宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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ヒトの心を捉えし魔物は

★2★ 9月7日土曜日、昼

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「来ると思ってましたよ」
「星章先輩!?」
「無事……ってわけでもないのかな?」

 抜折羅は紅を後ろに庇《かば》うようにして警戒する。

「向こうにつくことにしたってことかな? 絆《ほだ》されるとは、閣下もだいぶ焦っていらっしゃったみたいですね」

 口では軽く言うが、表情は固い。遊輝も相手の出方を窺っているようだ。

「貴様らを蹴散らす大義名分としては充分だと思っただけですよ」

 冷たい表情で、蒼衣は三人を見下ろす。

「閣下にそこまで恨まれているとは思わなかったよ。中途半端な自信しか持ってない人は面倒だよねー」
「私には時間がないのです。どうしても全《まっと》うしなくてはならない〝使命〟がある」

 遊輝の挑発に、蒼衣は左手を構える。瞳に宿る光はサファイアと同じロイヤルブルー。

「向こうのホープにどんな条件を突き付けられたんだ? 紅との間を取り持つとでも言われたか?」

 交渉に抜折羅が割り込む。

「ふん。ここで貴様らを倒し、紅を手に入れる――ただそれだけですよ。彼女に従うつもりなど毛頭ありません」
「ちょっ……星章先輩、いえ、蒼衣兄様っ! そんな理由であたしたちの前に立ちふさがらないでよっ!」
「紅、これも貴女《あなた》のためなんですよ?」
「冗談っ。あたしのことを考えてくれるなら、こんなことをしないで話をしましょう。それにあたし、誰のものにもなってないわ。蒼衣兄様は妄想に取り憑かれているのよ」
「妄想? 私の気持ちは妄想だと……? 違うっ!!」

 蒼衣の構えられた手のひらから青い光が発せられた。瞬時に遊輝が動く。

「〝鎮静の光〟か。もろに浴びちゃった」

 舌打ちをして、遊輝が壁に崩れる。自身の影に抜折羅を入れて庇ったのだ。遊輝は苦笑いを浮かべている。ダメージは大きいようで、苦しそうに息を吐いた。

「白浪先輩っ!!」
「かわされるとは驚きました。ですが、二発目は避けさせませんよ」
「二発目を撃たせる余裕など与えない」

 抜折羅の瞳に青白い光が宿る。能力の解放と同時に駆け出し、蒼衣の背後に素早く回った。

「これ以上、紅を困らせるな」
「困らせているのは貴様たちの方ではないかっ!!」

 振り向き様に蒼衣の手のひらに集まる光。しかしそのまま霧散した。

「……どうして?」
「激昂したせいだろうな。域値を超えたから、力の供給が途絶えたんだ」

 いつかは起きると抜折羅は予想していた。〝紺青の王〟が鎮める石であるとしても、無制限にその思いの強さを鎮めきれるようなものでもあるまい。つまり、これが限界なのだ。

「そんな……〝紺青の王〟よ、応答してくれ……」

 蒼衣は構えて何度も呟く。だが何も変わらない。

「もうやめておけ。それ以上続けたら、〝紺青の王〟を怒らせるぞ」

 壊れた玩具《おもちゃ》のように繰り返す蒼衣。彼の左手首を掴むと、抜折羅は告げる。
 そのとき、廊下の突き当たりにあった部屋の扉が開いた。

「――ふふふ、良いんじゃない? このまま暴走しちゃえばいいんだよ。内に溜め込んでいたものをすべて吐き出してしまえばいいんだ」

 部屋から出てきたのは一人の少女だった。真っ白なワンピースに身を包んだ彼女は、瞳に青白い光を宿して妖艶《ようえん》に笑む。その光の色が自分の瞳に宿る魔性石の色と同じであることに抜折羅は気付いた。

「君が石神ルイか」
「初めまして。君が金剛《こんごう》抜折羅くんだね。ネットで噂になっていたから知ってるよ。ボクと同じ青いダイヤの使い手。――で、そっちが〝フレイムブラッド〟の子、だね。出水《いずみ》千晶《ちあき》のお孫さん」

 真っ直ぐに伸びた黒髪を掻き上げながら、ルイは抜折羅と紅のそれぞれを見て告げる。

「千晶お祖母ちゃんを知ってるの?」

 紅の問いに、ルイは心底愉快そうに笑った。

「おいおい。面白い冗談を言うヤツだね。出水千晶の最後の仕事場所はここなんだぜ?」
「ここが……?」
「ボクのカウンセリングのためにお父様が呼んでくれたんだけどさ、ホープを外せっていうもんだから、呪ってやったんだよ。人間って、案外と簡単に死ぬもんだねぇ」
「あなたっ……」

 挑発する台詞に、紅はすぐに反応した。フレイムブラッドを左手に掴み、構える。

「人を呪い殺してみたところで、ボクの気は晴れなかったんだよね。母さんが死んだ事実は変わらないわけだし、お父様はボクをモノ扱いしかしてくれないし。――それで、面白いことをしようと思ったんだ。さて、キミたちはどう動くのかな?」

 ルイが伸ばした手――その左手薬指に小さいながらも青い石が埋まっているのが見えた。

 ――ホープはあそこかっ!

 すぐにでも回収作業に入りたいが、蒼衣を制しているために動けない。
 抜折羅は続いて紅を見やる。彼女はフレイムブラッドを使う構えを取っているものの、威嚇《いかく》だけのようだ。挑発に乗せられて覚醒してしまうんじゃないかと、嫌な予想をしていた抜折羅は彼女が踏みとどまってくれたことで密かに安堵《あんど》する。

「抜折羅くんはルイからホープを回収するんだっ!」

 身動きが取れない抜折羅に遊輝の声が届く。

「だが……」

 掴んだ蒼衣の手首から、紺青の王の持つパワーが制御できずに蠢《うごめ》く様を感じ取れている。万が一、暴走という事態になれば蒼衣の精神は紺青の王に蝕《むしば》まれ、彼の人格が失われてしまうかもしれない。

 ――〝鎮める力〟の石の暴走だけに、これ以上に星章先輩を抑える力なんて……。

「紅ちゃんに〝アイススフィア〟を使わせる。〝アイススフィア〟は星章先輩と紅ちゃんには因縁がある。大丈夫、君は君の仕事をするんだ」
「その展開はひどくつまらないなぁっ!」

 遊輝の言うアイススフィアがどこにあるのか気付いたようだ。ルイが抜折羅の横を抜けて紅への接近を試みる。

「行かせるかっ!」

 抜折羅は紅に叩き付けるつもりで蒼衣を振り飛ばす。そしてダイヤモンドの持つ〝潜在能力を引き出す力〟の配分を変更。自身が持つ最大脚力をもってルイの行く手を阻《はば》むように移動する。
 ルイもダイヤモンドのタリスマントーカー。抜折羅の行動は想定の範囲内だったらしい。口元に笑みを浮かべながら青白い光を放つ瞳で彼を捉えると、瞬時に後退し、背後の壁を蹴って跳躍した。ふわりと浮かぶ細身の体躯は抜折羅を飛び越え、蒼衣の背後に着地する。そんなに広くないはずの廊下でこんな芸当をして見せてくるのは、ここが彼女にとってよく知る場所だからか。

 ――上等だ。初めて同じ魔性石のタリスマントーカーとぶつかったが、これは高揚するな。

 ふっと湧き上がってきた感情で気がたかぶる。こんな気持ちにはなったことがない。

『彼女のホープの方がわずかに大きい。油断するな』

 流暢《りゅうちょう》なフランス語でホープが思考に割り込んでくる。

 ――言われなくてもわかっているよ。

 声に出さずに心の中で応答すると、抜折羅はルイを拘束することを目標として動き出した。
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