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ヒトの心を捉えし魔物は
*3* 9月7日土曜日、昼【A】
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抜折羅《ばさら》の行動に、紅《こう》はすぐさま反応した。蒼衣《あおい》を受け止める体勢を作るが、勢いを殺すには間に合わない。
――これじゃあ二人とも壁に叩き付けられるっ!!
「わわっ!?」
「任せてっ!」
階段で休んでいたはずの遊輝《ゆうき》が飛び出し、紅の背後に移る。
蒼衣の身体を遊輝と力を合わせることで踏ん張りきり、紅はなんとか受け止めた。
「大丈夫かい、紅ちゃん」
「はい、お陰様で」
首を僅かに後ろに回し、遊輝を見やりながら礼を言う。いくらか勢いで後退したようだが、壁への衝突は免《まぬが》れたらしかった。
「紅……私には貴女《あなた》が必要なんです。ずっとそばに居てくれると、信じていたのに」
抱き止めた蒼衣は、紅の腕の中でポツリポツリと呟く。
紅は蒼衣に視線を戻す。ここはまず説得だ。慎重に言葉を選ぶ。
「蒼衣兄様、落ち着いて。〝紺青《こんじょう》の王〟を頼っていてはいけないわ。お願い、戻ってきて、いつもの優しいお兄様に」
紺青の王が貼り付く左手を紅は両手で包み込む。
「紅は今の私を否定するのですか?」
不安げに揺れる蒼衣の瞳。何かに縋《すが》らねば壊れてしまう、そんな脆《もろ》さや危うさを感じさせる。
紅は言葉を失い、しかしすぐに探し求めた。彼に届く言葉をきちんと選ばねば。
「――そうね。今は正直、受け入れられそうにない。蒼衣兄様の気持ちも、そう。――だけどね」
言って、紅は蒼衣の腰に腕を回してぎゅっと抱き締める。彼の肩に額をつけるようにして密着した。
「もっとお話をして、距離を埋めていきたいとは思うの。寂しい思いをさせてごめんなさい。あなたの気持ちに気付くことができなくて本当にごめんなさい……」
素直な気持ちをぶつけると、蒼衣の手が紅の頭に乗せられた。
「困らせていたのは私なのですね……貴女の気持ちを聞けて良かった」
前髪を持ち上げられたかと思うと、紅の額に口付けが落とされる。優しいキスだ。
紅が腕に込めていた力を緩めて見上げる。蒼衣は微苦笑を浮かべて静かに後退した。
「少し悪ふざけが過ぎたようですね。自信がないために、思わず力に頼ってしまうところは、反省して治していかねばならない私の欠点だ。白浪《しらなみ》の言う通り」
ふっと蒼衣は笑うと、制服のポケットからネックレスを取り出す。照り返す強い輝きを放つ石はダイヤモンドだ。遊輝がルイにピアスをつけられてしまったように、蒼衣も彼女から受け取っているみたいだ。
「……蒼衣兄様?」
何をする気なのだろうか。彼が取り出したダイヤモンドが、魔性石であると理解できただけに紅は不安になる。
彼は〝紺青の王〟が埋まる左手でダイヤモンドのネックレスを握ると、澄んだ青い光を放つ双眸を閉じた。
「冥界の王プルトよ、我が前に立ちふさがる呪われし運命を正しき道に導きたまえ」
蒼衣の強い意志の込められた言葉を受けて、〝紺青の王〟が応じたようだ。青い光が左手に集い、そして霧散した。
――あたしの〝浄化の炎〟と似ている……?
紅には、蒼衣が唱えた呪文が魔性石の力に作用したのだと理解できた。少しずつではあるが、〝フレイムブラッド〟以外の魔性石の力を感じ取れるようになってきているらしい。
『サファイアのタリスマントーカーが使う〝導きの光〟ですね』
「フレイムブラッド?」
久々に聞こえてきたフレイムブラッドの穏やかな声に、紅は思わずその名を呼ぶ。
『ルビーのタリスマントーカーが使う〝浄化の炎〟は魔性の力を祓うものですが、〝導きの光〟は魔性の力が悪しきことに向かうのを防ぐもの。――しかし、彼はまだまだ青いようですね』
フレイムブラッドの指摘通りだった。蒼衣の長身はふらりと揺れたかと思うと、その場に崩れる。
「蒼衣兄様っ!」
駆け寄って抱き起こす。蒼衣は両目を閉じたまま、動かない。
「大丈夫。気絶しているだけだから。〝導きの光〟はまだ閣下には扱いきれないものみたいだね」
慌てた紅の肩に手を置いて、遊輝が告げる。
「良かったぁ……」
「〝アイススフィア〟を使う手間が省けたね。ダイヤモンドの魔性石に便乗するだなんて人が悪いとは思うけど、それだけ必死だということなのかな」
遊輝は蒼衣の手の中からダイヤモンドのネックレスを引き抜くと、さり気なく自身のポケットにしまい込む。紅が指摘しようとしたところで、彼の台詞が割り込んだ。
「――それにしても紅ちゃん、閣下のことを名前で呼んであげたら? 兄様って呼ぶの、ちょっと酷くない?」
不憫《ふびん》だと言いたげな様子で問われる。紅は遊輝から視線を外した。
「仕方ないじゃないですか。あたしにとって星章《せいしょう》先輩は兄としか思えない相手なんですから」
「幼なじみってのは面倒な距離感なんだねぇ。――っと」
言いながら、遊輝は蒼衣を背負う。運び出すつもりのようだ。
「〝鎮静の光〟を浴びてろくに能力を使えなくなった僕は一度引かせてもらうよ。向こうも決着する頃合いだ」
視線で示された先には抜折羅とルイの姿があった。壁に押し付けられた状態のルイの左手は背後に回されて留められている。抜折羅は拘束に成功したようだ。
「念のため、紅ちゃんはここに残って。万が一のときには、〝フレイムブラッド〟に指示を仰《あお》ぐこと。〝アイススフィア〟の使い方くらいなら、無償で教えてくれると思うよ」
「わかりました。星章先輩をお願いいたします」
「了解。――あぁ、男って重いな。あとで閣下には何かしてもらわないと」
ぶつくさ言いつつ、遊輝は蒼衣を背負って階段を下って行ってしまった。
――あとは、抜折羅がホープを回収してしまえば終わり……。
紅は黙ったまま、抜折羅たちの決着を待つ。
――これじゃあ二人とも壁に叩き付けられるっ!!
「わわっ!?」
「任せてっ!」
階段で休んでいたはずの遊輝《ゆうき》が飛び出し、紅の背後に移る。
蒼衣の身体を遊輝と力を合わせることで踏ん張りきり、紅はなんとか受け止めた。
「大丈夫かい、紅ちゃん」
「はい、お陰様で」
首を僅かに後ろに回し、遊輝を見やりながら礼を言う。いくらか勢いで後退したようだが、壁への衝突は免《まぬが》れたらしかった。
「紅……私には貴女《あなた》が必要なんです。ずっとそばに居てくれると、信じていたのに」
抱き止めた蒼衣は、紅の腕の中でポツリポツリと呟く。
紅は蒼衣に視線を戻す。ここはまず説得だ。慎重に言葉を選ぶ。
「蒼衣兄様、落ち着いて。〝紺青《こんじょう》の王〟を頼っていてはいけないわ。お願い、戻ってきて、いつもの優しいお兄様に」
紺青の王が貼り付く左手を紅は両手で包み込む。
「紅は今の私を否定するのですか?」
不安げに揺れる蒼衣の瞳。何かに縋《すが》らねば壊れてしまう、そんな脆《もろ》さや危うさを感じさせる。
紅は言葉を失い、しかしすぐに探し求めた。彼に届く言葉をきちんと選ばねば。
「――そうね。今は正直、受け入れられそうにない。蒼衣兄様の気持ちも、そう。――だけどね」
言って、紅は蒼衣の腰に腕を回してぎゅっと抱き締める。彼の肩に額をつけるようにして密着した。
「もっとお話をして、距離を埋めていきたいとは思うの。寂しい思いをさせてごめんなさい。あなたの気持ちに気付くことができなくて本当にごめんなさい……」
素直な気持ちをぶつけると、蒼衣の手が紅の頭に乗せられた。
「困らせていたのは私なのですね……貴女の気持ちを聞けて良かった」
前髪を持ち上げられたかと思うと、紅の額に口付けが落とされる。優しいキスだ。
紅が腕に込めていた力を緩めて見上げる。蒼衣は微苦笑を浮かべて静かに後退した。
「少し悪ふざけが過ぎたようですね。自信がないために、思わず力に頼ってしまうところは、反省して治していかねばならない私の欠点だ。白浪《しらなみ》の言う通り」
ふっと蒼衣は笑うと、制服のポケットからネックレスを取り出す。照り返す強い輝きを放つ石はダイヤモンドだ。遊輝がルイにピアスをつけられてしまったように、蒼衣も彼女から受け取っているみたいだ。
「……蒼衣兄様?」
何をする気なのだろうか。彼が取り出したダイヤモンドが、魔性石であると理解できただけに紅は不安になる。
彼は〝紺青の王〟が埋まる左手でダイヤモンドのネックレスを握ると、澄んだ青い光を放つ双眸を閉じた。
「冥界の王プルトよ、我が前に立ちふさがる呪われし運命を正しき道に導きたまえ」
蒼衣の強い意志の込められた言葉を受けて、〝紺青の王〟が応じたようだ。青い光が左手に集い、そして霧散した。
――あたしの〝浄化の炎〟と似ている……?
紅には、蒼衣が唱えた呪文が魔性石の力に作用したのだと理解できた。少しずつではあるが、〝フレイムブラッド〟以外の魔性石の力を感じ取れるようになってきているらしい。
『サファイアのタリスマントーカーが使う〝導きの光〟ですね』
「フレイムブラッド?」
久々に聞こえてきたフレイムブラッドの穏やかな声に、紅は思わずその名を呼ぶ。
『ルビーのタリスマントーカーが使う〝浄化の炎〟は魔性の力を祓うものですが、〝導きの光〟は魔性の力が悪しきことに向かうのを防ぐもの。――しかし、彼はまだまだ青いようですね』
フレイムブラッドの指摘通りだった。蒼衣の長身はふらりと揺れたかと思うと、その場に崩れる。
「蒼衣兄様っ!」
駆け寄って抱き起こす。蒼衣は両目を閉じたまま、動かない。
「大丈夫。気絶しているだけだから。〝導きの光〟はまだ閣下には扱いきれないものみたいだね」
慌てた紅の肩に手を置いて、遊輝が告げる。
「良かったぁ……」
「〝アイススフィア〟を使う手間が省けたね。ダイヤモンドの魔性石に便乗するだなんて人が悪いとは思うけど、それだけ必死だということなのかな」
遊輝は蒼衣の手の中からダイヤモンドのネックレスを引き抜くと、さり気なく自身のポケットにしまい込む。紅が指摘しようとしたところで、彼の台詞が割り込んだ。
「――それにしても紅ちゃん、閣下のことを名前で呼んであげたら? 兄様って呼ぶの、ちょっと酷くない?」
不憫《ふびん》だと言いたげな様子で問われる。紅は遊輝から視線を外した。
「仕方ないじゃないですか。あたしにとって星章《せいしょう》先輩は兄としか思えない相手なんですから」
「幼なじみってのは面倒な距離感なんだねぇ。――っと」
言いながら、遊輝は蒼衣を背負う。運び出すつもりのようだ。
「〝鎮静の光〟を浴びてろくに能力を使えなくなった僕は一度引かせてもらうよ。向こうも決着する頃合いだ」
視線で示された先には抜折羅とルイの姿があった。壁に押し付けられた状態のルイの左手は背後に回されて留められている。抜折羅は拘束に成功したようだ。
「念のため、紅ちゃんはここに残って。万が一のときには、〝フレイムブラッド〟に指示を仰《あお》ぐこと。〝アイススフィア〟の使い方くらいなら、無償で教えてくれると思うよ」
「わかりました。星章先輩をお願いいたします」
「了解。――あぁ、男って重いな。あとで閣下には何かしてもらわないと」
ぶつくさ言いつつ、遊輝は蒼衣を背負って階段を下って行ってしまった。
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