彼が苛立ちを抑えようとするときに、つい眼鏡に触れてしまう癖を紅は知っている。
「暇人ですね。おとなしく家で仕事していれば良いものを、このハグレモノの怪盗風情が。証拠が出たら警察に突き出してやるところなんですがね」
蒼衣の牽制《けんせい》に、遊輝が膨れる。
「えー素性がばれちゃっているから、顔を出したんじゃん。星章《せいしょう》閣下は心が狭いね」
遊輝が挑発で返してきたのに対し、蒼衣は小さく鼻で笑った。
「そういう貴様は、ホープの回収を手伝って金剛《こんごう》を早々に帰国させ、残る邪魔者である私の卒業を待っているだけであろう?」
「それが一番スマートなやり方でしょ? 紅ちゃん、どういうわけかいつも抜折羅くんと一緒にいるし、だったら彼にくっついていた方が紅ちゃんの近くにいられてお得じゃん」
言って、隣に座る紅にウインクする。
――どうしてこうなった……。
紅は頭痛を覚えて、目頭をぎゅっと押さえた。ほんの二ヶ月前には想定されなかった事態だ。
「――雑談はさておき、タリスマントーカーがこれほど集まるのはごく稀《まれ》なことだ。まずは協力に感謝する。周囲に災いを撒き散らすホープの回収に全力を尽くして欲しい」
険悪なムードになりつつあった場を、抜折羅が話を進めることで緩和させる。今日の議題は情報の整理と共有だ。
「紅。思い出したくないことかも知れないが、千晶《ちあき》さんが亡くなった日のことを教えてくれないか?」
「何か関係があるの?」
ホープと祖母には繋がりがあったように思えない。抜折羅に問うと、彼は難しそうな顔をした。
「〝予知〟能力に長《た》けていたはずの出水《いずみ》千晶氏が、どうして引き継ぎも、連絡を寄越《よこ》すこともできなかったんだろうと思って。強力な魔性石に干渉されたなら、まだ説明がつくんじゃないか、とな」
「わかった。いいわよ。――お祖母ちゃんが亡くなったのは春よ。四月十三日の土曜日だったはず。千晶お祖母ちゃんはいつものように占いの仕事で出ていたわ。その仕事の帰り道、心筋梗塞を起こしたの。夕方で人通りが増えてくる時間だったから救急車ですぐに運んでもらえたみたいなんだけど――間に合わなかったんだって。予兆はなかったから、ものすごくびっくりして」
紅が説明すると、抜折羅は自身の顎を撫でた。
「四月十三日か……。どこに行っていたのかわかるか?」
「店ではなかったと思う。救急車が呼ばれた場所が住宅街――あたしと抜折羅が出会ったあの近所だったの」
「ということは、俺のところに入ってきた最初の情報とも被るな。他に知っていることは?」
「ここまでね。顧客のプライバシーを守るのは絶対だって言う祖母だったから」
祖母はとても優しい人だった。紅は三人きょうだいの中で一人だけの女の子だったからか、兄や弟と比べてより可愛がってもらっていたように記憶している。だが、占いの仕事――とりわけそこで得た情報は一切口外しない人だった。どんな人が来るのか、どんな悩みが多いのか、色々興味があって訊ねたこともあったが、厳しい目つきで叱られたことを覚えている。
「そうか……。タリスマンオーダー社との関係も黙っているような人だから、そのくらいは想定の範囲内だ。ありがとう」
「抜折羅が千晶お祖母ちゃんを探しているって知っていたら、もっと早く教えられたのにね。ごめんね、気付かなくて」
「気にするな。巡り合わせが悪かったんだ。紅に落ち度はない」
全く責めるような気配はなく、安心させることを最優先にするような優しい口調で抜折羅は告げた。こういう気配りが短い台詞の中に滲むのは、彼の長所だと紅は思う。
「――ところで、今さらのことなんだけど」
「なんだ?」
「どうしてあたし、狙われたの? 状況からすれば、意図的に見えるのは確かにそうなんだけど」
六月に襲われた二件の出来事はホープに関係している可能性が高いのだと抜折羅から聞かされている。あれからは特に動きがないようだが、どうなのだろう。
「私も気になります。下校中と校内で襲われたのでしたよね。ホープが自身の欠片を引き寄せたがっているなら、狙われるべきは金剛くんじゃないでしょうか」
ある程度の情報共有は済ませてあるらしい。蒼衣が抜折羅に向かって問うと、遊輝が割り込んだ。
「それは僕が紅ちゃんを求める理由と同じじゃない? 僕の守護石、ルビーなんだよね」
「俺の守護石もルビーだ」
そういうことだったのか、という気持ちが滲む声で抜折羅は遊輝の台詞に続く。
「ん? 守護石?」
何の話だろうかと首を傾げると、抜折羅がそれに気付いてくれたらしく補足する。
「星座に割り振られた石のことだ。その人に力を貸してくれる」
「誕生石とは違うの?」
「誕生石は月ごとだ。ちなみに四月生まれの俺はダイヤモンド、十月生まれの白浪先輩はオパール、九月生まれの星章先輩はサファイア、七月はルビーだな。国によって少々違うが」
何も見ずにさらさらと出てくるのは知識の差なのだろうか。気になって、紅は抜折羅に問う。
「あたしの守護石は? 獅子座なんだけど」
「ダイヤモンドだな」
さらりと答えられる。
「その割にはツイてないんですけど……」
遊輝と抜折羅にとって、ルビーを持つ自分を求めたくなる理屈は納得してもいいと紅は思う。だが、ダイヤモンドのタリスマントーカーである抜折羅といて、何か自分に良いことはあっただろうか。
「ホープの呪いか」
呟いて、蒼衣が鼻で笑う。蒼衣の敵対心は遊輝だけでなく抜折羅にも向いているようだ。
「それが本当にホープの呪いなら、随分と可愛いものだと思うよ? その程度で済めばいいけど、抜折羅くんに関わる以上は結構リスキーだって自覚した方がいいんじゃないかな」
――リスキーって、どういうこと?
「白浪《しらなみ》先輩、話を脱線させないでほしいんだが」
抜折羅の忠告に、遊輝は小さく舌を出して、話を先に進めていいよと手を振る。
――触れられたくない話だったのかしら?
遊輝に向けた抜折羅の視線に険があったように映った。お喋りな遊輝が何も言わずに黙ったのも気になる。
紅の動揺には気付いていないらしく、抜折羅は話を続ける。
「――この辺ではフレイムブラッドが一番強い魔性石だろう。もう一つのホープの所有者にとって守護石にあたるのかどうかはわからないが、所有者が未熟なうちにその力の源となる石を欲するのは理解できる。紅を襲った二人とも魔性石を所持していたしな」
「じゃあ、あたしがタリスマントーカーとして一人前になれば、狙われずに済む?」
「さぁ、どうだろう」
紅の問いに、抜折羅はいい顔をしない。
「それに、タリスマントーカー――正確には〝石憑《いしつ》き〟だが、そうなるのはあまり勧めない」
「なんで?」
抜折羅の役に立てるようになれたらと思っての問いでもあったのに、勧めないと言われて不満だ。〝石憑き〟と言い直したのも気になる。
「〝石憑き〟はある種の呪いだ。力をわけ与える代わりに、〝使命〟も与えられる。石が外れるまでずっと〝使命〟に縛られた生き方を強いられるんだ。石から力を得る才能を持っていても、生半可な気持ちでなるもんじゃない」
きつい物言いは抜折羅にしては珍しい。本気で反対しているように感じられる。
「抜折羅は……ツラいの?」
思わずこぼれた台詞。抜折羅は目を見開いた。動揺の色。
「俺は……そうだな。俺はホープを外すために〝使命〟であるホープの回収をしている。〝使命〟のためにたくさんのものを、文字通り犠牲にしてきた。フレイムブラッドがどんな〝使命〟を与えてくるのかは、完全な〝石憑き〟になるまでわからない。ホープほど無慈悲な呪いをふっかけてくることはそうないとは信じたいが、勝ち目のないギャンブルみたいなものだ、心からその力を欲していないなら、〝石憑き〟などならないのがいい」
「でも……」
声に出してみたものの、続く言葉が浮かばない。ただの脅しには聞こえないのだ。彼の口から聞いてこなかった彼自身の過去が透けて感じられる必死な台詞が、紅から言葉を奪う。
「俺は、紅が千晶さんの後継者なのだとしても〝石憑き〟にはなって欲しくはない。――次にフレイムブラッドから力を引き出したら、もう石が外れないかもしれない。俺が引き込んだようなものではあるが……次に使うときは覚悟を決めろよ」
「う、うん。わかった」
「俺が伝えたかったことは以上だ。――今日は三人とも来てくれてありがとう。俺、確認したいことがあるんで自室に戻ります。この部屋はフリーにしてあるんで、話し足りないなら使ってください」
抜折羅は誰とも目を合わせずに告げると、彼の私室に繋がるドアを開けて出て行った。
「抜折羅くんは不器用な人間だね」
抜折羅の私室の扉を見ながら、遊輝が呟く。
「白浪先輩は、抜折羅から何か聞いているんですか?」
「ううん、聞いてないよ。頑《かたく》なに拒否されたから、勝手に調べちゃったけどね」
と言ったところで、喋りすぎたことに気付いたらしい。視線を紅に向けてにっこりと笑んだ。
「紅ちゃんに僕から話ちゃったら、この件から外されそうだから聞かれても喋んないよ? ベッドの中でなら口は軽くなるかも知れないけど」
「あー、それは聞き出せそうにないですね」
爽やかに紅は返す。だいぶ耐性はついたようだ。
「星章《せいしょう》先輩は聞いているんですか?」
「いや。ホープの回収のために世界を転々としているらしいとは聞いていますが」
蒼衣は眼鏡に触れた。それを見て、紅は蒼衣も何かを知っていて隠しているのだと察する。こんなときは幼なじみであることが有利に働く。
「そう」
二人とも隠している。抜折羅自身も黙っている。
――なんだかんだ言って、あたしに心を開いてくれていないんだな……。
抜折羅の私室に繋がるドアを見る。とても静かだ。
「……あたし、帰るわ。夏休みの課題、片付けなきゃいけないし」
追及するなということだと理解し、聞き分けのいい女を演じることを選ぶ。
「え? 帰るなら、僕とデートしない? お茶だけで良いよ?」
「白浪先輩、誘っていただけるのは光栄なんですが、星章先輩に刺されないように気をつけて下さいね?」
――おい、〝紺青《こんじょう》の王〟仕事しろっ!!
蒼衣の方から感じられる嫉妬《しっと》の炎が見えて、紅は心の中でつっこまずにはいられない。
「星章閣下も紅ちゃんにアピールすればいいのに。難攻不落っぽいけど、攻略のしがいはあるよ?」
「貴様と同じことなどしませんよ。――紅、家まで送りましょう」
「あ、大丈夫。ここまで自転車で来たから」
「ふふっ。星章閣下が振られてる」
遊輝が楽しげに笑うと、蒼衣は気にかけない顔をした。
「そうですか。では道中お気を付けて」
「二人とも、喧嘩しないでよ? んじゃ、またね」
紅は事務所になっている部屋から外に出て、階段を下りた。
紅《こう》は蒼衣《あおい》とともに抜折羅《ばさら》の住居であるエキセシオルビル七階にいた。前回はベッドがある私室に入ったが、今回は事務所側の部屋に通される。応接セットの机に並ぶペットボトルは四つあった。
「誰か他に呼んでいるの?」
抜折羅が声を掛けた相手は自分と蒼衣だけだと思っていた紅は、一人掛けになっているソファーに座りながら訊ねる。
「多分嗅ぎ付けてくるだろうと思って」
そう抜折羅が答えたとき、廊下に繋がる扉が開く。キャップにサングラスを着けていて顔がよくわからない。一つに束ねられた長い銀髪が目に入って、紅は彼が誰なのか察した。
「酷いよ抜折羅くん! 僕を除《の》け者にしてっ!」
部屋に入るなり叫んだ遊輝《ゆうき》はムスッとしている。ご機嫌斜めのようだ。彼はキャップとサングラスを外すと、扉に近い方の一人掛けのソファーにどっかと腰を下ろして足を組んだ。
これで四人だ。三人掛けのソファーに蒼衣と抜折羅が座っている。紅の正面が蒼衣で、おそらくこれが一番無難な位置取りなのだろうと密かに思う。
「あんたら、いつから仲良しに……」
紅が問うと、抜折羅が短く答える。
「協定を結んでいるからな」
「そういうことなんで、仲間外れにはしないでよね」
なんだ、忘れているわけじゃないんじゃん、などとぶつぶつ遊輝は言っている。連絡がなかったことに不満があるようだ。
そんな遊輝をちらりと見やり、眼鏡の位置を直したのは蒼衣。彼が苛立ちを抑えようとするときに、つい眼鏡に触れてしまう癖を紅は知っている。
「暇人ですね。おとなしく家で仕事していれば良いものを、このハグレモノの怪盗風情が。証拠が出たら警察に突き出してやるところなんですがね」
蒼衣の牽制《けんせい》に、遊輝が膨れる。
「えー素性がばれちゃっているから、顔を出したんじゃん。星章《せいしょう》閣下は心が狭いね」
遊輝が挑発で返してきたのに対し、蒼衣は小さく鼻で笑った。
「そういう貴様は、ホープの回収を手伝って金剛《こんごう》を早々に帰国させ、残る邪魔者である私の卒業を待っているだけであろう?」
「それが一番スマートなやり方でしょ? 紅ちゃん、どういうわけかいつも抜折羅くんと一緒にいるし、だったら彼にくっついていた方が紅ちゃんの近くにいられてお得じゃん」
言って、隣に座る紅にウインクする。
――どうしてこうなった……。
紅は頭痛を覚えて、目頭をぎゅっと押さえた。ほんの二ヶ月前には想定されなかった事態だ。
「――雑談はさておき、タリスマントーカーがこれほど集まるのはごく稀《まれ》なことだ。まずは協力に感謝する。周囲に災いを撒き散らすホープの回収に全力を尽くして欲しい」
険悪なムードになりつつあった場を、抜折羅が話を進めることで緩和させる。今日の議題は情報の整理と共有だ。
「紅。思い出したくないことかも知れないが、千晶《ちあき》さんが亡くなった日のことを教えてくれないか?」
「何か関係があるの?」
ホープと祖母には繋がりがあったように思えない。抜折羅に問うと、彼は難しそうな顔をした。
「〝予知〟能力に長《た》けていたはずの出水《いずみ》千晶氏が、どうして引き継ぎも、連絡を寄越《よこ》すこともできなかったんだろうと思って。強力な魔性石に干渉されたなら、まだ説明がつくんじゃないか、とな」
「わかった。いいわよ。――お祖母ちゃんが亡くなったのは春よ。四月十三日の土曜日だったはず。千晶お祖母ちゃんはいつものように占いの仕事で出ていたわ。その仕事の帰り道、心筋梗塞を起こしたの。夕方で人通りが増えてくる時間だったから救急車ですぐに運んでもらえたみたいなんだけど――間に合わなかったんだって。予兆はなかったから、ものすごくびっくりして」
紅が説明すると、抜折羅は自身の顎を撫でた。
「四月十三日か……。どこに行っていたのかわかるか?」
「店ではなかったと思う。救急車が呼ばれた場所が住宅街――あたしと抜折羅が出会ったあの近所だったの」
「ということは、俺のところに入ってきた最初の情報とも被るな。他に知っていることは?」
「ここまでね。顧客のプライバシーを守るのは絶対だって言う祖母だったから」
祖母はとても優しい人だった。紅は三人きょうだいの中で一人だけの女の子だったからか、兄や弟と比べてより可愛がってもらっていたように記憶している。だが、占いの仕事――とりわけそこで得た情報は一切口外しない人だった。どんな人が来るのか、どんな悩みが多いのか、色々興味があって訊ねたこともあったが、厳しい目つきで叱られたことを覚えている。
「そうか……。タリスマンオーダー社との関係も黙っているような人だから、そのくらいは想定の範囲内だ。ありがとう」
「抜折羅が千晶お祖母ちゃんを探しているって知っていたら、もっと早く教えられたのにね。ごめんね、気付かなくて」
「気にするな。巡り合わせが悪かったんだ。紅に落ち度はない」
全く責めるような気配はなく、安心させることを最優先にするような優しい口調で抜折羅は告げた。こういう気配りが短い台詞の中に滲むのは、彼の長所だと紅は思う。
「――ところで、今さらのことなんだけど」
「なんだ?」
「どうしてあたし、狙われたの? 状況からすれば、意図的に見えるのは確かにそうなんだけど」
六月に襲われた二件の出来事はホープに関係している可能性が高いのだと抜折羅から聞かされている。あれからは特に動きがないようだが、どうなのだろう。
「私も気になります。下校中と校内で襲われたのでしたよね。ホープが自身の欠片を引き寄せたがっているなら、狙われるべきは金剛くんじゃないでしょうか」
ある程度の情報共有は済ませてあるらしい。蒼衣が抜折羅に向かって問うと、遊輝が割り込んだ。
「それは僕が紅ちゃんを求める理由と同じじゃない? 僕の守護石、ルビーなんだよね」
「俺の守護石もルビーだ」
そういうことだったのか、という気持ちが滲む声で抜折羅は遊輝の台詞に続く。
「ん? 守護石?」
何の話だろうかと首を傾げると、抜折羅がそれに気付いてくれたらしく補足する。
「星座に割り振られた石のことだ。その人に力を貸してくれる」
「誕生石とは違うの?」
「誕生石は月ごとだ。ちなみに四月生まれの俺はダイヤモンド、十月生まれの白浪先輩はオパール、九月生まれの星章先輩はサファイア、七月はルビーだな。国によって少々違うが」
何も見ずにさらさらと出てくるのは知識の差なのだろうか。気になって、紅は抜折羅に問う。
「あたしの守護石は? 獅子座なんだけど」
「ダイヤモンドだな」
さらりと答えられる。
「その割にはツイてないんですけど……」
遊輝と抜折羅にとって、ルビーを持つ自分を求めたくなる理屈は納得してもいいと紅は思う。だが、ダイヤモンドのタリスマントーカーである抜折羅といて、何か自分に良いことはあっただろうか。
「ホープの呪いか」
呟いて、蒼衣が鼻で笑う。蒼衣の敵対心は遊輝だけでなく抜折羅にも向いているようだ。
「それが本当にホープの呪いなら、随分と可愛いものだと思うよ? その程度で済めばいいけど、抜折羅くんに関わる以上は結構リスキーだって自覚した方がいいんじゃないかな」
――リスキーって、どういうこと?
「白浪《しらなみ》先輩、話を脱線させないでほしいんだが」
抜折羅の忠告に、遊輝は小さく舌を出して、話を先に進めていいよと手を振る。
――触れられたくない話だったのかしら?
遊輝に向けた抜折羅の視線に険があったように映った。お喋りな遊輝が何も言わずに黙ったのも気になる。
紅の動揺には気付いていないらしく、抜折羅は話を続ける。
「――この辺ではフレイムブラッドが一番強い魔性石だろう。もう一つのホープの所有者にとって守護石にあたるのかどうかはわからないが、所有者が未熟なうちにその力の源となる石を欲するのは理解できる。紅を襲った二人とも魔性石を所持していたしな」
「じゃあ、あたしがタリスマントーカーとして一人前になれば、狙われずに済む?」
「さぁ、どうだろう」
紅の問いに、抜折羅はいい顔をしない。
「それに、タリスマントーカー――正確には〝石憑《いしつ》き〟だが、そうなるのはあまり勧めない」
「なんで?」
抜折羅の役に立てるようになれたらと思っての問いでもあったのに、勧めないと言われて不満だ。〝石憑き〟と言い直したのも気になる。
「〝石憑き〟はある種の呪いだ。力をわけ与える代わりに、〝使命〟も与えられる。石が外れるまでずっと〝使命〟に縛られた生き方を強いられるんだ。石から力を得る才能を持っていても、生半可な気持ちでなるもんじゃない」
きつい物言いは抜折羅にしては珍しい。本気で反対しているように感じられる。
「抜折羅は……ツラいの?」
思わずこぼれた台詞。抜折羅は目を見開いた。動揺の色。
「俺は……そうだな。俺はホープを外すために〝使命〟であるホープの回収をしている。〝使命〟のためにたくさんのものを、文字通り犠牲にしてきた。フレイムブラッドがどんな〝使命〟を与えてくるのかは、完全な〝石憑き〟になるまでわからない。ホープほど無慈悲な呪いをふっかけてくることはそうないとは信じたいが、勝ち目のないギャンブルみたいなものだ、心からその力を欲していないなら、〝石憑き〟などならないのがいい」
「でも……」
声に出してみたものの、続く言葉が浮かばない。ただの脅しには聞こえないのだ。彼の口から聞いてこなかった彼自身の過去が透けて感じられる必死な台詞が、紅から言葉を奪う。
「俺は、紅が千晶さんの後継者なのだとしても〝石憑き〟にはなって欲しくはない。――次にフレイムブラッドから力を引き出したら、もう石が外れないかもしれない。俺が引き込んだようなものではあるが……次に使うときは覚悟を決めろよ」
「う、うん。わかった」
「俺が伝えたかったことは以上だ。――今日は三人とも来てくれてありがとう。俺、確認したいことがあるんで自室に戻ります。この部屋はフリーにしてあるんで、話し足りないなら使ってください」
抜折羅は誰とも目を合わせずに告げると、彼の私室に繋がるドアを開けて出て行った。
「抜折羅くんは不器用な人間だね」
抜折羅の私室の扉を見ながら、遊輝が呟く。
「白浪先輩は、抜折羅から何か聞いているんですか?」
「ううん、聞いてないよ。頑《かたく》なに拒否されたから、勝手に調べちゃったけどね」
と言ったところで、喋りすぎたことに気付いたらしい。視線を紅に向けてにっこりと笑んだ。
「紅ちゃんに僕から話ちゃったら、この件から外されそうだから聞かれても喋んないよ? ベッドの中でなら口は軽くなるかも知れないけど」
「あー、それは聞き出せそうにないですね」
爽やかに紅は返す。だいぶ耐性はついたようだ。
「星章《せいしょう》先輩は聞いているんですか?」
「いや。ホープの回収のために世界を転々としているらしいとは聞いていますが」
蒼衣は眼鏡に触れた。それを見て、紅は蒼衣も何かを知っていて隠しているのだと察する。こんなときは幼なじみであることが有利に働く。
「そう」
二人とも隠している。抜折羅自身も黙っている。
――なんだかんだ言って、あたしに心を開いてくれていないんだな……。
抜折羅の私室に繋がるドアを見る。とても静かだ。
「……あたし、帰るわ。夏休みの課題、片付けなきゃいけないし」
追及するなということだと理解し、聞き分けのいい女を演じることを選ぶ。
「え? 帰るなら、僕とデートしない? お茶だけで良いよ?」
「白浪先輩、誘っていただけるのは光栄なんですが、星章先輩に刺されないように気をつけて下さいね?」
――おい、〝紺青《こんじょう》の王〟仕事しろっ!!
蒼衣の方から感じられる嫉妬《しっと》の炎が見えて、紅は心の中でつっこまずにはいられない。
「星章閣下も紅ちゃんにアピールすればいいのに。難攻不落っぽいけど、攻略のしがいはあるよ?」
「貴様と同じことなどしませんよ。――紅、家まで送りましょう」
「あ、大丈夫。ここまで自転車で来たから」
「ふふっ。星章閣下が振られてる」
遊輝が楽しげに笑うと、蒼衣は気にかけない顔をした。
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