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紅き炎は静かに揺らめく
★6★ 9月23日月曜日、早朝
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九月二十三日月曜日。早朝。
空気が程よく乾き、青空が広がっている。行楽日和と言えそうだ。
抜折羅は山梨県甲府市にある自身の両親が眠る墓の前にいた。まだ誰も訪れていないようだが、管理している人がいるらしく墓石もその周辺も綺麗に掃除されている。それを見て、少し安堵した。
――久し振り、父さん、母さん。
墓石に水を掛けてやりながら、心の中で話し掛ける。
母親は抜折羅が生まれて間もない頃に、父親は物心がつく前に亡くなった。だから二人の顔は写真やビデオでしか知らない。でも、それらから自分が愛されていたことは理解していた。何物にも侵されぬ強い人間になるようにとダイヤモンドを表す〝抜折羅〟という名を与えてくれたこと、健やかな成長を誰よりも楽しみにしてくれていたこと――自分が望まれて生まれてきたことを知っているからこそ、ここまで曲がることなく生きて来られたのだと思う。
花を飾り、線香を置くと、抜折羅は手を合わせて目を閉じた。
――俺は何とか元気にやっています。心配しないで見守っていて下さい。
目を開けて、墓誌を見る。新たな名前が刻まれていないところを見ると、祖父母は健在のようだ。
「――ホープの呪いの影響はない、か……」
英語で呟いたのは、左肩に埋まるダイヤモンドの魔性石ホープと、後ろで控えている人物にもわかるようにだ。
「そのようですね。この六年間で財産が不当に奪われた事実もないと聞いております」
流暢なイギリス英語で返してきたのは、抜折羅の後ろで待機していた金髪碧眼の青年トパーズだ。英国の貴族の血を引いているとの情報以外は名前すら本名か疑わしいほどに素性が謎めいた年齢不詳の美男である。
彼はタリスマンオーダー社に所属している訳ではなく、ウィストン家に直接雇われている人間だ。最近は抜折羅の専属執事のようなことをしており、専ら運転手として働いている。だが、トパーズは抜折羅の家庭教師をしていた時期もあり、宝石学資格を取得するのに必要な基礎知識は彼から学び、護身術のレクチャーも彼から受けた。言わば、師匠のような存在だ。
トパーズの意外な台詞に、抜折羅は振り向く。
「調べていたんですか?」
彼はやんわりと微笑んだ。
「はい。命じられたわけではありませんが、きっと興味がおありだと思いまして」
「ふぅん……」
――興味があったのはトパーズ本人だろうな……。
どことなく、彼から観察されているように感じている所為か、抜折羅はそう思った。
「お気に召しませんでしたか?」
表情を曇らせたからだろう、トパーズが尋ねてくる。
「いや、少し驚いただけですよ。気にしないでください」
告げて、再び墓石に向き直る。
――また、都合がつくようなら顔を出しますね。
心の中で話し掛け、抜折羅は歩き出す。あまり長居をしていると親族と鉢合わせをすることになりかねない。無事であると知れれば、ここで妙な因縁を残すこともないだろう。所有者やその周囲に不幸をもたらすホープの呪いから遠ざけるために、顔を合わせるべきではないと判断する。
タリスマンオーダー社の所有するステーションワゴンまで戻ると、そのそばに一人の少女が立っているのに気が付いた。フェミニンな半袖のシャツ、大きなリボンがあしらわれた短めのキュロットにレギンス、ヒールの低めなミュールを合わせた格好で、秋らしい色で統一している。くるくると回されている黒い日傘の下に見えたのはマッシュルームカットの黒髪に朱色のカチューシャ、朱色のフレームの眼鏡。車を覗く横顔にどことなく見覚えがあると思っていると、彼女も抜折羅に気付いたらしくにっこりと微笑み掛けてきた。
「――久し振り、金剛君。ここに来れば会えるって言われたから来ちゃった」
声を掛けられたが、どう反応したら良いのか抜折羅はわからない。これから会いに行こうと思っていた相手の突然の登場に呆気に取られていたのだ。
彼女は目をぱちぱちっと瞬いた。
「……あ、あれ? 私のこと、忘れちゃったかな。小学校で一緒のクラスにいた馬頭美紅だよ。覚えてない?」
「いや、ちゃんと覚えてはいたんだが、まさかこんな場所に現れるとは思っていなくて。――久し振り、馬頭さん」
困った顔をしていた美紅だったが、名字を呼んでやると安心したように明るく笑んだ。
「うふふ、驚いてくれたみたいね。想定済みかなって思っていたんだよ?」
互いに向き合う。距離は話すには丁度良いくらい。ただ、抜折羅が記憶していた彼女は自身よりも背が高かったように思えたが、今はずいぶんと小さく感じられた。
「カーネリアンのタリスマントーカーだってことは聞いていたさ。君が持つ魔性石を回収するつもりもあってこっちに来たんだし」
「そっかぁ、情報はしっかり届いていたみたいだね」
美紅が背後のトパーズに視線をちらちらと向けているのに気付く。抜折羅は片手を挙げて指示を出し、身体の向きを変えた。
「場所を移そうか」
提案すると彼女は頷く。抜折羅はトパーズをステーションワゴンに残して歩き出す。
空気が程よく乾き、青空が広がっている。行楽日和と言えそうだ。
抜折羅は山梨県甲府市にある自身の両親が眠る墓の前にいた。まだ誰も訪れていないようだが、管理している人がいるらしく墓石もその周辺も綺麗に掃除されている。それを見て、少し安堵した。
――久し振り、父さん、母さん。
墓石に水を掛けてやりながら、心の中で話し掛ける。
母親は抜折羅が生まれて間もない頃に、父親は物心がつく前に亡くなった。だから二人の顔は写真やビデオでしか知らない。でも、それらから自分が愛されていたことは理解していた。何物にも侵されぬ強い人間になるようにとダイヤモンドを表す〝抜折羅〟という名を与えてくれたこと、健やかな成長を誰よりも楽しみにしてくれていたこと――自分が望まれて生まれてきたことを知っているからこそ、ここまで曲がることなく生きて来られたのだと思う。
花を飾り、線香を置くと、抜折羅は手を合わせて目を閉じた。
――俺は何とか元気にやっています。心配しないで見守っていて下さい。
目を開けて、墓誌を見る。新たな名前が刻まれていないところを見ると、祖父母は健在のようだ。
「――ホープの呪いの影響はない、か……」
英語で呟いたのは、左肩に埋まるダイヤモンドの魔性石ホープと、後ろで控えている人物にもわかるようにだ。
「そのようですね。この六年間で財産が不当に奪われた事実もないと聞いております」
流暢なイギリス英語で返してきたのは、抜折羅の後ろで待機していた金髪碧眼の青年トパーズだ。英国の貴族の血を引いているとの情報以外は名前すら本名か疑わしいほどに素性が謎めいた年齢不詳の美男である。
彼はタリスマンオーダー社に所属している訳ではなく、ウィストン家に直接雇われている人間だ。最近は抜折羅の専属執事のようなことをしており、専ら運転手として働いている。だが、トパーズは抜折羅の家庭教師をしていた時期もあり、宝石学資格を取得するのに必要な基礎知識は彼から学び、護身術のレクチャーも彼から受けた。言わば、師匠のような存在だ。
トパーズの意外な台詞に、抜折羅は振り向く。
「調べていたんですか?」
彼はやんわりと微笑んだ。
「はい。命じられたわけではありませんが、きっと興味がおありだと思いまして」
「ふぅん……」
――興味があったのはトパーズ本人だろうな……。
どことなく、彼から観察されているように感じている所為か、抜折羅はそう思った。
「お気に召しませんでしたか?」
表情を曇らせたからだろう、トパーズが尋ねてくる。
「いや、少し驚いただけですよ。気にしないでください」
告げて、再び墓石に向き直る。
――また、都合がつくようなら顔を出しますね。
心の中で話し掛け、抜折羅は歩き出す。あまり長居をしていると親族と鉢合わせをすることになりかねない。無事であると知れれば、ここで妙な因縁を残すこともないだろう。所有者やその周囲に不幸をもたらすホープの呪いから遠ざけるために、顔を合わせるべきではないと判断する。
タリスマンオーダー社の所有するステーションワゴンまで戻ると、そのそばに一人の少女が立っているのに気が付いた。フェミニンな半袖のシャツ、大きなリボンがあしらわれた短めのキュロットにレギンス、ヒールの低めなミュールを合わせた格好で、秋らしい色で統一している。くるくると回されている黒い日傘の下に見えたのはマッシュルームカットの黒髪に朱色のカチューシャ、朱色のフレームの眼鏡。車を覗く横顔にどことなく見覚えがあると思っていると、彼女も抜折羅に気付いたらしくにっこりと微笑み掛けてきた。
「――久し振り、金剛君。ここに来れば会えるって言われたから来ちゃった」
声を掛けられたが、どう反応したら良いのか抜折羅はわからない。これから会いに行こうと思っていた相手の突然の登場に呆気に取られていたのだ。
彼女は目をぱちぱちっと瞬いた。
「……あ、あれ? 私のこと、忘れちゃったかな。小学校で一緒のクラスにいた馬頭美紅だよ。覚えてない?」
「いや、ちゃんと覚えてはいたんだが、まさかこんな場所に現れるとは思っていなくて。――久し振り、馬頭さん」
困った顔をしていた美紅だったが、名字を呼んでやると安心したように明るく笑んだ。
「うふふ、驚いてくれたみたいね。想定済みかなって思っていたんだよ?」
互いに向き合う。距離は話すには丁度良いくらい。ただ、抜折羅が記憶していた彼女は自身よりも背が高かったように思えたが、今はずいぶんと小さく感じられた。
「カーネリアンのタリスマントーカーだってことは聞いていたさ。君が持つ魔性石を回収するつもりもあってこっちに来たんだし」
「そっかぁ、情報はしっかり届いていたみたいだね」
美紅が背後のトパーズに視線をちらちらと向けているのに気付く。抜折羅は片手を挙げて指示を出し、身体の向きを変えた。
「場所を移そうか」
提案すると彼女は頷く。抜折羅はトパーズをステーションワゴンに残して歩き出す。
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