上 下
41 / 309
翠玉の女王は微笑まない

★4★ 8月3日土曜日、午前

しおりを挟む
「――で、抜折羅《ばさら》くんは紅《こう》ちゃんにはタリスマントーカーになって欲しくないわけね」

 遊輝《ゆうき》の声が隣の部屋から聞こえる。抜折羅は扉越しに聞きながら、黙っている。

「私はてっきり、彼女を育成するつもりなのだと理解していましたよ?」

 蒼衣《あおい》にも盗み聞きしているのがばれてしまっているらしい。抜折羅は苦笑する。

「先輩方は……」

 言いかけて、口を噤む。

「聞こえないよ、抜折羅くん」

 扉が不意に開いて、抜折羅は背中から事務所側の部屋に倒れ込んだ。

「言いたいことはちゃんと言ったら? 僕がリスキーだと言ったことを怒っているなら謝るよ」

 見上げれば、遊輝が困った表情のまま微笑んでいる。

「先輩方は……このまま紅を巻き込んで、彼女を助けていける自信、ありますか?」

 抜折羅の問いに、遊輝と蒼衣は顔を見合わせる。
 先に答えたのは遊輝だった。

「自信はあるにはあるよ? でも、彼女の強さにも期待している。結構怖い思いをさせたんじゃないかなーなんて心配していたのに、案外と普通に接してくれるし。甘い部分は否めないから、つけ込まれやしないか気にはしてるけどね」
「金剛《こんごう》が考えているほど、紅は誰かを頼る生き方は選ばない人間ですよ。自力でどうにかしようと足掻《あが》く女性です。その分、扱いにくい面はありますが」

 二人に言われて、抜折羅はようやく起き上がる。

「つまり、俺が彼女を信用していないってことですか?」

 問いに、遊輝も蒼衣も頷いた。

「紅ちゃんだけでなく、僕たちも信用してよ。協力ってそういうことじゃないの?」
「単独行動に慣れすぎているのも困りものですね。なんのために我々が集まったと思っているんですか?」

 二人の言葉がくすぐったい。抜折羅は努めて笑顔を作った。

「……ですね。ありがとうございます」

 短い期間だけのチームになるだろうことは覚悟している。そういう気持ちが遠慮に繋がるのだろう。抜折羅は彼らに心の中で詫びたのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:96

【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:1,465

男装バレてイケメン達に狙われてます【逆ハーラブコメファンタジー】

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:729

男装の薬師は枯れぬ花のつぼみを宿す

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:465

ナイツ・オブ・ラストブリッジ

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:2

異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:881

天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:132

処理中です...